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第2話 美女密着で無限乗算!?

 ズズンッ……!


 地面を揺らして現れたのは、見上げるほど巨大な漆黒の猪だった。

 口からはみ出した巨大な牙には、べっとりと赤い血のようなものが付着している。


「嘘……『暴食の巨猪(グレートボア)』!? 街の討伐隊が数十人がかりでようやく足止めできる、Bランクの災害指定魔物が、なぜこんな浅い森に……っ!」


 ルミナの絶望に染まった声が響く。

 数十人がかりで足止めが限界?


(いやいやいや! あんなのダンプカーじゃん!)


 俺が『少しでも動いたら森ごと吹き飛ばしてしまう』という恐怖から、冷や汗を流しながら彫像のようにガチガチに固まっていると、ルミナがハッと我に返り、俺からパッと距離を取った。


「危険です! 下がっていてください、私が守ります!」


 ルミナが離れた、その瞬間。


『――対象との接触解除。および宿主の心拍数の低下(鎮静)を確認』

『スキル【情動の神威エモーショナル・オーバードライブ】による魔力生成を停止します。現在の肉体負荷ゲージ:80%……40%……0%』


 まず、異常に膨れ上がっていた魔力の数値が、滝のように急激に消費されていった。

 それに連動して、無理やり引き上げられていた物理ステータスも、一拍遅れて一気に急降下する。


【体力】600,000……30,000……1,000……10

【攻撃力】600,000……30,000……1,000……5

【防御力】600,000……30,000……1,000……5


(……えっ!? 戻った?)


 さっきまで体中に満ちていた「なんでもできそうな熱」が、ガス欠を起こしたようにスッと消え去り、元の貧弱な一般人の体に戻ってしまった。


 どうやら、あの謎の乗算バフは「ドキドキ(心拍数)」が維持されていないとすぐに切れてしまうらしい。

 なんだそのピーキーすぎる仕様は!

 これじゃあ冷めた瞬間、ただの村人じゃないか!


「グルルルルルッ……!!」


 グレートボアが前足を掻き、突進の構えをとる。

 ルミナは背中の巨大な『タンク』のバルブのようなものを捻り、両手を真っ直ぐに突き出した。


「お願い、届いて……っ! 『フレイム・ランス』!!」


 ルミナが悲痛な声で叫ぶ。

 彼女の胸元、腹、肩にある『青い宝石』が、出力を上げようとチカチカと激しく明滅し――直後、プツンと完全に光を失った。


 ポスッ……。


 ルミナの杖から出たのは、チャッカマン程度の小さな火花だけだった。


「……え?」


 絶望的な音が響く。

 見れば、ルミナが背負っている『タンク』のランプが、青色から危険を知らせる【赤色エンプティ】に変わっていた。


「あ……うそ、空っぽ……!?」


 カランッ、とルミナの指から杖が滑り落ちた。

 何度も何度もタンクを揺さぶり、バルブを捻るが青い光に戻らない。


「そ、そんなぁ……ど、どうしよう……!」


 大粒の涙が、ルミナの青い瞳からボロボロとこぼれ落ちる。


「ごめんなさい、私……魔液がないと、まともに魔法も撃てない欠陥品なんです……っ! だから、私を置いて逃げてくださいっ!」


 ルミナが悲痛な声で叫ぶ。

 しかし、俺は一歩も動かなかった。


(いや、足がガクガクで一歩も動けねえんだよ!! 逃げたくても逃げられない!!)


 俺が冷や汗を流しながら、彫像のように無言で立ち尽くしていると、ルミナがハッと息を呑んだ。


 迫り来る死の暴力を前にしても、決して背を向けず、無言で自分を庇うように立つその姿。


「ツナグ、様……? 私の欠陥を知っても、見捨てて逃げないでくださるのですか……っ?」


「ブモォオオオオオオオオオオッ!!」


 ルミナの震える声を切り裂くように、グレートボアが鼓膜を破るような咆哮を上げた。

 丸太のような太い脚が地面を蹴り上げ、巨体が俺たちに向かって真っ直ぐに突進してくる。


 地響き。

 迫り来る死の予感。

 逃げ場なんて、どこにもない。

 そもそも、腰を抜かして一歩も歩けない。


「……今まで、誰も私を庇ってなんてくれませんでした」


 ポツリと。

 俺の背中に隠れるように立ち尽くすルミナが、感極まったような、震える声で呟いた。


「お願いです、ツナグ様……ッ! 逃げてッ!」


 ルミナは悲痛な叫びを上げると、俺を突き飛ばして逃がそうと、その華奢な体で俺の腕にドンッと体当たりをしてきた。

 だが、恐怖で彫像みたいに固まっていた俺の体は、びくともしなかった。


 結果として――ルミナが全力で俺の腕にしがみつき、強く抱き抱えるような形になってしまった。


「えっ……?」


 豊かな胸の感触が、俺の腕にムギュッと力強く押し付けられる。


 ――その瞬間だった。


『対象との【極めて濃厚な接触】を確認』


 脳内に、再びあの無機質なシステム音声が鳴り響いた。


『宿主の心拍数の【異常な急上昇】を感知しました』

『スキル【情動の神威エモーショナル・オーバードライブ】――フルドライブを開始します』


 腕に押し付けられる、柔らかすぎる感触。

 いい匂い。

 死の恐怖と、密着の極限のドキドキが混ざり合い、俺の心臓エンジンはさっきとは比べ物にならないほどの爆音を鳴らし始めていた。


『――宿主の心拍数、危険域レッドゾーンに突入』

『スキル【情動の神威エモーショナル・オーバードライブ】の出力を最大化します』


 脳内に響くシステム音声が、どこか壊れたようなノイズで上手く聞き取れない。


『残◾️魔力を触媒◾️再乗算プロトコルを開◾️……』


 視界の隅で、ウィンドウの数値が高速回転し――途中の過程をすべてすっ飛ばして、一瞬でカンストの数値を叩き出した。


【魔力】 999,999 …… ERROR!


『上限エラー。致死量の余剰魔力を検知しました』

『基本スキル【身体強化】限界突破リミットブレイク。全魔力を燃料として強制燃焼させます』


 システム音声が完全にバグったようなノイズを響かせる。

 直後、体力・攻撃力・防御力の全物理ステータスが、一律で真っ赤な【ERROR】の文字に塗りつぶされた。

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