第29話 密着パニックで魔物全滅
俺の命綱である幻封石が、王都を護る『大結界』として消費されることが確定してから……悪夢のような一週間があっという間に過ぎ去った。
その間、勇者アルクたちは王都防衛の指揮と戦力配置に奔走し、ルミナとセレスティアはヴァニアの指導のもと、最終調整の特訓に明け暮れていた。
そして、決戦の朝。
王都の城壁に隣接する防衛本部の控室で、俺は一人、ガクガクと膝を震わせながら胃痛に耐えていた。
(ついに来ちゃったよ、魔王軍……! 俺の安全装置(腕輪)はないし、こんなの絶対死ぬって……!)
俺が部屋の隅で体育座りをして絶望していると、バンッ! と勢いよく扉が開いた。
「待たせたなツナグ! 大結界の再計測と、こやつらの武装の最終調整が今しがた終わったぞい!」
徹夜明けで目の下にクマを作ったヴァニアが、ルミナとセレスティアを引き連れて入ってきた。
片耳の補助具はかすかに明滅し、作業着の袖にはまだ砥石の粉が残っている。
二人の手には、鈍い光を放つ『白木の杖』と『大剣』が握られていた。
「大結界の施工時に生じた『幻封石の欠片』を、杖と剣へ薄く焼き付けてやった! これで、実戦出力でもそうそう自壊せん。規格外の魔力を流すための現場仕様が、ようやく形になったわけじゃ!」
「ヴァニア様のおかげで、私たちはついにツナグ様の魔力を安全に通す経路を得られました……っ!」
俺は血走った目でヴァニアに詰め寄った。
(ちょっ!! 欠片が余ったんだったら、俺の腕輪の分に回してくれよ!!)
だが、俺の無言のプレッシャーを前にしても、ヴァニアは呆れたように首を振った。
「ツナグ、お主『余った石で腕輪を作れ』って顔じゃのう。すまぬな、余ったのは文字通りの小さな欠片だけじゃ。腕輪の核にするには到底足らんのじゃよ。それに、王都を守るのが先決じゃし……いざとなれば、こやつらとの『キス』があるじゃろ?」
(キスしたら俺の心拍数が限界突破して爆発するから、安全装置の腕輪が欲しかったんだよ!! なんで誰もわかってくれないんだ!!)
俺は心の中で血の涙を流した。
彼女たちの自信の根拠は、完全に『俺の極大魔力』が前提になっているのだ。
(キスして俺の心拍数が限界突破し爆発してしまったら、皆が死ぬんだよ!!)
俺が冷や汗をダラダラと流して顔面を蒼白にさせていると、顔の横を飛んでいたデビィがニヤニヤとからかってきた。
「ひゅ〜! 主様、モテモテですねぇ! でもダメですよぉ、主様の一番の寵愛を受けているのは、常にこうして傍らにお仕えしているこの私、デビィなんですからぁ〜」
「なっ……!? 使い魔の分際で、ツナグ様に気安く擦り寄るな!」
セレスティアが柳眉を逆立て、ルミナも嫉妬の炎を燃やしてデビィを睨みつける。
「そうです! ズルいです、いつもツナグ様の横を独占して……!」
「え〜? 悔しかったら人間やめて使い魔になればいいじゃないですかぁ〜。ねえ主様ぁ♡」
(こいつ、火に油を注ぎやがって!)
ヒロインたちの視線が殺気立ち、控室の空気が一触即発の修羅場になりかけた、その時だった。
「……静かにしろ」
俺はこれ以上のプレッシャー(と動悸)を避けるため、極低音のウィスパーボイスで冷たく言い放った。
「ヒィッ! も、申し訳ありません主様ぁっ!」
「……っ! し、失礼いたしました、ツナグ様……」
俺の一言で、デビィは空中で直立不動になり、セレスティアたちもハッとして居住まいを正した。
「さすがツナグ。一言で女たちの争いを鎮めるとはね」
(アルク、お前は感心してないで止めてくれよ!)
俺が内心で盛大にため息をついた、その瞬間。
――ジリリリリリリリリンッ!!!!!
王都全体に、耳をつんざくようなけたたましい警鐘が鳴り響いた。
「なっ……! ついに来たか!」
エルリアが血相を変えて窓の外を指差す。
俺もルミナに手を引かれ、半ば引きずられるようにして城壁の上へと連れ出されてしまった。
「う、嘘だろ……」
城壁の上から見下ろした光景に、俺は絶望で息を呑んだ。
地平線を真っ黒に染め上げるほどの、おびただしい数の魔物の大群。
ゴブリン、オーク、トロル、ワイバーン、そして空を覆うガーゴイルの群れ。
まさに『スタンピード(大暴走)』の名にふさわしい、地獄の軍勢がそこにあった。
「ひぃっ……! あ、あんなの、どうやって倒すのよ……!」
ギルドマスターのクロエや、武闘家のリン、聖女のソフィアたちも城壁に集結していたが、あまりの絶望的な数に全員が顔を青ざめさせている。
(や、ヤバいヤバいヤバい!! まるで大戦争映画じゃないか! あんなのに攻め込まれたら、一瞬でミンチにされる!)
俺が腰を抜かしそうになっていると、ギュッ、と両手から温かく柔らかい感触が伝わってきた。
見れば、ルミナとセレスティアが、俺の両手を左右からしっかりと握りしめ、縋るように俺を見上げていた。
「ツ、ツナグ様……。あんな大群、私たちだけではとても防ぎきれません……っ!」
「ツナグ様! どうか、どうか我々に貴方様の御力を……魔力譲渡を……ッ!」
二人の美少女が、涙目で上目遣いをしながら、俺の腕に柔らかい胸を押し付けて密着してくる。
さらに、後ろからはアルクが俺の肩に手を置き、クロエが背中に豊満な体を密着させて囁いてきた。
「頼むよ、ツナグ。君だけが希望だ」
「ふふっ、この王都を救ってくれたら、今夜はどんなご褒美でもあげるわよ?」
(ちょっ、まっ、お前ら一斉に密着してこないでぇぇっ!!)
ドクンッ!! ドクンッ!! ドクンッ!!
『対象からの【極めて濃厚な集団接触と好意】を感知。宿主の心拍数、危険域へ突入。肉体負荷ゲージ:70%……90%……!』
魔物の大群への恐怖で冷え切っていた俺の心臓は、四人の絶世の美女(うち一人は男装)からの「重すぎるスキンシップと期待」によって、一瞬でレッドゾーンへと跳ね上がった。
(落ち着け俺! ここで爆発したら、キスする前に俺が魔王軍ごと王都を吹き飛ばしちゃう!)
俺は全身の骨が軋むような高熱に耐えながら、必死に顔面を硬直させた。
その瞬間――俺の体から、自爆寸前の魔力(圧倒的な威圧感)が、目に見える陽炎のようなオーラとなってドバァァァッ! と噴き出した。
「ギ、ギギャァァァァッ!?」
「ブモォォォォォッ!?」
最前線にいた魔物の群れが、城壁から放たれた俺のプレッシャーを真正面から浴び、白目を剥いて次々と泡を吹き、バタバタと気絶して倒れ始めたのだ。
「な、なんだと……!?」
「ツナグ様がただ睨みつけただけで……魔物の大軍の先陣が、恐怖で全滅した……!?」
アルクやエルリアたちが、信じられないものを見るような目で俺を振り返る。
(違う! お前らが寄ってたかって密着してくるから、心臓バクバク言ってるだけだ!)
だが、その圧倒的な結果(威圧感)を前にして、俺にすがりついていたルミナたちがハッとして俺から離れた。
「……そうか! まだツナグ様が自ら動く(キスをする)段階ではないのですね!」
「えっ?」
「まずは我々だけで雑魚の数を減らし、魔王軍を率いる敵の将軍を引きずり出せ……という、ツナグ殿の無言の指示ですね!」
セレスティアが勝手に納得して大剣を構え直す。
(いや、俺は心の準備をする時間が欲しかっただけなんだけど!? ていうか将軍とか引きずり出さないで、このまま雑魚だけ倒して終わらせてよ!!)
「行きます! ツナグ様にふさわしい『器』となった私たちの力、今こそ見せる時!」
俺の悲痛な心の叫びを置き去りにして、ルミナたちは城壁から飛び降り、魔物の大群へと突撃していった。
「ツ、ツナグ殿の御前だ! 我らも続くぞォォォッ!」
俺のプレッシャーで気絶した敵を見て勢いづいた王都の防衛兵たちも、一斉に鬨の声を上げて突撃を開始する。
(あああっ、始まっちゃったよ! 誰も俺の話(心の声)を聞いてくれない!!)
俺は一人城壁に取り残され、ガクガクと震える手でステータスウィンドウを開いた。
さきほどの「四人同時密着」による急激な魔力乗算の反動が、システムログに無情に刻まれていた。
『――基本ステータスを更新』
【魔力】880(※残熱蓄積・上限寸前)
(ベース値が880!? しかもヴァニアの作ってくれた外套の裏地が、さっきのプレッシャーを放出したせいでチリチリと焼け焦げ始めている! 普段は青や赤紫に光るはずの放熱回路が、どす黒い赤色になって明滅してるじゃないか!)
このまま俺がもう一度極度の「ドキドキ(恐怖や密着)」を味わえば、間違いなく限界を突破し、コートの放熱も追いつかずに大爆発を起こしてしまう。
こうして、俺の「キスからの逃避(威圧感)」を号砲として、王都の命運を懸けた防衛戦が幕を開けた。
魔王軍の『ジェネラル』が、この騒ぎを黙って見過ごすはずもないことなど、今の俺は考える余裕すらなかった。




