第17話 滝行の副作用と魔法融合
大会まで残り一週間と迫ったある日。
ルミナはギルドの修練場で、肩で荒い息を吐きながら膝をついていた。
「はぁっ、はぁっ……だめ、また魔液が空に……っ」
「焦るなルミナ殿。仮想魔力回路の構築は完璧に安定してきている」
「でも……っ! 火力を出そうとすれば一発でガス欠になり、魔液を絞れば実戦では使えない威力になってしまいます! 消費を抑えて高出力を出すなんて、そんな矛盾した荒技……どうすればいいのか……っ」
これまでの特訓で、ルミナは血の滲むような努力を重ねてきた。
しかし、『圧倒的な燃費の悪さ』という巨大な壁の前で、完全に伸び悩んでいた。
(私がこんな所で立ち止まっていては、ツナグ様のお隣に立つ「器」になんてなれないのに……っ!)
ルミナが悔し涙を滲ませた、その時だった。
「――フシューッ……! ふんぬぅぅ……っ!!」
修練場の奥。
轟々と音を立てる冷たい滝の下で、ツナグが一人、凄まじい気迫で滝行を行っていた。
「あっ……ツナグ様……」
「今日も日課の『精神修行』をしておられるのだな」
(あ、熱い熱い熱い! 死ぬ!!)
ルミナとセレスティアが畏敬の眼差しを向ける中、俺の体から漏れ出す魔力は、コートで中和しきれずに『赤色』のオーラとなって滝の水を一瞬で蒸発させ、ジュワァァァッ! と尋常ではない量の水蒸気を発生させていた。
「なっ……! なんという凄まじい魔力だ……!」
「いつもの滝行とは明らかに違います! まるで全身から熱のマグマが噴き出しているような……!」
二人が見惚れているとは露知らず、俺は滝の中で必死に命の危機と戦っていた。
俺が毎日滝に打たれていたのは、ただ『女の子への煩悩』を消し去るためだったのだが――今日は最悪のイレギュラーが重なっていた。
数時間前。
住み込みバイト(モルモット)の一環として、ヴァニアから『基礎代謝と心拍数の変動幅を一時的に引き上げる試験薬』の低用量治験を頼まれたのだ。
本人同意の上で飲んだまではよかったのだが、俺の夢魔寄りの波長と妙に噛み合ってしまったらしく、交感神経が異常なまでに過敏化し、心臓が爆音を鳴らして自壊ゲージが跳ね上がる『超・高熱体質』状態になってしまっていた。
手の甲の『浪費の刻印』は、かつてないほど真っ赤に発光し、警告のアラームを鳴らし続けている。
(アラーム鳴りっぱなしだし、オーラまで真っ赤じゃん! 物理的に冷やさないとマジで爆発する!!)
俺が必死に冷や汗ならぬ「熱汗」を流していると。
ドクンッ!! ドクンッ!!
『対象の【視認と好意】を感知。宿主の心拍数、急上昇。肉体負荷ゲージ:40%……60%……』
(ヤバい! 薬のせいでルミナちゃんたちに見られただけでゲージが爆上がりする! 滝行に集中!)
俺は滝の冷水に必死にしがみついた。
だが、限界突破寸前の俺の『熱』に触れた滝の水は、ジュワァァァッ! と一瞬で蒸発し、周囲でバチバチと小さな『水蒸気爆発』を連鎖的に引き起こしていた。
さらに、蒸発した水に含まれる魔力が『魔力吸収の外套』に吸い上げられ、混ざり合うことで、俺の体を包む赤いオーラはより巨大に、より濃密に膨れ上がっていく。
「……凄い。ツナグ様はご自身の強大な『炎』の魔力を、真っ向から『水』の滝にぶつけて、意図的に相反する属性を衝突させておられる!」
「見ろ、ルミナ殿! ツナグ様の周囲で、水と熱が反発し合い、絶え間なく小規模な爆発を起こしている……! あの爆発のエネルギーごと、外套を通じて己のオーラへ変換し、巨大化させているのだ!」
(違う! 熱すぎて水が勝手に爆発してるだけだ! 俺は必死に滝で冷やしてるだけだから!)
だが、俺の周囲で弾ける『小さな水蒸気爆発』の連鎖を見たルミナの青い瞳に、これまでの苦悩をすべて線で繋ぐ『革命的閃き』が宿った。
「……相反する属性の反発が生み出す、急激な体積膨張(水蒸気爆発)エネルギー。理論上は知っていましたが、まさか、それを一人で……!」
ルミナの顔がパッと輝く。
「わかりました、ツナグ様! 『炎』と『水』の力そのものではなく、二つがぶつかり合った時に生まれる『膨張する圧力』を魔法の威力として撃ち出せばいいのですね!」
ルミナは修練用の的の前に立つと、新調したばかりの『白木の杖』を構え、背負った魔液タンクのバルブを、ごく僅かに絞って開いた。
そして、気化した微量の魔力に、周囲の空気を巻き込むように杖を振るう。
「私の魔液は『種火』と『水滴』を作る最小限の量だけ使い、爆発の圧力は『外気』を巻き込んでカサ増しする……! これなら、燃費の悪さを完全に克服できる!」
「『プチ・ファイア』……『プチ・ウォーター』……融合!!」
ルミナは白木の杖の先端で、【火】と【水】の『最下級魔法』を同時に展開しようと試みた。
だが――。
パスッ……。ボフゥッ!
炎と水は混ざり合う前に途切れ、あるいは小さく暴発して黒い煙を上げた。
ルミナは咳き込み、顔を煤で汚す。
「無茶じゃルミナ! 相反する属性の二重詠唱から融合へ持ち込むなど、本来は複数術者で位相を合わせて行う高等手技じゃぞ! それを一人で、しかも仮想回路上で並列処理しようなど、制御を一つ誤れば暴発して終わりじゃ!」
見学に来ていたヴァニアが血相を変えて止める。
だが、ルミナの瞳から光は消えていなかった。
「……いいえ! ツナグ様が体を張って示してくださったんです。私にできないはずがありません!」
ルミナは再び杖を構え、二重詠唱に挑む。
しかし、コントロールは極めて困難だった。水が多ければ炎が消え、炎が強ければ水が蒸発してしまう。
二度、三度、十度。
途切れ、暴発し、何度も失敗を繰り返すルミナ。
彼女の息は上がり、手は火傷で赤く腫れていた。
(うわあああっ! 俺が滝行なんてしてたせいで、ルミナちゃんがボロボロに! 止めなきゃ!)
俺が滝から飛び出そうとした、まさにその時だった。
「ツナグ様のため……ツナグ様の、お隣に立つためにッ!!」
血の滲むような執念と狂信的な集中力が、ついに奇跡を起こす。
シュゴォォォォォッ!!
杖の先端で、極小の種火と水滴が完璧な均衡を保ちながら絡み合い、爆発的な反発エネルギーを生み出した。
「いっけえええっ! 『小・爆流蒸破』!!」
――ズドォォォォンッ!!
放たれたのは、最下級魔法同士の融合とは思えない、鋭く圧縮された蒸気の衝撃波。
それは一直線に飛び、修練場の硬度なミスリル岩に深々とヒビを刻み込んだ。
「ば、馬鹿な……! 本当に一人で融合させおった……! しかも、最下級魔法同士でこの破壊力じゃと!?」
ヴァニアが持っていたキャンディを取り落とし、顎が外れんばかりに驚愕する。
「やりました……! しかもこれなら、新しい杖も壊れません!」
「素晴らしいぞルミナ殿! 魔液の消費と杖の負荷を極限まで抑えつつ、これほどの威力を出せるとは!」
「はいっ! すべてはツナグ様が、私を導くためにご自身の体を張って『魔術の理』を示してくださったおかげです!」
セレスティアと手を取り合って喜んだルミナは、満面の笑みで、滝に打たれる俺に向かって深く一礼した。
(いや、俺はただ新薬のせいで超ドギマギしてて、必死に滝で冷やしてるだけなんだけど!? ていうか一人で融合魔法完成させるとか、ルミナちゃん本当は天才か!?)
心臓のバクバクと薬の熱で死にかけている俺の悲痛な心の声は、轟々と流れる滝の音にかき消されていく。
事の元凶であるヴァニアは、ウンウンと頷きながら腕を組んでいた。
「なるほど。試験薬は心拍数そのものを上げるのではなく、波長変動を増幅して残熱の挙動を可視化しておるのか。……よしツナグ! 用量を慎重に調整しつつ、明日から大会当日まで継続計測じゃ。滝行込みでデータを取るぞい!」
(うわあああっ! この地獄の滝行、大会まで毎日続くの!? マジで鬼研究者かこの人!!)
俺は滝に打たれながら、絶望で白目を剥きそうになった。
だが、そんな俺の硬直した姿を、ルミナは『さらなる高みを目指す師匠のストイックな姿』だと受け取っていた。
「ツナグ様……私のために、ご自身をそこまで酷使してくださるなんて……っ!」
感涙を流すルミナの熱い視線(と魅了のフェロモン)を浴びて、俺の自壊ゲージはさらに危険域へと近づいていく。
「……見ていてください、ツナグ様。大会は必ず、優勝して見せます!」
ルミナのその決意の言葉に、俺はただ無言で(顔面を引き攣らせながら)頷くことしかできなかった。
こうして、ヴァニアの試験薬と計測つき特訓が引き起こした俺の『自爆の危機(滝行)』は、結果としてルミナに「魔力のカサ増し」と「一人での二重融合魔法」という最強の武器をもたらした。
燃費問題と杖の負荷問題を同時にクリアした欠陥魔法使いは、かつてない自信と、師匠への狂信的な愛を胸に秘め――。
いよいよ、波乱に満ちた『建国祭・魔導大会』の当日を迎えることとなる。




