第26話 石拾いが超索敵に勘違いされる
王都近郊、『深淵の地下迷宮』。
薄暗いダンジョンの道中、俺は壁や地面をキョロキョロと見回しながら歩いていた。
(ない。ただの石っころばっかりで、光る石なんて全然落ちてないぞ……)
ヴァニアから聞いた、結界により俺の魔力波長を初期化し、体内に偏った残熱の位相を強制的に組み直せるかもしれない素材――『幻封石』。
俺の平和なスローライフを取り戻すための、唯一にして最強の研究素材だった。
(修行の邪魔しないようにしないと……俺自身の『安全装置(腕輪)』を作るための素材だけは、俺自身の手で見つけ出さなきゃダメだ!)
それにしても……キツい。
さっきのERROR状態が解除されたせいで、俺のステータスは『体力10』の貧弱な村人に戻っている。
重いブーツで足場の悪いダンジョンを歩いているだけで、足はパンパンだし、すでに息が上がってきていた。
俺は疲労と息切れを隠すために必死に無言を貫き、他の連中が戦闘訓練をしている隙に、一人足元を凝視して石を探していた。
「ツナグ様……先ほどから鋭い視線を張り巡らせ、我々の死角を完璧にカバーしてくださっている。さすがだ……」
「アタシらじゃ気づけねぇ『微かなマナの乱れ』まで読んでるんだな。すげぇ集中力だぜ」
セレスティアとリンが、感嘆の声を漏らす。
(違う! 下向いて石ころ探してるだけだよ! どうして毎回そんな勘違いを!)
俺の必死の石拾い(と息切れ)行動は、最高峰の索敵技術として神格化されていた。
「さて、セレスティア君。今の戦闘で感覚は掴めたかな?」
「はい。ルミナ殿が引き出した魔力を、私の耐性オーラで包み込み、剣の一点に圧縮する……理屈は理解しています」
前方を歩くアルクとセレスティアが、魔物を倒しながら実戦特訓を行っていた。
アルクの持つ『勇者の秘奥義』。
ルミナが魔力を引き出し、セレスティアが秘奥義で最終出力装置となることで、俺の「自爆」を防ぎつつ放つという三位一体の究極フォーメーションだ。
「じゃあ、さっそく試してみよう。ルミナ殿、魔力パスを」
「はいっ! 『仮想魔力回路』、展開!」
ルミナが自身の魔液タンクから魔力を気化させ、それをパイプのようにしてセレスティアの大剣へとパスする。
セレスティアは目を閉じ、絶対魔力耐性のオーラを大剣に集中させた。
「……ッ! 『極光の覇剣』……!」
セレスティアの大剣が、ルミナから送られた魔力を受けて眩く輝き始め、光の巨大な大剣へ魔力を収束させていた。
だが、その光は不安定に明滅し――。
パァンッ!
「くっ……!」
「惜しい! 魔力を圧縮する力が、あと一歩足りなかったね」
光が霧散し、大剣は元の姿に戻ってしまった。
セレスティアが悔しげに唇を噛む。
「申し訳ありません、ツナグ様……。ルミナ殿の送ってくれた魔力を、私の耐性オーラで押さえ込むことができませんでした」
「……焦るな。道はまだ半ばだ」
俺は極低音のウィスパーボイスで適当に慰めた。
「ツナグ様の仰る通りだ。高圧縮の魔力保持は、僕でも完璧にはできない神業だ。少しずつ慣れていけばいい」
アルクが優しくフォローを入れた、その時だった。
ズズズズズズズッ……!!
突如として、ダンジョンの地面が激しく揺れ始めた。
「なっ、地震か!?」
「いや……違う! 前方から、凄まじい数の魔力の反応が来るわ!」
賢者のエルリアが杖を構え、鋭い声を上げた。
直後、暗い通路の奥から、地鳴りのような足音と共に、おびただしい数の魔物の群れが雪崩れ込んできたのだ。
「ウオォォォォッ!!」
「ギギャアアアッ!」
オーク、リザードマン、キメラ。
この階層の厄介な魔物たちが、理性を失ったように目を血走らせて押し寄せてくる。
「魔物の大群だと!? まだ浅い第十階層で……異常事態よ!」
「ちぃっ! 囲まれる前に蹴散らすぜ! ソフィア、支援を頼む!」
武闘家のリンが巨大な手甲を打ち合わせ、最前線へと飛び出した。
「は、はいっ! 『聖なる加護』!」
ソフィアの祈りと共に、パーティ全員に光のバフが付与される。
(※なお、絶対魔力耐性のセレスティアと、悪魔の波長を持つ俺には見事に弾かれて無効化されていた)
「オラァッ! 『獣王猛虎撃』!」
リンが放つ拳の衝撃波が、先頭のオークたちをまとめてミンチに変える。
「『灼熱の嵐』!」
エルリアの複合魔法が、群れの中心を焼き尽くす。
「私も行きます! 『小・爆流蒸破』!」
ルミナの融合魔法による蒸気爆発が、キメラの群れを吹き飛ばす。
「シィィッ!」
セレスティアが大剣を見えない速度で振るい、生き残った魔物を次々と両断していく。
「流石は僕の仲間たちと、剣姫だ。ツナグ、君の手を煩わせるつもりはない! ……『閃光剣』!」
アルクが白銀の剣閃を描き、迫り来るリザードマンを一瞬にして斬り伏せた。
(すげえええっ!! これがSランク勇者パーティと、俺の弟子の本気! エフェクトが派手すぎてゲームの画面見てるみたいだ!)
俺は一番安全な最後尾で、飛んでくる土埃にビビって目を細めながら、彼女たちの圧倒的な戦闘力に感動していた。
戦闘は、ものの数分で決着がついた。
数十体はいたはずの魔物の群れが、文字通り「死の山」と化している。
「ふぅ……なんとか片付きましたね」
ソフィアが安堵の息を吐いた、その直後だった。
ズゥゥゥゥンッ……!!
先ほどまでの雑魚とは比べ物にならない、圧倒的な重圧が通路の奥から現れた。
体長5メートルを超える、全身を鋼のような筋肉と漆黒の毛皮で覆われた巨大な牛頭の魔物。
「あれは……この第十階層のフロアボス、『狂乱のミノタウロス』!?」
エルリアが戦慄の声を上げた。
「本来ならボスの部屋から出ないはずの主が、なぜこんな通路まで……!」
アルクが剣を構え直し、全員が一斉に臨戦態勢をとった。
(うわあああっ! なんかデカくてヤバそうなの来た! 殺される!)
俺はあまりの恐怖で足がすくみ、後ずさりしようとした――その時。
「ひゃうっ!?」
「あっ」
後方にいた聖女のソフィアに、背中から勢いよくぶつかってしまった。
バランスを崩した俺は、ソフィアを巻き込むようにして床に倒れ込んでしまう。
そして偶然にも、俺の顔のすぐ横に、ソフィアの華奢で柔らかな太ももが密着していた。
さらに、ソフィアの微かに甘い香りが鼻腔をくすぐる。
(ヤバいヤバいヤバい! こんな緊急事態に、聖女様の太ももに顔面ダイブしちゃった!? 柔らかっ!!)
ドクンッ!! ドクンッ!!
『対象との【予期せぬ密着と性的興奮】を感知。宿主の心拍数、急上昇。肉体負荷ゲージ:50%……80%……!』
魔物への恐怖と、突然のエロハプニングによる極限のドキドキが混ざり合い、俺の心臓は爆音を鳴らした。
結果、俺の体から自爆寸前の魔力(圧倒的な威圧感)がドバァッと漏れ出し、迷宮の通路を重圧で満たしてしまったのだ。
「ブモォォォォォォッ!!」
狂乱のミノタウロスが、血走った目で咆哮を上げる。
そして、俺たちに向かって突進して――来なかった。
「……え?」
なんとフロアボスは、俺たちに一瞥もくれず、全力で壁際をこすりながら「ヒィィィッ!」と怯えたような悲鳴を上げ、俺たちの横を猛スピードで通り過ぎて……そのまま上の階層へと逃げ去っていったのだ。
「…………は?」
「ボ、ボスが……逃げた?」
俺の下敷きになっていたソフィアが、ポカンと目を丸くする。
リンとセレスティアも、構えた武器を下ろして呆然と立ち尽くしていた。
(よかったぁぁぁ……! 俺らの威圧にビビって、逃げてくれたのかな!?)
俺が内心でホッと胸を撫で下ろしながら、慌ててソフィアから離れようとすると、武闘家のリンが顔面を蒼白にさせ、ガタガタと震えだした。
「チ、違う……。アタシの野生の勘が警鐘を鳴らしてやがる……。あのフロアボス、アタシら(の威圧)を見て逃げたんじゃねぇ」
「ええ、リンの言う通りよ」
エルリアが青ざめた顔で言葉を継ぐ。
「後ろを、迷宮の奥底を恐れて『何かから逃げてきた』のよ……!」
「なっ……!? この迷宮の主であるはずのボスが、我を忘れてパニックになるほどの『何か』が、この奥にいるというのか……!?」
アルクの言葉に、全員の顔に絶望的な緊張が走った。
(えっ!? 俺にビビったんじゃなくて、奥にヤバいのがいるから逃げてきたの!? そんなの絶対行きたくない!)
俺が冷や汗を滝のように流して内心で引き返す口実を考えていると、ルミナが杖を握り直し、キリッとした表情で俺を見た。
「ツナグ様……あのような巨大な魔物が逃げ出すほどの『未知の脅威』。これこそが、ツナグ様が私たちに与えられた『真の試練』なのですね!」
「えっ?」
「どんな危険が待ち受けていようとも、ツナグ様のご期待に応えるため……私たちが必ずやこの奥への道を切り拓いてみせます!」
ルミナの狂信的な宣言に、アルクも不敵に笑って剣を構え直した。
「ああ。君の導きに応えるためなら、僕たちも命を懸けよう」
(懸けなくていいから! 試練とかどうでもいいから命大事にしようよぉぉぉっ!!)
俺の心の叫びは、またしても誰にも届かなかった。
俺の命綱である『幻封石』を探してさっさと帰りたいだけなのに、俺たちはフロアボスすら逃げ出す未知の恐怖へと、自ら引きずり込まれていくのだった。




