第27話 夢魔の始祖を威圧でテイム
狂乱のミノタウロスすら逃げ出すほどの『未知の恐怖』。
俺たちは冷や汗を流しながら(俺は物理的に胃痛に耐えながら)、ダンジョンの最深部へと足を踏み入れた。
そこは、巨大な地底湖と水晶に囲まれた、幻想的かつ不気味な空間だった。
そして、その中央。
宙に浮遊しながら、退屈そうに長い脚を組み、妖艶に微笑む『少女』がいた。
「あら。逃げ遅れたゴミ虫かと思ったら……随分と美味しそうな人間たちが来たじゃない」
漆黒の山羊の角に、純白のツインテール。
妖しくも美しい赤みがかった肌と、背中から広がるコウモリの翼。
そして何より目を引くのは、布面積が絶望的に少なく、肌を容赦なく締め付けるボンデージ風の扇情的な衣装だった。
……だが、俺は見てしまった。
宙に浮いて見下ろしてくる少女の、ベルトの隙間から覗く下腹部が――なんだかほんの少しだけ、運動不足のように柔らかく『ぽよん』と弛んでいるのを。
しかも、その絶妙な肉付きのヘソの下には、誘惑するような『ハート型』のホクロまでが浮かんでいる。
「あ、悪魔……! しかもあの山羊の角と翼、そして空間を歪めるほどの圧倒的な淫靡な魔力……! 間違いない、神話に語られる『夢魔の始祖』リリスよ……ッ!」
賢者のエルリアが、血の気を失った顔で震える声を上げた。
その言葉通り、女から発せられる魔力は、これまでの魔物とは次元が違った。
ただそこにいるだけで、呼吸すら苦しくなるほどの重圧。
(や、ヤバいヤバいヤバい! 夢魔の始祖ってマジもんの悪魔じゃん! ていうかあの衣装エロすぎない!? ヘソ下のホクロがハート型とかアウトだろ! ――いや待て、あのお腹、絶対引きこもってサボってた肉付きだ!)
俺の心臓が、恐怖と、謎の親近感と、別の意味での興奮で早鐘を打ち始める。
「人間にしては、なかなかの博識ね。ふふっ……ん?」
夢魔の始祖リリスは、甘い瞳でルミナたちを一瞥した後、俺を見てピタリと視線を止めた。
そして、獲物を見つけた蛇のように、紅い唇を三日月型に歪ませた。
「……信じられない! 貴方、人間なのに『悪魔』の波長を隠し持っているのね。しかも、恐ろしいほどに濃密で、純粋な……」
「なっ!?」
「いいわ、気に入った。ねえ坊や、こんな脆弱な人間どもなんか捨てて、私と契約いましょう? 私と貴方の魔力が混ざり合えば、この世界すら……」
「「「断る!」」」
俺が返事をするより早く、アルクとセレスティア、ルミナが同時に声を上げ、俺の前に立ち塞がった。
「ツナグは、お前のような邪悪な存在に屈する男ではない! ツナグの器は、この世界を導くためのものだ!」
「ツナグ様を汚すことは、この剣姫が絶対に許さん! ゆくぞ勇者殿、ルミナ殿!」
「わかりました!」
俺を護るため、ルミナ、セレスティア、そして勇者パーティの面々が一斉に武器を構え、悪魔へと殺到した。
「リン! ソフィア! 側面を頼む! エルリアは魔法支援を!」
「了解ッ!」
リンの豪腕が空を切り裂き、エルリアの極大魔法が悪魔を包み込む。
だが、悪魔は余裕の笑みを崩さず、指先一つでそれらをすべて弾き飛ばした。
「遅いわね。そんな鈍足で、私に届くと思って?」
「……本命は、こちらだ!」
悪魔の死角。
ルミナが気化させた全魔力をパスし、それをセレスティアが『絶対魔力耐性』のオーラで極限圧縮して大剣に封じ込めた。
「ルミナ殿の魔力を受けて……穿てッ! 『極光の覇剣』!!」
セレスティアの放った光の斬撃が、悪魔の死角を完璧に捉えた。
「――チッ!」
初めて悪魔の顔に焦りが浮かび、咄嗟に防御障壁を展開する。
凄まじい閃光と爆音がダンジョンを揺るがし、悪魔の姿が爆炎に呑み込まれた。
「やったか!?」
アルクが安堵の声を上げた、直後。
「……ふふっ。痛いじゃないの、下等生物ども」
黒煙の中から、無傷の……いや、わずかに頬に傷を負った悪魔が姿を現した。
その瞳には、先ほどまでの余裕は消え、明確な『怒り』と『殺意』が宿っていた。
「私の美しい顔に傷をつけるなんて……万死に値するわね」
悪魔が指をパチンと鳴らした瞬間。
空間がグニャリと歪み、目に見えない不可視の重圧が、ルミナたち全員を上から押し潰した。
「きゃあっ!?」
「ぐはぁっ……!」
ルミナ、セレスティア、アルクたち勇者パーティ全員が、床に叩きつけられ、ピクリとも動けなくなってしまった。
一撃。
たった一撃で、最強の戦力たちが完全に無力化されたのだ。
「み、みんな!」
俺は恐怖も忘れ、倒れたルミナたちに駆け寄ろうとした。
だが、俺の目の前に、フワリと悪魔が舞い降りた。
「さて、お邪魔虫は消えたわ。……さぁ坊や、もう一度聞くわよ。私と契約して、こっち側に来なさい。さもなくば、この小娘どもの命はないわよ?」
悪魔は妖艶に微笑みながら、俺の頬にその白く冷たい手をそっと撫でるように滑らせた。
(ヒィッ!? ち、近い! おっぱい当たりそう! っていうかめっちゃいい匂いする!)
ドクンッ!! ドクンッ!! ドクンッ!!
『対象からの【極めて濃厚な接触と性的興奮】を感知。宿主の心拍数、危険域へ突入――』
(ヤバい、このままじゃ俺が爆発する……! でも、ここで俺が逃げたら、ルミナちゃんたちは確実にこいつに殺される!)
俺は、極度の恐怖と爆発の予感に震える両足に、無理やり力を込めた。
逃げるな。
俺の命(自爆)を懸けてでも、こいつからみんなを守るんだ!
ボンデージ姿の絶世の悪魔美少女。
その究極のお色気接触により、俺の心臓はかつてないほどの爆音を鳴らし始めた。
『魔力【350】――乗算開始。×1,000……×15,000……!』
『上限エラー:【魔力】999,999 到達。致死量の余剰魔力を検知』
『基本スキル【身体強化】限界突破。全物理ステータス【ERROR】』
「あら? どうしたの坊や。顔が真っ赤よ? ふふっ、可愛い……え?」
悪魔の笑みが、ピクリと凍りついた。
俺の体から漏れ出した、カンスト状態の『自壊寸前のプレッシャー』を、至近距離で真正面から浴びたのだ。
「な、何よこれ……!? こんなの、人間の魔力量じゃないわ……っ! 空間が、私の結界が軋んで……ッ!?」
俺は全身の骨がミシミシと悲鳴を上げ、毛細血管が焼き切れるような激痛と高熱に耐えながら、必死に顔面を硬直させ、極低音のウィスパーボイスでボソッと呟いた。
「……触るな。俺の仲間に、指一本触れてみろ」
(お色気で俺を自爆させようとするな! みんなを助けるんだ!)
俺が冷や汗を流しながら(※威圧感MAXで)赤く光る十字の瞳で睨みつけた、その瞬間。
「ヒッ……!? ご、ごめんなさァァァァァァッ!!!」
俺の視線のプレッシャーに耐えきれず、悪魔は悲鳴を上げて一瞬で後方へ吹き飛び、そのまま壁に激突して『ポンッ!』と白い煙を上げて消滅した。
「……え?」
俺が呆然としていると、煙が晴れた後――そこには、妖艶な悪魔の姿はなく。
代わりに、身長20センチほどの、二頭身の『ぷっくりとデフォルメされた悪魔』が、プルプルと震えながら正座していた。
「な、生意気言って申し訳ありませんでしたぁぁっ! 私のような下っ端悪魔が、貴方様のような真の『大悪魔様』に逆らうなんて……! どうか、どうか命だけはお助けを……っ!」
小さな悪魔は、俺の足にすがりついてワンワンと泣き叫び始めた。
どうやら、圧倒的な力の差(威圧感)を本能で悟り、生き残るために自ら魔力を極限まで縮小して降伏したらしい。
(ええっ!? なんかめっちゃ小さくなった!? ていうか俺、何もしてないのに勝ったの!?)
俺がパニックになっていると、ルミナたちが、信じられないものを見るような目で俺を見上げていた。
「ツナグ様……あの高位の悪魔を降伏させ、矮小な姿に封じ込めたというのですか……!」
「なんという力だ。僕たちの全力の奥義ですら倒せなかった悪魔を……ツナグ、君は本当に……」
(違う! エロい悪魔に触られて心拍数カンストして、俺が爆発しそうになってただけだよ!!)
俺の心の叫びは届かず、俺は「悪魔すらも威圧で屈服させる真の魔王」として、またしても伝説を作ってしまった。
そして、俺の足元でプルプル震える小悪魔が、恭しく頭を垂れた。
「主様! 一生貴方様にお仕えいたしますぅぅっ! さぁ、どうか私の『真名』をお呼びください!」
「……真名?」
「はいっ! 私の真なる名は『リリス・ヴァン・レヴィア・アルジェン・テネブラエ……』」
(長ぇよ! 覚えられるか! ていうか見た目ただの小悪魔だし、もう適当でいいや!)
俺は長ったらしい自己紹介を途中で遮り、極低音のウィスパーボイスでボソッと告げた。
俺がそう言い捨てた、その瞬間だった。
ピキィィィンッ……!
小悪魔の額に浮かんでいた複雑で禍々しい紋章(リリスの真名)が、まるでガラスが割れるように砕け散り――代わりに、全く別の簡素な紋章が焼き付くように刻み込まれたのだ。
「ヒィッ!?」
『条件クリア。悪魔の真名【リリス】の強制破棄を確認』
『新規個体名【デビィ】として、絶対従属契約が完了しました』
(えっ!? なに今の音!? 俺ただ短いあだ名つけただけだよね!? 勝手にシステムが契約結んじゃったんだけど!)
俺が内心でパニックになっていると、額に新たな名を刻まれた小悪魔が、ビクッと肩を跳ねさせ、次いで恍惚とした表情で両頬を押さえた。
「ああっ……! 誇り高き『リリス』の真名を容赦なく物理的に叩き割り、私に『ただの悪魔』という種族名そのものの安っぽい名を刻み込み、絶対的なペットとして堕とす冷酷さ……! さすがは私の主様! 痺れますぅぅっ!」
「なっ……! ただ名を呼んだだけで、悪魔の真名を強制的に上書きし、完全な『使い魔(眷属)』にしてしまっただと!?」
「ツナグ様、なんという神業……!」
エルリアが戦慄し、ルミナが目を輝かせている。
(違う! 小悪魔だからデビィって適当な名前を呼んだら、勝手にシステムが発動しただけだよ!)
またしても特大の勘違いが生産されていく中、足元では小さなデビィが「デビィ、一生ついていきますぅ!」と俺のブーツにすりすりとしている。
(……なんか、変なマスコットペットが増えちゃったよ……)
『警告。短期間での度重なる【限界突破】および、高位悪魔の波長干渉により、宿主の魔力回路が深刻な変異を起こしています』
『――基本ステータスを更新』
【魔力】450(※残熱蓄積・危険域)
(おいおいおい!? ベースの残熱が一気に450まで跳ね上がってるぞ!? これ、乗算したら一瞬のドキドキで自爆寸前状態になるんじゃないか……っ!?)
俺の命綱の『幻封石』はどこにあるんだよ!? と、俺は切実に石を探し始めた。
こうして、俺の(エロハプニングによる)自爆の危機は、高位の夢魔をマスコットペットとしてテイムするという、斜め上の形で決着を迎えたのだった。




