第21話 勇者の誘いと決勝戦
いよいよ、建国祭・魔導大会の決勝戦。
闘技場の熱気は、これまでの比ではないほどに膨れ上がっていた。
「やあ。隣、いいかな?」
特別観覧席で震える俺の隣に、ふらりと一人の剣士が腰を下ろした。
白銀の軽鎧を纏った、金髪碧眼の爽やかなイケメンだ。
「おぉっ……!」
「あれは……!」
彼が現れた瞬間、周囲の観客たちがとどよめき始めた。
「僕はSランク冒険者、『暁の剣』のリーダーをしているアルクだ。よろしく」
(Sランクパーティのリーダー!? てことは、この人がこの国の『勇者』!?)
アルクは人懐っこい笑顔で、俺に向かって右手を差し出してきた。
相手の目を直視できない俺は、視線をそらしながら恐る恐るその手を握り返した。
(……あれ? 剣士なのに、ずいぶん手が小さくて柔らかい……)
ドクンッ!!
『対象からの【好意と接触】を感知。宿主の心拍数、上昇開始――』
(えっ!?)
俺の頭が真っ白になった。
このバグスキルは、俺が『女性』と接触して極度のドキドキを感じた時にしか発動しないはずだ。
それなのに今、爽やかイケメンの勇者と握手をして、システムが反応している。
(う、嘘だろ……なんで男の勇者と握手してゲージが上がってんだよ!? 俺、童貞こじらせすぎて、ついにそっち(男)に目覚めちゃったの!?)
俺が己の性癖のバグを疑い、一人で絶望のどん底に叩き落とされていることなど、アルクは知る由もない。
「ツナグ、だったね。決勝に上がったルミナ君の師匠だと聞いた。素晴らしい指導力だ」
「…………」
「ん? どうしたんだ、そんなに青ざめて」
「……いや、気にするな」
(話しかけないで! 俺の中の何かが目覚めちゃうから!!)
俺がBLの恐怖で顔面を硬直させていると、闘技場に歓声が響き渡った。
いよいよ、ルミナと、アルクの仲間である賢者・エルリアの決勝戦が始まったのだ。
「行くわよ、お嬢さん。『灼熱の嵐』」
エルリアが銀縁メガネの奥の瞳を細めた瞬間。
放たれた炎と風の複合魔法が、凄まじい炎の竜巻となってルミナに襲いかかった。
「さらに『氷柱の槍』!」
エルリアは自身に浮遊魔法をかけて空中に舞い上がりながら、全方位から無数の氷の槍を雨あられと降らせていく。
ルミナは闘技場を駆け回りながら、仮想魔力回路を極限圧縮して次々と氷の槍を弾き飛ばしていく。
「Sランク賢者の絶え間ない連続攻撃……! ルミナ殿、なんという回避力だ!」
セレスティアが手に汗握るが、エルリアは空中からニヤリと笑った。
「私の本命はこっちよ。『泥濘の沼』」
「きゃあっ!?」
ルミナの移動先の石畳が、突如として底なしの泥沼へと変貌した。
足を取られ、動きが完全に封じられる。
そこに、先ほど放たれた巨大な炎の竜巻が背後から迫っていた。
「ツナグ様なら、こうします……っ! 『ウィンド』、極限圧縮!」
ルミナは背後に振り返ると、圧縮した風魔法を、迫り来る炎の竜巻とは『逆回転』の超高速でぶつけた。
凄まじい相殺エネルギーが発生し、竜巻が霧散する。
「やるわね。でも、足が止まったら終わりよ。『極光の閃』!」
エルリアが杖を突き出す。
放たれたのは、回避不能の超高出力の光のレーザーだった。
防御すら貫通するであろう極太の光線が、泥に囚われたルミナに迫る。
(ヤバい! 避けられない!!)
俺は「男への扉が開く恐怖」と「ルミナのピンチ」の板挟みになり、胃痛で白目を剥きそうになっていた。
だが、絶体絶命のピンチでも、ルミナの瞳は決して死んではいなかった。
「ツナグ様は教えてくださいました! 相反する属性の反発エネルギーは……自分自身にも使えると!」
(俺、そんなこと教えてないよ!?)
「『プチ・ファイア』! 『プチ・ウォーター』! 融合!!」
ルミナは敵ではなく、泥沼に沈む自身の足元へと杖を突き立てた。
ズドゴォォォォォォォォンッ!!!!!
光のレーザーが着弾する直前、足元で発生した超高圧の蒸気爆発がルミナ自身を呑み込む。
レーザーと水蒸気の分厚い煙が、闘技場を覆い尽くした。
「ふっ、これで終りね」
勝利を確信したエルリアだったが――ふと頭上に落ちた影に気づき、驚愕に目を見開いた。
土煙を突き抜け、はるか上空へと高く舞い上がっていたルミナが、太陽を背にして杖を振りかぶっていたのだ。
落下しながら、杖の先端にありったけの外気魔力を巻き込み、最大火力の融合魔法を展開する。
「いっけえええええっ!! 『超・爆流蒸破』!!」
「くっ……『絶対防壁』!!」
エルリアも咄嗟に最強の防御魔法を展開する。
天空から降り注ぐ極大の蒸気爆発と、Sランク賢者の絶対防壁が激しく激突した。
バリバリバリッ!
空間が悲鳴を上げ、闘技場全体が白い水蒸気と閃光に包み込まれる。
「……っ!」
爆風が収まった後。
ステージに立っていたのは、荒い息を吐きながら杖を構えるルミナただ一人だった。
エルリアは防壁ごと場外へと吹き飛ばされ、壁に打ち付けられた。
『しょ、勝者、ルミナ選手ゥゥゥゥッ!! 見事、建国祭・魔導大会の優勝です!!』
割れんばかりの大歓声が闘技場を揺らす。
エルリアは立ち上がると、負けを認めてルミナに微笑みかけた。
「……完敗よ。まさかスチームノヴァで上空に回避していたなんて、とても人間の発想じゃないわ。誰に教わったの?」
「観客席にいらっしゃる、私の偉大なる師匠、ツナグ様です!」
ルミナが誇らしげに観客席を指差す。
エルリアとアルクが、同時に俺の方を見た。
そこには――己の性癖(BL疑惑)に絶望し、顔面蒼白で冷や汗を流し、虚空を見つめて微動だにしない俺の姿があった。
(なんという底知れぬ威圧感と、感情の欠落……! 弟子の命がけの死闘を見ても微動だにせず、結果だけを冷酷に待っていたというのか!)
(あれが、あのデタラメな魔法理論を構築したバケモノ……!)
Sランクの勇者と賢者が、俺のただの絶望を「圧倒的な強者の余裕」と勘違いし、戦慄の汗を流している。
「すごいな、ツナグ。君の指導力は本物だ。……どうだろう、後で少し、僕と二人きりで時間をもらえないか?」
アルクが、熱を帯びた瞳で俺の手をギュッと握ってきた。
ふと、アルクは俺から漏れ出ている『アスモデウスの残滓』に当てられたのか、ハッとして少しだけ頬を赤く染める。
だが、己の性癖への恐怖でパニックになっている俺が、そんな事に気づけるはずもなかった。
(ヒィッ!? イケメン勇者に個室に誘われた!? やめて、俺の純潔が奪われるぅぅぅ!!)
「……まぁ! ギルドの記録係として、お二人の『密会』も詳細に記録させていただきますね♡」
(はぁ、はぁっ……男同士の禁断の遊戯……たまりませんっ♡)
(マリアのやつ、なんで鼻息荒くして高速でメモ取ってんだ!? 絶対またよからぬ妄想してるだろ!!)
その後、表彰式が行われ、優勝したルミナには国王から直々に、いかなる強大な魔力も抵抗なく通す伝説の素材『世界樹の枝』が授与された。
「ツナグ様……! やりました、これで私も、ようやく貴方様の『器』になるための第一歩を踏み出せました……っ!」
世界樹の枝を胸に抱き、涙ながらに微笑むルミナ。
だが、その背後で俺の様子を見ていたセレスティアの瞳の奥には、ギリリッ、と静かな嫉妬の炎が燃え上がっていた。
「……勇者アルク殿。なぜツナグ様は、あの男にあれほどまで心を乱しておられるのだ……?」
俺の「男への恐怖(動揺)」を「勇者への特別な執着」と勘違いしたセレスティア。
こうして、ルミナの大会優勝という最高の結末の裏で、俺の貞操の危機と、セレスティアの覚醒の火種が、静かに幕を開けたのだった。




