第24話 世界樹の杖と三位一体
セレスティアと勇者アルクの、激しいスパーリングが終わった直後。
修練場の空気を和ませるように、ポンッと手を叩く音が響いた。
「よしよし、熱い戦いで腹も減ったじゃろう。ワシの館に戻って、お昼を取っていくがよい」
大魔導士ヴァニアが、キャンディをかじりながら気前よく提案してくれた。
「アルク。お主も来るか?」
「いいのかい? 大魔導士殿の館にお邪魔できるなんて光栄だ。ぜひご一緒させてもらおう」
こうして俺たちは、アルクも交えてヴァニアの館へと向かうことになった。
館に到着するなり、ヴァニアは「待っておれ」と奥に引っ込み――やがて、あの絶望的に不釣り合いな『可愛らしいフリルのエプロン』を身につけて現れた。
そして踏み台に乗ってキッチンに立ち、手際よく昼食のスープを作り始めたのだ。
(ああ……危ない発明家みたいな格好で徹夜してるくせに、フリルエプロンで台所に立つと急に親戚の子供のお手伝いみたいに見えるの、反則だろ……。おかげで俺の自爆ゲージもすっかり安定してるぜ……)
俺が特等席で安全な癒やしを満喫していると、後ろからギリリッ……という音が聞こえた。
「……やはり、解せませんね。大魔導士様とはいえ、ツナグ様の胃袋をああも簡単に……」
「ルミナ殿、我々も負けてはいられない。剣の修行の合間に、料理の腕も磨かねば……」
「フフッ、ツナグは本当に愛されているね。僕も負けていられないな」
ルミナ、セレスティア、そしてなぜかアルクまでが、エプロン姿のヴァニアの背中に女の対抗心を燃やしていた。
(いやアルク!? なんでお前までヒロインレースに参戦しようとしてるの!? 君、勇者だよね!?)
俺の心臓が少しだけ嫌な音を立てたが、幸いにも昼食は無事に(和やかに)進んだ。
食後の紅茶を楽しんでいると、ヴァニアがコホンと咳払いをし、小さな箱の魔導具から『一本の杖』を取り出した。
「ルミナよ。大会の優勝賞品『世界樹の枝』……さっそくワシが杖に加工してやったぞ。受け取るがよい」
「ヴァニア様……っ! ありがとうございます!」
ルミナが震える手で受け取ったのは、白く虹色の光を帯びた、美しい杖だった。
「おおっ……! これが、いかなる魔力も抵抗なく通すという伝説の素材……」
「うむ。世界樹材は、いかなる魔力も抵抗なく通す伝説級の導管素材じゃ。お主の『仮想魔力回路』と組み合わせれば、これまでの杖のように負荷で砕けることはまずない。ワシが補助具や外套でやってきた足りぬ機能を外で補うという設計思想を、そのまま杖へ落とし込んだつもりじゃ。ツナグの莫大な魔力を安全に吸い出す一次導管として、これ以上ない一本になったぞい」
「本当ですか……っ!」
ルミナは杖を胸に抱きしめ、感極まったように俺を見つめてきた。
「ツナグ様! これでようやく、私は貴方様の魔力を受け止めることができます! いつでも、私に『魔力譲渡』を……っ!」
(キ、キス!? ここで!?)
俺が顔面を赤くして硬直していると、ヴァニアが「待て待て」と制止した。
「焦るな。パイプはできたが、まだ最大の『問題』が残っておる。……今ここでキスなどすれば、確実にこの王都ごと消し飛ぶぞ」
「えっ……?」
「ツナグの魔力量は文字通り規格外じゃ。いくら世界樹の杖でスムーズに流せたとしても、放出された極大の魔力をルミナがそのまま魔法として撃ち放てば、強大すぎる威力で全員自滅するじゃろうな。ワシの計算では間違いなくそうなる」
ヴァニアの言葉に、一同が息を呑む。
俺の魔力(残熱)は、放出するだけでも世界を滅ぼしかねない厄介すぎる代物だった。
「そ、そんな……! それでは、どうすればツナグ様の魔力を安全に消費できるのですか……っ」
ルミナが絶望しかけた、その時だった。
真剣な顔で話を聞いていたアルクが、スッと前に出た。
「……なら、僕の持つ『勇者の秘奥義』を使えばいい」
「秘奥義、ですか?」
「ああ。極大の魔力を極限まで圧縮し、剣の一点に留めて放つ超極大剣魔法。……だが、それは勇者である僕の肉体でさえ魔力負荷に耐えきれず、100%の威力では撃てない『未完成の技』なんだ」
アルクはそこで言葉を切り、セレスティアを真っ直ぐに見据えた。
「だが、セレスティア君。どんな魔法バフも弾き返す君の『絶対魔力耐性』という頑丈な肉体と剣ならば……その負荷に耐え、初めて100%の威力で発動できるはずだ」
「なっ……! 私の、この欠陥品の体が……役に立つと!?」
「ああ。君にしかできない」
セレスティアが驚愕に目を見開くと、ヴァニアがポンッと手を叩いて笑った。
「なるほど! ルミナの世界樹の杖を一次導管、セレスティアの耐性と剣を圧縮兼最終出力端末にするわけじゃな! ツナグから流れ出た規格外の魔力を、途中で暴れさせず段階的に絞り込めば、初めて安全域に近づける。その三位一体の流路設計が完成してこそ、ツナグは安全に魔力譲渡を行えるというわけじゃ!」
「私がツナグ様の魔力を引き出し、セレスティア様に託す……!」
「私が、ツナグ様の魔力の最終的な矛となる……!」
ルミナとセレスティアが顔を見合わせ、その瞳にかつてないほどの熱い決意の光を宿した。
欠陥だらけだと思っていた自分たちの特性が、全てツナグを救うためのパズルのピースとして組み合わさったのだ。
「その技をセレスティア君に教えよう。習得には、的(魔物)が無数に必要になる。ちょうど明日から、僕たち勇者パーティは王都近郊の『深淵の地下迷宮』へ潜る予定なんだ。……一緒に来ないか?」
アルクの提案に、ルミナとセレスティアの顔がパッと輝いた。
「実戦での訓練……! ツナグ様のお役に立てるのなら、これ以上の好機はありません!」
「私も異存はない。必ずや勇者殿の技を習得し、ツナグ様をお救いしてみせる!」
(ええええええええっ!?)
ヒロインたちがトントン拍子で熱い展開を進める中、俺は一人、心の中で絶叫していた。
(すぐキスして爆発回避できると思ってたのに、お預け!? しかもまた魔物がいっぱいいる危険地帯に行くの!?)
俺のスローライフはまだ先のようだ。
俺は必死に断る理由を探したが、ルミナ、セレスティア、アルクの三人が、キラキラと期待に満ちた瞳で俺を見つめている。
ここで「怖いから行きたくない」などと言える勇気は出なかった。
俺は冷や汗を流しながら、すべてを諦めて目を伏せ、極低音のウィスパーボイスでボソッと呟いた。
「……好きにしろ。俺は、見守るだけだ」
(お前らだけで戦ってくれよ! 俺は絶対に安全な後方から動かないからな!)
「「「ツナグ様……!!」」」
俺のただの逃げ口上。
しかしそれは、三人の少女(一人男装)には「お前たちの絆と成長を、特等席で見届けてやろう」という、絶対的強者の激励として受け取られていた。
こうして、俺の命(自爆)を救うための究極のフォーメーションを完成させるべく――勇者パーティとの『合同ダンジョン探索』という名の地獄が、幕を開けることになったのだった。
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