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第1話 最弱ステータスの村人 ★

挿絵(By みてみん)

「……離れろ。怪我するぞ」


 俺は極低音で、いかにもラノベ主人公っぽく警告した。


(頼む、これ以上近づかないでくれ! 俺が爆発するから!!)


 ……時は数分前に遡る。



 数時間前まで、俺は日本の大学生だった。

 トラックに轢かれかけ、気づけばこの森で目を覚ましていた。

 ちなみに大学に入れば一度くらい彼女ができると信じて早二年。

 女子とまともに会話した経験は、ほぼない。


 近くの小川で水を飲もうと顔を覗き込んだ時、俺は自分の顔の変化にギョッとした。

 黒かったはずの瞳が、深い『紫色』に変わり、さらに瞳孔には禍々しく光る『赤い十字』が焼きついている。


(えっ!? なにこの目! めちゃくちゃ邪悪な悪魔の目みたいで怖いんだけど!? これじゃただのヤバい奴じゃん!)


 俺が自分の顔にビビり散らかしていると――

 突如、空間を切り裂くようにして、目の前に赤黒いステータスウィンドウが浮かび上がった。

 まるで血文字を筆で殴り書きしたような、異常で禍々しいデザインだった。


【職業】村人(異世界転移者)

【魔力】1

【体力】10

【攻撃力】5

【防御力】5

【所持スキル】

 ・『身体強化』(全物理ステータス+1)


 神様による全属性魔法適性も、経験値一万倍のチートもない。

 たった「+1」の貧弱な身体強化スキルだけを持つ、ほんの少し健康なだけの一般人。

 それが、異世界における俺の残酷な立ち位置だった。



「ギィギャアアッ!」

「うわあああっ!?」


 突如、茂みから飛び出してきたゴブリンの姿に、俺は無様に腰を抜かした。


「ギャギィッ!」


 ヨダレを撒き散らしながら、ゴブリンが錆びたなたを振り下ろす。


 あ、終わった。

 俺の異世界ライフ、開始5分で終了――。


 ギュッ、と目を瞑り、死を覚悟したその瞬間。


『――ファイア・ボルト!!』


 凛とした少女の詠唱と共に、横殴りの炎がゴブリンを包み込んだ。


「キャベェッ!?」


 奇声を上げて吹き飛ぶゴブリン。

 そのまま黒焦げになり、ピクリとも動かなくなった。


「え……?」


(助かったのか?)


「大丈夫ですか!? お怪我はありませんか!?」


 呆然とする俺の前に、茂みをかき分けて一人の少女が駆け寄ってきた。

 ふんわりとした銀色のボブヘアーに、宝石のような青色の瞳。

 白と青を基調とした清楚なローブを纏っており、ファンタジー世界からそのまま抜け出してきたような絶世の美少女だった。


 そして彼女は、身の丈ほどもある大きな杖を持っている。

 その背中には、かすかに青い液体が揺れる、ガラスの重そうな『タンク』を背負っていた。

 よく見ると、タンクの横からは太めのチューブが一本だけ伸び、彼女のローブの背中部分に接続されている。


「あ、ああ。い、いや……おお、お、俺は」


(キョドりすぎだろ俺!)


「ん?」


 彼女は心配そうに小首をかしげ、俺の顔を覗き込んだ。


(か、かわいい!)


 だめだ。

 女子慣れしていない俺の脳みそが、一瞬で処理落ちした。

 大学時代に編み出した唯一の防衛策――ラノベの主人公になりきって乗り切るしかない。


「……あぁ、問題ない」


(女子と話し慣れてないせいで、声が上ずらないように意識したら、めちゃくちゃ低くてボソボソしたキザな声(極低音のウィスパーボイス)になってしまった!)


「よかったぁ……! ギリギリ間に合って……っ」


 少女はホッと胸を撫で下ろすと、地面にへたり込んでいる俺の前にしゃがみ込み、その白くて柔らかい両手で、俺の右手をギュッと握りしめてきた。


「っ!!!?」


「立てますか? ここはまだ、魔物の領域ですから」


 至近距離。

 顔と顔の距離が十数センチしかない。

 透き通るような青い瞳と、そのすぐ下にある小さな泣きぼくろが、嫌でも俺の視線を釘付けにする。

 少女から、石鹸と花を混ぜたような、とてつもなくいい匂いがする。

 女子とまともに手すら繋いだことのない非モテ歴=年齢の俺にとって、この状況は劇薬すぎた。


(や、やばい……っ! めっちゃ可愛い! 手、柔らかっ!)


 ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!!


 心臓が、早鐘のように激しく鳴り始める。

 顔が熱い。

 動悸が止まらない。

 その時だった。


『――条件クリア。隠しスキル【情動の神威エモーショナル・オーバードライブ】が起動しました』


「……は?」


『対象からの強い感情のベクトル、および物理的な接触を感知。宿主の心拍数増加に連動し、魔力の指数関数的・乗算を開始します』


『【魔力】1――乗算開始。×10……×150……×2,400……!』


 ステータスの数値が、スロットマシンのように凄まじい勢いで跳ね上がっていく。


『WARNING(警告)。 宿主の肉体許容量を大幅に超過する魔力を検知』


『自壊を防ぐため、基本スキル【身体強化】を強制起動。余剰魔力を物理ステータスに変換し、肉体の強度を底上げします』


【体力】10……110……3,010……

【攻撃力】5……105……3,005……

【防御力】5……105……3,005……


 ピピッ、と嫌な警告音と共に、物理ステータスの数値が赤く点滅し始めた。


(な、なんだこれ……!?)


 俺は全身の骨がミシミシと悲鳴を上げるのを感じた。

 力が湧き上がるというより、超高圧のマグマを無理やり流し込まれているような、とてつもない圧迫感。


『警告。肉体限界への進行度――40%……50%……』

『このまま魔力乗算が継続し、100%を超過した場合、宿主の肉体は【自壊プロセス(爆発)】へ移行します』


(は……!? じ、自壊!? 爆発するの俺!?)


(これ以上ドキドキし続けたら、耐えきれずに俺は死ぬってことか!?)


「あの……大丈夫ですか? 酷く顔が強張っていますけれど……」


 俺が顔面蒼白になっているのを見て、銀髪の少女が心配そうに、さらに顔を近づけてくる。


 近い。

 めっちゃいい匂い。


 ドクンッ!!


『心拍数のさらなる上昇を検知。乗算スピードが加速します。許容量――60%……70%……』


(ヤバいヤバいヤバいヤバい!!)


 このステータス上昇は、俺の「ドキドキ(心拍数)」に連動している。

 これ以上心臓がバクバクしたら――俺は爆発して、この子ごと森を吹き飛ばす!


(落ち着け! 落ち着け俺! 無になれ! 煩悩を捨てろ!)


「あ、あの……?」

「……っ!」


 『大丈夫です』と答えようとして、息を吸い込んだ瞬間、俺は背筋が凍った。


 身体強化がバグっているということは、俺の『肺活量』と『声帯』までが異常な強度になっているはずだ。

 今、焦って声を張れば、バグった身体強化のせいで何が起きるかわからない。

 少なくとも、この至近距離で彼女が無事で済む気はしなかった。


(走って逃げたら地面が割れる! 焦って大声を出せば、今のバグった肺活量と声帯じゃ衝撃波が出て人が死ぬ! ……よかった、さっきからコミュ障のせいで『極低音のボソボソ声』を作ってて! これを維持するしかない!)


 俺は顔面を硬直させたまま、声帯を震わせないよう息を殺し、極低音のウィスパーボイスで短い言葉だけを絞り出した


「……離れろ。怪我するぞ」


(くぅぅ、痛い! でもこうやってキャラ作らないとまともに女子と話せないんだよなぁ)


 内心で頭を抱える俺だったが、少女の反応は予想外のものだった。

 俺が必死に漏れ出ないように抑えている魔力のプレッシャー(ただ緊張しているだけ)で、足元の小石が重力を失ってフワフワと浮き始める。

 それを見た彼女は、ハッと息を呑み、俺の手から離れると、そのまま彼女は片膝をついた。


「も、申し訳ありません……っ! 私のような未熟者が、お伽話に聞く『異世界からの転移者』様に気安く触れるなど……!」


(えっ? いや、俺、ステータスただの村人なんだけど……)


 彼女は上目遣いで、頬を赤らめながら畏敬の眼差しを向けてくる。

 そして、胸の前でそっと両手を組み、透き通るような声で問いかけてきた。


「私はルミナと申します。……あの、もしよろしければ、貴方様のお名前をお教えいただけないでしょうか?」


(名前!? 普通に『ツナグです、よろしく』って言いたいけど、声帯バグってるから極力短くしないと!)


 俺は息を殺し、腹の底から極低音のウィスパーボイスで単語を絞り出した。


「……ツナグだ」


(俺の名前、ツナグなのに、女の子と手も繋げないまま自壊爆弾になってるんだけど……。)


 そんな俺の非モテの悲哀など知る由もなく、ルミナはうっとりとしたため息を漏らした。


「ツナグ様……。その見慣れぬ御召し物と、息をするだけで空間が歪むほどの溢れ出る魔力……まさしく神話に謳われる転移者の御方……!」


(えええ!? ま、魔力が漏れてるのか!?)


 俺がその可憐な姿と壮大な勘違いに動揺し、また心拍数が上がりそうになった――その時だった。


 ズシンッ……。ズシンッ……!!


 突如、森全体を揺るがすような重低音が響き渡った。


「嘘……この足音、まさか……っ!」


 ルミナの顔が一瞬にして絶望の蒼白に染まった。

 なぎ倒された大木の奥から姿を現したのは、先ほどのゴブリンとは比べ物にならない――まるでダンプカーのように巨大な、漆黒の猪のバケモノだった。

 赤く光る目が、明確な殺意を持って俺たちを睨みつけている。


(ヤバい、デカい猪が出た! 怖い!! ……いや、違う!)


 俺の視界の隅では、異常なステータスがすでに【数十万の桁】を突破し、猛烈な勢いで跳ね上がり続けていた。

 今の俺が本当に恐れるべきは、あの猪の強さじゃない。


(もし今、俺があいつを殴ろうとして少しでも動いたら――その余波でこの森ごと、世界が消し飛ぶぞ……っ!?)


 絶体絶命のピンチ。

本作をお読みいただきありがとうございます!

作者自筆のキービジュアル(キャラクターデザイン)になります。


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