第18話 欠陥魔法使いはAランクを瞬殺する
王都エルディス、建国祭・魔導大会。
すり鉢状の巨大な闘技場には、国中から集まった大勢の観客が詰めかけ、熱気に包み込まれていた。
特別観覧席。
俺はヴァニア、セレスティア、そしてギルドの記録係としてなぜか同行しているマリアと共に、闘技場のステージを見下ろしていた。
(うわぁ……人が多すぎる。熱気が凄くて、何もしなくても心拍数が上がりそうだ)
新薬の治験(滝行)の副作用は抜けたものの、俺の体には未だに危険な量の『残熱』が燻っている。
自爆の恐怖と緊張で、俺の背中は冷や汗でびっしょりだった。
「……あら。あちらの貴賓席にいらっしゃるのは、四大魔導名家『アルジェント家』の当主夫妻ではありませんか」
マリアがふと視線を向けた先。
豪奢な装飾が施された特等席で、いかにも傲慢そうな貴族の夫婦と、真紅のローブを纏った高飛車な少女がふんぞり返って座っていた。
「ああ、今年の優勝候補と名高い次女の『エリス』も一緒だな。天才と持て囃されているらしいが……」
セレスティアが不快そうに眉をひそめる。
その名前を聞いた瞬間、選手控室の入り口に立っていたルミナの肩がビクッと跳ね、顔面からスッと血の気が引いた。
彼女は震える手で、自身の杖をギュッと握りしめている。
(うわ、なんかめちゃくちゃ偉そうで性格悪そうな貴族だな……。絶対に関わらないようにしよう)
俺はルミナの過去など知る由もなく、ただ「面倒な権力者には近づかないでおこう」と心の中で距離を置いた。
「さぁ、いよいよ一回戦じゃな。ルミナの奴、妙に顔がこわばっておるが……緊張しておらんかのお」
ヴァニアがキャンディを舐めながら身を乗り出す。
闘技場のステージには、新しい『白木の杖』を構え、魔液タンクを背負ったルミナが立っていた。
そして対峙するのは――。
「あれ、あいつ……修練場でルミナちゃんを突き飛ばした奴じゃないか?」
「ええ。Aランクパーティに所属する魔法使いですね。クジ運が悪いというか、なんというか……」
セレスティアが不快そうに眉をひそめた。
対戦相手の男は、ルミナの魔液タンクを見るなり下品な嘲笑を浮かべた。
「ハッ! 欠陥品のポンコツが大会に出てきたと思えば、またそのガラクタを背負ってんのか? ギルドじゃ不意打ちでやられたが、公式戦のタイマンならあんな奇襲は通じねえぞ!」
男は憎々しげに吐き捨てた後、チラリと観客席の俺の方を見て、ビクッと肩を震わせた。
先日のギルド修練場で、俺の「あっ! (咄嗟の声)」によるソニックブームで死にかけたトラウマが蘇ったのだろう。
「ケッ……! あんなバケモノの威を借りていい気になりやがって。師匠が見てる前で、無様な黒焦げにしてやるよ!」
審判の開始の合図が響き渡る。
「死なない程度に消し飛べ! 上級魔法『フレア・ジャベリン』!」
男が杖を振り下ろすと、修練場の時と同じ、巨岩をも熔かす灼熱の炎槍がルミナに向かって一直線に放たれた。
凄まじい熱波が闘技場を舐め、ルミナの華奢な体を炎が完全に呑み込んだ。
ズドォォォォンッ!!
(ルミナちゃん!!)
俺は思わず立ち上がり、手すりを強く握りしめた。
いくら特訓したとはいえ、あんな炎をまともに食らったら無事なはずがない。
だが、もうもうと立ち上る黒煙が晴れた後――そこには、衣服の端すら焦げていない、無傷のルミナが静かに立っていた。
「なっ……!? 馬鹿な、俺の上級魔法の直撃を食らって無傷だと!?」
男が目を剥いて驚愕する。
それは俺も同じだった。
「す、すごい……! あれが、魔力を纏う『仮想魔力回路』の防御力なのか!?」
俺が驚いて振り返ると、ヴァニアがニヤリと笑って首を振った。
「違うぞ、ツナグ。あやつ、魔力を常時纏っておったわけではない。直撃の瞬間、着弾点である『右腕』の一点のみに、気化した魔力を極限圧縮して防いだんじゃ。あれなら魔液の消費はごく僅かで済む。燃費を抑えるための、神業のような魔力操作じゃ!」
(い、一点集中防御!? あんな一瞬でそんなことやってのけたのか!?)
俺がルミナの成長スピードに戦慄していると、ステージ上のルミナは、観客席にいる俺に向かって、花が咲くような可憐な微笑みを向けた。
「ツナグ様との『地獄の滝行(修行)』に比べれば……こんな炎、春の木漏れ日と同じです!」
(いや、俺は新薬の副作用で死にかけて、必死に滝で冷やしてただけなんだけど!?)
俺の悲痛なツッコミは届かず、ルミナの言葉を聞いたセレスティアが「やはりツナグ様の指導は、地獄すら生温いと感じさせるほど過酷なものだったのですね……!」と勝手に感銘を受けている。
「ふ、ふざけやがって……! たまたま防いだくらいで調子に乗るな! くらえっ、くらええええっ!!」
男が激昂し、杖から次々と炎の魔法を放ち始めた。
矢継ぎ早に飛来する灼熱の弾幕。
だが、ルミナは一歩も引かなかった。
「はぁぁっ……!」
ルミナは飛んでくる炎の軌道を見極め、着弾の瞬間に合わせて、気化した魔力を右腕、左肩、そして杖の先端へと目まぐるしい速度で移動させていく。
次々と炎の弾丸が直撃するが、極限圧縮された『仮想回路の一点防御』が、それらをすべて弾き散らしていく。
「すごい……! あの弾幕の雨を、的確な魔力操作だけで完全に捌き切っている……!」
セレスティアが息を呑んで感嘆の声を上げる。
確かにルミナの防御は完璧だった。
だが、いくら燃費を抑えているとはいえ、コンマ一秒の判断を連続して強いられる防御は、彼女の精神と体力を確実に削っていく。
少しでも操作が遅れれば、その瞬間に体が消し飛ぶ綱渡りだ。
「ちょこまかと小賢しいんだよ! なら、避ける暇もないほどの最大火力で――!」
男がさらに魔力を高め、先ほどよりも巨大な炎の連射を放とうと杖を振り上げた。
(ヤバい! いくら防げるって言っても限界がある! あんなのまともに受け続けたら、いつかルミナちゃんが……!)
極度の心配と緊張から、俺は冷や汗をダラダラと流し、たまらず手すりから身を乗り出してステージを凝視した。
ドクンッ! と心臓が大きく跳ねる。
その瞬間だった。
俺の極度の緊張(心拍数の上昇)によって、俺の体から自爆寸前の魔力(圧倒的な威圧感)がドバッと漏れ出し、闘技場全体を重圧として覆い尽くしたのだ。
「ヒッ……!?」
今まさに最大火力の連射を放とうとしていた男が、空気が凍りついたような異様な殺気を感じて観客席を見上げた。
そこには、冷や汗を流して顔面を青ざめさせ、血走った目で自分を睨みつけている(※ただ心配しているだけ)俺の姿があった。
(あ、あのバケモノ……! 俺が少しでもポンコツを傷つければ、確実に俺を殺す気だ……ッ!!)
圧倒的な強者からの無言のプレッシャー(勘違い)を受けた男は、恐怖で完全にパニックに陥った。
ガタガタと腕が震え、口の中がカラカラに乾く。
「ひぃぃっ! こ、こっちを見るなァッ!! 『フレア・ジャ、ジャジャジャ……ッ!?』」
極度の恐怖による詠唱の乱れ。
男の杖の先で魔法が暴発し、黒い煙を上げて霧散した。
完全に隙だらけになった男を前に、ルミナは静かに杖を構えた。
「いきます。……『プチ・ファイア』」
ルミナの杖の先端に、ポッ、と小さな種火が灯った。
それを見た男が、恐怖を引き攣った笑いで誤魔化そうとする。
「ハッ……ハハ! な、なんだその最下級魔法は! そんなショボい火遊びで、俺の防御壁を抜けるわけが――」
「――そして、『プチ・ウォーター』」
ルミナが静かに言葉を継いだ瞬間。
種火のすぐ隣に、今度は小さな水滴がフワリと浮かび上がった。
「なっ……!? に、二重詠唱だと!? しかも、相反する属性を同時に……!?」
男の顔から嘲笑が消え失せ、滝のような冷や汗が吹き出した。
魔法使いであれば、相反する属性を至近距離で展開することの「異常さ(と危険性)」に直感で気づく。
「ま、待て! やめろ! そんなことをすればお前も無事じゃ――」
「――融合。『小・爆流蒸破』」
シュゴォォォォォッ!!
男の制止を遮るようにルミナが告げた瞬間、火と水が爆発的に反発し合い、超高圧の蒸気の衝撃波へと変貌した。
「は……?」
ズドゴォォォォォォォォンッ!!!!!
男が間抜けな声を上げた直後、不可視の衝撃波が彼の防御壁を紙切れのように粉砕し、その体を闘技場の壁まで一直線に吹き飛ばした。
ドサッ、と壁に激突した男は白目を剥き、そのままピクリとも動かなくなった。
『しょ、勝者! ルミナ選手!!』
審判の呆然とした声が響くと同時に、闘技場は割れんばかりの大歓声に包まれた。
「やった……! ルミナ殿、見事な一撃だ!」
「素晴らしいわ! ツナグ様の指導の賜物ね!」
セレスティアとマリアが歓声を上げる。
俺は「ほっ……」と深く安堵の息を吐き、ようやく手すりから体を離して椅子に座り込んだ。
(よかったぁ……。あいつが勝手に自滅してくれたおかげで、ルミナちゃんが無事で済んだよ)
俺が胸を撫で下ろしていると、隣でヴァニアが呆れたような、畏敬の念を込めたような目で俺を見ていた。
「……まったく、えげつない男じゃ。弟子がピンチになるや否や、観客席から圧倒的な殺気を放って敵をパニックに陥れ、自滅を誘うとはな。お主が睨んだ瞬間、あの男は完全に心が折れておったぞ」
(えっ!? 殺気!? 俺、心配で見てただけなんだけど!?)
「しかも、あえて手は下さず『威圧』だけで敵の隙を作り、トドメは弟子に譲る。甘い甘すぎじゃ」
「ツナグ様の深く静かな愛情……! 私、感動で胸がいっぱいですぅぅっ!」
(ああっ、私もその視線でパニックになるまで睨みつけられたいですぅぅっ!)
セレスティアが深く頷き、マリアは一人で太ももを擦り合わせて身悶えしている。
俺のただの心配(動悸)が、またしても「弟子を想うあまりの精神攻撃」として神格化されてしまった。
ステージの上では、大歓声を浴びるルミナが、満面の笑みで俺に向かって手を振っている。
俺は引き攣りそうになる頬を必死に抑え込み、ゆっくりと頷きを返すのだった。




