第28話 命綱の石が王都の結界に!?
「……おい。この辺りに『幻封石』はないか?」
ダンジョンの最深部。
俺が極低音のウィスパーボイスで尋ねると、俺のブーツにすりすりしていた二頭身の小悪魔のデビィが、「ヒィッ!?」と肩を跳ねさせて平伏した。
「も、もちろんです主様! あちらのクリスタルの裏が私の宝物庫になっております! 幻封石はおろか、私が今まで集めた魔物の素材やレアアイテム、すべて貴方様に献上いたしますぅぅ!」
デビィが指差した先には、俺が探し求めていた青白く光る石――『幻封石』が、金銀財宝や大量の魔物素材と共に山積みにされていた。
(えっ、なんか石ころ探す手間が省けた上に、めっちゃアイテム貰えた!?)
俺が内心で歓喜していると、背後で勇者アルクとルミナたちが息を呑む音が聞こえた。
「信じられない……。高位の悪魔が長年溜め込んだ財宝を、たった一言で全回収してしまうなんて」
「ツナグ様からすれば、悪魔の秘宝すらも路傍の石と同義ということですね。さすがは私の師匠です……!」
(違う! 俺は本当に幻封石が欲しかっただけだよ!)
またしても勝手に神格化される中、俺は震える手で命綱である『幻封石』をしっかりと自らの懐にしまい込んだ。
そして、後ろで呆然としているエルリアを振り返り、極低音でボソッと命じた。
「……エルリア。残りはすべて、お前の『空間収納』に片付けろ」
「えっ!? あ、は、はいっ! ただちに!」
Sランクの賢者が、俺の一言で大慌てで荷物持ちのように働き始める。
こうして俺たちは、俺の命綱と、大量のレア素材(デビィの全財産)を回収し、ダンジョンを後にした。
***
王都へ帰還した俺たちは、まず冒険者ギルドのマスター室へと足を運んだ。
Sランク指定のダンジョン探索の報告を行うためだ。
「おかえり、ツナグ。無事に帰ってきたようだね」
ギルドマスターのクロエが、キセルをふかしながら妖艶に微笑む。
そして、豊満な胸の谷間をこれでもかと見せつけながら、俺の耳元に顔を寄せて甘く囁いた。
「さぁ、約束通り……特別許可を出した対価を、たっぷりとその『体』で払ってもらおうか?」
(ヒィッ!? また大人のセクシーお姉さんの誘惑キタッ!? や、やばい、自壊ゲージが上がる!)
俺は貞操と命の危機を感じ、後ろに控えていたエルリアに視線を向け、極低音でボソッと命じた。
「……エルリア。あれを出せ」
「え、ええ! 『空間収納』、解放!」
ガラガラガシャァァンッ!
「なっ……!?」
クロエのデスクの上に雪崩のように積み上がったのは、深層にしか存在しない希少な魔石や、悪魔の武具など、ギルドの国庫が潤うレベルの超レア素材の山だった。
(※全部デビィの宝物庫から回収し、エルリアの空間魔法にしまわせていたものだ)
「……これで、足りるか」
俺は冷や汗を流しながら、威圧感たっぷりに告げた。
(頼む、これで勘弁してくれ! 俺を食わないでくれ!)
だが、その莫大な財宝の山を見たクロエは、目を丸くした後、フッと楽しげに笑い出した。
「……ハッ。Sランクの賢者を従えて、これほどの素材を涼しい顔で持ち帰るとはね。私の誘惑すら金で撥ね退けるなんて、君、本当に底が知れない男だよ」
(よし! なんとか誤魔化せた!)
「ツナグ様ぁぁっ! 私、ツナグ様がお持ち帰りになったこの素材の山を、一晩中徹夜して査定させていただきますぅぅっ! ああっ、ツナグ様の匂いが染み付いたアイテム……たまりませんっ♡」
部屋の隅で、同行していた受付嬢のマリアが素材に顔を埋めてハァハァと荒い息を吐き始めた。
俺はマリアのガンギマリの目を見てスッと冷静になり(自爆の危機を完全に脱し)、足早にギルドを後にしたのだった。
ようやく大魔導士ヴァニアの館へと帰り着いた俺は、テーブルの上に『幻封石』をコトリと置いた。
「おお! よくぞ深淵の地下迷宮から幻封石を持ち帰ったな! ……って、お主の足元にいるその悪魔はなんじゃ!?」
ヴァニアが、俺のブーツに抱きついているデビィを見て目を見開いた。
だが驚いたのは一瞬だけで、すぐに補助具のついた耳へ指を添え、水晶を引き寄せる。
「待て……その悪魔、波長がツナグの残熱に半ば同調しておる。単なる使い魔化ではない、擬似的な従属回路まで繋がっとるぞ」
「ツナグ様が屈服させ、真名を書き換えてテイムされた夢魔です」
「な、なんじゃと……!? 悪魔の回路を捻じ曲げたというのか……!」
セレスティアの誇らしげな報告に、ヴァニアはキャンディを落とし、水晶へ視線を走らせた。
「しかし、夢魔の始祖たるお前さんが、なぜあんな地下迷宮の奥底に引きこもっておったんじゃ?」
ヴァニアが訝しげに質問する。
するとデビィは、大魔導士の問いかけなどそっちのけで、俺の足にすがりつきながらボロボロと嘘くさい涙を流し始めた。
「うぅっ、主様ぁ……! 聞いてください! 私、魔王軍の『ジェネラル(大魔将)ザガン』にこき使われるブラック労働が嫌で、地下迷宮の奥底に隠れてサボってたんですぅ!」
「……魔王軍だと?」
「はいぃっ! ザガンは今、地上を侵略するために魔物の大群を集めています! もうすぐ、信じられない規模の『スタンピード』を率いて、この王都を火の海にしに来ますぅぅ!」
「なっ……!?」
デビィの言葉に、ヴァニア、ルミナ、セレスティア、そして勇者アルクたち全員の顔色が一気に青ざめた。
「大規模なスタンピード……! しかも魔王軍ジェネラルが率いているとなれば、この王都の戦力でも防ぎきれるかどうか……!」
「そんな……! 王都の民が、危険に晒されているというのですか……!」
緊迫するヒロインたち。
そして、誰よりも絶望していたのは俺だった。
(えっ!? スタンピード!? 魔王軍!?)
俺は冷や汗を滝のように流しながら、ヴァニアの両肩をガシッと掴んだ。
「……ヴァニア。この石で、一刻も早く『結界』を作ってくれ。……絶対に、抑え込まなきゃいけないんだ」
(お願いだから、俺の魔力を抑え込む個人用結界(腕輪)を早く作って! 魔物の大群なんて見たら恐怖で心拍数が限界突破して、俺が爆発しちゃう!)
俺は血走った目で、必死の懇願を込めてヴァニアを睨みつけた。
するとヴァニアは、幻封石を両手で包み込み、ハッとしたように目を丸くした。
「……『結界』を作って、被害が広がる前に抑え込む……? まさかお主、自分の魔力ではなく……」
ヴァニアは幻封石の魔力を測りながら、戦慄したように息を呑む。
「この純度と容量、個人用の腕輪(初期化具)にするにはあまりに過剰じゃと思ったが……。そうか! 己の命綱として持ち帰った素材を、自分一人の安全装置ではなく……王都全体を覆い、王都全体を覆い、魔王軍の被害を抑え込む『大結界』の核へ回せと、そう言っておるのだな!」
「……えっ?」
俺が間抜けな声を漏らした瞬間、控室の空気が劇的に変わった。
「なっ……! 自分一人の退路を削ってまで、王都の民を守ると……! ツナグ様、なんという気高き御心……っ!」
「ツナグ……君の自己犠牲の精神、まさに真の勇者だ!」
(ちょっ、違う!! 俺は魔王軍じゃなくて、俺自身の爆発を抑え込みたかっただけだって! なんで王都全体の話になってるんだよ!!)
「いや、違う……俺は、俺の腕輪を……」
俺は冷や汗を流しながら慌てて訂正しようとした。
だが、その瞬間。
「お主の覚悟、確かに受け取ったぞ!」
ヴァニアが幻封石を天高く掲げて、高らかに宣言したのだ。
「この幻封石を触媒に、王都を護る『大結界』は、このワシが責任を持って構築してやろうぞ! 皆の者、ツナグが繋いでくれた希望、決して無駄にするな!」
「「「おおおおおっ!!」」」
「ツナグ様、私たちも決戦に向けて士気を高めますっ!」
(ああっ、みんな感動して泣いてるし、完全に空気が出来上がっちゃって言い出せない……っ! 待て待て待てぇぇぇっ!! 俺の自爆回避アイテムはどうなるんだよォォォ!?)
俺の悲痛な心の絶叫は、決戦に向けて熱く燃え上がる少女たちの歓声に、完全に掻き消されていった。
こうして、俺の唯一の希望であった幻封石は、無惨にも王都の結界として消費されることが確定し……。
俺は「自爆の恐怖(丸腰)」を抱えたまま、迫り来る魔王軍のスタンピードを迎え撃つという、文字通りの地獄へと突き落とされるのだった。




