第23話 魔法を斬る剣姫の覚醒
翌日。
王都エルディスのギルドが所有する、最も頑丈な特別修練場。
そこには今、異様な緊張感が張り詰めていた。
「ゆくぞ、剣姫。ツナグの隣に立つにふさわしい器か、僕が確かめさせてもらう」
「望むところだ、勇者アルク! ツナグ様の御為に、私のすべてを懸けて貴様を討つ!」
向かい合うのは、白銀の軽鎧を纏った男装の勇者アルクと、長剣を構える近衛騎士の部隊長セレスティア。
二人の美少女(一人は男装)が、俺を巡ってプライドを懸けた死闘を始めようとしているのだ。
(なんでこうなったんだよ!? 俺はただ貞操の危機から逃れたかっただけなのに!)
俺が修練場の隅で胃痛に耐えていると、見学に来ていたヴァニアが、キャンディを舐めながら解説を始めた。
「……うむ。剣の腕だけならば互角じゃろうが、セレスティアの『絶対魔力耐性』という体質がネックじゃな。味方の支援も、自身の身体強化も一切受け付けん。対して勇者は、魔法と剣技を組み合わせる万能の魔法剣士。総合力では、勇者が圧倒的に上じゃろう」
(えっ!? セレスティアちゃん、自分を強化できないのか!? 超不利じゃん!)
俺が焦って口を開きかけた、その時だった。
「――『迅雷』!!」
アルクの剣に雷の魔力がエンチャントされ、彼女の姿が掻き消えた。
超高速の踏み込み。
そして、雷を纏ったアルクの剣が、一瞬にしてセレスティアの眼前に迫る。
「シィィッ!」
ガギィィィンッ!!
セレスティアは真っ向から大剣を振り抜き、アルクの雷魔法ごと、その剣撃を完璧に『両断』して弾き飛ばした。
霧散する雷の魔力を見て、アルクが感心したように口角を上げる。
「……ほう、魔法を斬るか。見事な絶対魔力耐性だ。だが、これならどうかな?」
アルクは距離を取り、素早く剣を振るう。
「『烈風の刃』!」
無数の真空の刃が、嵐のようにセレスティアを襲う。
セレスティアは持ち前の体術と剣技で真空の刃を次々と切り払っていくが、アルクの絶え間ない連続攻撃に、次第に防戦一方に追い込まれていった。
「……手堅いな、剣姫。だが、君は魔法を『斬って弾く』ことしかできない。それではジリ貧だよ?」
「くっ……!」
(ヤバいヤバい! セレスティアちゃんが押し込まれてる! なんとかしないと!)
俺は冷や汗を流しながら、必死に脳内のラノベアーカイブを検索した。
強敵と対峙した時、仲間と力を合わせて打破する展開。
それは決まって――『仲間の魔法を自分の武器に宿す』ことだ。
「ツナグ様、どうかセレスティア様に助言を……!」
ルミナからの期待の視線が突き刺さる。
俺は顔面を硬直させ、極低音のウィスパーボイスで、抽象的だがもっともらしいカッコいいセリフを絞り出した。
「……弾くな。その力、己のものとして利用しろ」
(耐性体質なのに利用しろとか意味わかんないだろうけど、あとは気合いでなんとかしてくれ!)
俺の適当すぎるアドバイス。
しかし、その言葉がセレスティアの耳に届いた瞬間。
「……弾くのではなく、利用する……?」
セレスティアの動きが、ピタリと止まった。
彼女の脳内で、これまでの常識と、ツナグへの絶対的な信頼が激しくスパークする。
(私の『絶対魔力耐性』は、あらゆる魔力を弾き飛ばしてしまう。しかしツナグ様は、『利用しろ』と仰られた。……そうか! 刃に魔力耐性のオーラで敵の魔法を包む、 そうして敵の魔法を、自らの刃の中に『閉じ込める』……!)
理論は閃いた。
それはあまりにも無茶な暴論だ。
己の耐性オーラを二重に展開し、爆発しようとする敵の魔法を剣の上で押さえつけるなど、一歩間違えれば剣ごと自分の腕が吹き飛ぶ。
だが、セレスティアは、深く、静かに息を吐いた。
「……勇者アルク殿。感謝する。貴殿の猛攻のおかげで、私はツナグ様の御言葉の『真意』を悟ることができた」
「なに?」
アルクが眉をひそめ、さらに魔力を高めて剣を構える。
「行くぞ、『爆炎の斬撃』!!」
アルクの剣から、修練場を呑み込むほどの巨大な炎の斬撃が放たれた。
だが、セレスティアは避けない。
彼女は大剣を正眼に構え、その身に宿る『絶対魔力耐性』のオーラを刃に集中させた。
「耐性のオーラで……敵の魔法をこの剣に閉じ込めるッ!!」
セレスティアが大剣を炎の斬撃にぶつけた。
直後。
――ガギギギギギギギッ!!!
「くぅぅっ……!?」
凄まじい衝撃と熱量がセレスティアを襲う。
彼女の逞しい太ももが石畳を深く削りながら、後方へとズザザッと押し込まれた。
大剣が悲鳴を上げ、二重に展開しようとした耐性のオーラが、アルクの魔力の圧力で弾け飛びそうになる。
(重い……! 熱い……っ! これが勇者の力か! だが、ここで弾いてしまえば今までと同じだ! ツナグ様に『最強の矛』として認められるためならば、この程度の負荷、私の腕が千切れようともねじ伏せるッ!!)
セレスティアは血を吐くような気迫で大剣を握り込み、全神経を集中させて耐性オーラの『蓋』を強引に閉めにかかった。
「なっ……!?」
アルクが驚愕に目を見開いた。
彼女の放った巨大な炎の斬撃が、セレスティアの剣に弾かれるのではなく、耐性のオーラにサンドイッチされるようにして大剣の刀身に閉じ込められ、黒い炎の刃として纏い付いたのだ。
「ま、魔法を……奪っただと!?」
「あり得ん……! 魔力耐性のオーラを二重に展開し、敵の魔法を己の武器に閉じ込めるじゃと!? そんなデタラメな理論、ツナグは一瞬で見抜いたというのか!」
ヴァニアが持っていたキャンディを落として驚愕する。
(ええっ!? ホントに魔法纏っちゃったよこの人!? ラノベの世界かよ!)
俺が内心で盛大にツッコミを入れている間に、戦況は一変した。
アルクの放った「炎」を纏い、威力が倍増したセレスティアの大剣が、凄まじい速度でアルクへと迫る。
「くっ……! 君自身の魔力じゃないから、耐性体質でもエンチャントが維持できるというわけか……!」
アルクは咄嗟に剣を交差させて防御したが、自らの魔法の威力が上乗せされたセレスティアの重い一撃に、完全に押し込まれた。
「ツナグ様より授かりしこの力……貴様の敗北だ、勇者殿!!」
ガァァァァンッ!!
セレスティアの渾身の一撃が、アルクの剣を弾き飛ばした。
そして、炎を纏ったセレスティアの刃が、アルクの首筋でピタリと止まる。
「……参ったよ。私の魔法を利用して閉じ込めるなんて、思いもよらなかった」
アルクは潔く両手を上げ、敗北を認めた。
だが、彼女は息一つ乱しておらず、どこか余裕のある笑みを浮かべている。
それを見たセレスティアが、剣を下ろしながら静かに問うた。
「……勇者殿。貴殿、わざと私に合わせていたな? 自身の身体能力を強化する『バフ魔法』を、一度も使わなかったではないか」
「ははっ、バレていたか。君がバフを受け付けない体質なら、僕も使わないのが公平だと思ってね」
アルクは悪びれる様子もなく肩をすくめた。
真の力(勇者としてのフルバフ)を使えばアルクが勝っていただろう。
しかし、セレスティアの『魔法を閉じ込める』というユニークな戦法に感服し、負けを認めたのだ。
セレスティアは剣を収めると、静かにアルクに向かって頭を下げた。
「勇者殿。……ルミナ殿は、ツナグ様の御導きにより、今やSランク冒険者に匹敵する力を手に入れた。私はまだ、ツナグ様の隣に立つにふさわしい強さではない」
「セレスティア君……」
「どうかこれからも、私に修行をつけてはくれないだろうか。私も、ツナグ様にふさわしい強さを手に入れたいのだ」
嫉妬の炎は消え去り、そこにあるのは純粋な強さを求める騎士の瞳だった。
その真っ直ぐな想いを受け、アルクは嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、もちろんだとも。君の成長も、ツナグの規格外の指導も……非常に興味深いからね」
アルクはそう言って、チラリと俺の方を見て頬を染めた。
(だから俺は適当なラノベ知識を言っただけだってば! ていうかアルク、なんでそんなメス顔でこっち見てるの!? また別の勘違い始まってないか!?)
俺の心臓は、自爆の恐怖とは別の意味で、さらに激しくバクバクと鳴り続けるのだった。




