第33話 スローライフの崩壊
ふかふかのベッドの上で、俺はゆっくりと重い瞼を開けた。
視界に飛び込んできたのは、王城の特別室と思われる豪華な天井の天蓋だ。
(ここは……俺、生きてる!? 爆発しなかった!)
「ツナグ様……ッ! お目覚めになられたのですね!」
「よかった……! 本当に、よかったです……!」
俺が身を起こそうとした瞬間、ベッドの左右からルミナとセレスティアが泣きつきながら抱き着いてきた。
二人の柔らかい感触と甘い匂いに、俺の意識が完全に覚醒する。
「やれやれ、三日三晩も寝ておったから、どうなることかと思ったぞい」
部屋の隅でキャンディを舐めていたヴァニアが、ホッと息を吐く。
彼女の横には、勇者アルクや賢者エルリア、それに小悪魔のデビィまでが勢揃いしていた。
「ツナグ、君は本当に信じられない男だ。メテオを撃ち落とした後、すべての魔力を使い果たして気を失っていたはずなのに……決して倒れることなく、逃げ去る魔王軍の残党を立ったまま鋭く睨み据えていたのだからな」
「国王陛下も、貴方様のその『不屈の立ち姿』に涙を流して感動しておられました。後日、国を救った真の英雄として、最高位の勲章が授与されるそうです!」
アルクとエルリアが、畏敬の念に満ちた声で語る。
(違う! 人生初のダブルキスと大爆発のショックで、立ったまま気絶してただけだ! ていうか勲章とかいらない! 目立ちたくないのに!)
俺が内心で頭を抱えていると、扉の隙間から、ギルドマスターのお見舞いの品を抱えた受付嬢マリアが、鼻血を拭きながら顔を覗かせた。
「あああっ……! あの立ったままの冷酷な瞳……私、遠くから見ていて失神しそうでしたぁっ♡ ツナグ様、その勲章の紐で私を縛ってぇぇっ!」
(なんで一介の受付嬢がギルマスの付き人ってだけで王城の特別室まで入り込んでるんだよ! 職権乱用だろ!)
「主様! デビィはずっとお傍でお仕えしておりましたよぉ!」
相変わらずのマリアの変態発言と、デビィのすりすりをスルーしつつ、俺は密かに大きく安堵の息を吐いていた。
(まあいい。結果的に魔力(熱)を全部吐き出したんだ。これで自爆の危機も去ったし、俺はただの『ちょっと健康な村人』に戻れたはず。今日から念願の安全なスローライフが送れるぞ!)
だが、俺のそんな淡い期待は、次の瞬間に木端微塵に粉砕されることとなる。
「あの……ツナグ様」
ベッドの右側にいるルミナが、顔を真っ赤に染め、モジモジしながら上目遣いで俺を見つめてきた。
「戦いの時の『口づけ』……私、一生の宝物にします。……でも、これからは魔力を通すためのパイプとしてではなく、ツナグ様の本当の『恋人』として、私に……っ」
「待て、ルミナ殿!」
今度は左側にいるセレスティアが、柳眉を吊り上げて身を乗り出した。
「あの時、右の唇を奪ったのは貴方かもしれないが、左の唇を重ねたのは私だ! ツナグ様の魔力を受ける『最強の矛』として、お傍に立つのはこのセレスティアだ!」
「二人とも、抜け駆けは感心しないな」
アルクがフッと笑いながら、俺の顔を覗き込み耳元で囁く。
「ツナグ、君は僕の秘密を知り、『綺麗な女だ』と言ってくれた。……男装の勇者を女にしてしまったんだ、責任は取ってもらうよ?」
三人の絶世の美女(うち一人は男装)が、顔を真っ赤にして俺に迫ってくる。
(ひぃぃぃっ!? ちょっと待って! なんでいきなり修羅場(正妻戦争)が始まってるの!? 顔近い! いい匂いする!)
ドクンッ!! ドクンッ!! ドクンッ!!
『対象からの【極めて濃厚な好意と激しい愛情の包囲】を感知。宿主の心拍数、急上昇。肉体負荷ゲージ:50%……80%……!』
「あ、あれ? どうして……」
(ええっ!? 嘘だろ!? 一回魔力を空っぽにしたら、もうメーター上がらない(賢者タイム)んじゃないの!?)
俺が顔面蒼白でメーターを見つめていると、ヴァニアが呆れたようにため息をついた。
「バカ者。お主の『アスモデウスの因子』そのものが消えたわけではない。今回はたまたま致死量の残熱を一度吐き出しただけじゃ。体質も、増幅機構も、魅了混じりの波長も何一つ根治しとらん。女に興奮してドキドキすれば、またすぐ魔力は乗算されて溜まる。……つまり、再設計も追加対策もまだまだ必要ということじゃ」
(つまり、この子たちに迫られてドキドキするたびに、また爆発の危機が来るってこと!? 全然解決してないじゃん!!)
「さぁツナグ様、私と!」
「いいえ、ツナグ様は私と!」
「僕と共に歩もう! ツナグ!」
熱烈なアピールと共に、俺の腕や胸に柔らかな感触が次々と押し付けられる。
自壊ゲージは、瞬く間にレッドゾーンへと突入しようとしていた。
(ヤバいヤバいヤバい! このままじゃマジで自爆する!!)
俺は全身の骨が軋むような熱に耐えながら、必死に顔面を硬直させ、極低音のウィスパーボイスでボソッと呟いた。
「……少し、一人にしてくれ」
(頼むから離れてくれ! 俺の心臓が爆発するぅぅぅっ!)
俺の悲痛な心の叫び。
しかしそれは、彼女たちには『絶対的強者の孤高の美学』として受け取られていた。
「ああ……! 世界を救った後でも決して驕らず、一人で静かに余韻に浸る……! なんて気高き御方……っ!」
「ツナグ様のその孤独、いつか必ず私が埋めてみせます!」
ヒロインたちはうっとりと頬を染めながら、渋々といった様子で俺から離れていく。
(……助かった。でも、これからは毎日このエロハプニング(自爆の危機)に耐えなきゃいけないのか……?)
「それにしてもツナグよ」
ヴァニアがベッドの脇にあった山積みの羊皮紙を、ドサッと俺の腹の上に落とした。
「ぐふっ……!? い、痛ぇ……!?」
「なんじゃ、紙の束くらいで大袈裟な。……と言いたいところじゃが、無理もない。膨大な魔力を通した反動じゃ。お主の体は今、全身の筋繊維がズタズタの『超・筋肉痛』状態じゃよ。しばらくはまともに歩けんじゃろうな」
(う、嘘だろ……。無限乗算の反動で数日寝たきり確定ってことかよ。これじゃ本当にいざという時しかフルパワー出せないじゃないか!)
「そしてこれが、寝ている間に王城に届いたお主宛ての書状じゃ。大貴族からの縁談、他国からの騎士団長就任の打診、果ては王女殿下からの夜会への招待状……。英雄殿は休む暇もないのう」
山積みの手紙を見て、俺は文字通り白目を剥いた。
終わらない自爆の時限爆弾、膨大な魔力の反動、貴族たちからの政治的包囲網。
そして何より――俺を神格化し、重すぎる愛を向けてくるヒロインたち。
(……スローライフなんて、最初から無理だったんだ。これからは魔物や悪魔なんかより、この厄介すぎる『自爆のリスク(愛情)』と『権力者たち』から、全力で逃げ続けなきゃいけないのか……!)
俺の胃痛と冷や汗にまみれた異世界サバイバルは――まだまだ、始まったばかりだった。
***
ベッドの上で頭を抱えるツナグの姿を見ながら、ヴァニアは離れて一人、静かに窓の外の青空を見つめていた。
(……やれやれ、相変わらず騒がしい男じゃ)
呆れたようにため息をつきつつも、ヴァニアの瞳の奥には、研究者としての深く鋭い光が宿っていた。
(ルミナもセレスティアも、あやつを『神話の英雄』だと疑わず信じ切っておる。……だが、あの規格外の力、そして悪魔ジェネラル、ザガンすら戦慄させた『大悪魔アスモデウス』の純粋な因子……)
ヴァニアは、自身の指先に残る、ツナグから放出された魔力の感触を思い出す。
それは、この世界に存在するいかなる魔力波長とも異なる、圧倒的で根源的な熱だった。
(……古き神話の禁書にはこうある。『原初の魔力とは、神ではなく、七柱の大悪魔たちが万物のために分け与えたもの』だと。ならば、我々人間が使う魔法やスキルも、元を正せば彼らの因子の薄まった残滓に過ぎんのではないか?)
ふと、ヴァニアの脳裏にヒロインたちの姿がよぎる。
他者の魔力を羨み、外部から引き寄せることしかできないルミナ。
他者の干渉を一切拒絶し、己の力のみで立つセレスティア。
(あやつらの抱える体質の『欠陥』……どこか、古の伝承に記された大罪の性質に似た、奇妙な偏りを感じるのう)
もしその仮説が正しいとするならば、ツナグの体内で絶え間なく生成され続ける、あの純度100%の魔力は何なのだ?
まるで、彼の『心臓』そのものが、大悪魔の鼓動と直結しているかのような――。
(単なる召喚事故か。それとも――何者かが意図的に、この世界(盤面)をひっくり返すために、あやつを送り込んだとでもいうのか……)
ヴァニアは口に含んでいたキャンディをガリッと噛み砕き、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
(面白いのう。この世界の理の裏側に、どれほどの闇が隠されておるのか。……ツナグよ、お主の抱える『特異点』の謎、このワシが必ず解き明かしてやろうぞ)
大魔導士の静かな決意は、やがて来るさらなる波乱と、世界の真実を巡る戦いの幕開けを、確かに告げていた。
(第一章 完)
ここまで『最強ステータスは自爆寸前』第1章をお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました!
ツナグの決死のダブルキス(自爆回避)、楽しんでいただけたでしょうか?
ツナグの胃痛ライフと勘違い無双の物語は、ここでひとまずの「完結(区切り)」となります。
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