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第15話 怒りの勘違いと魔導大会

 王都ギルドの修練場。

 俺の適当な(というか事故の)一言で吹き飛んだ男たちを見て、ルミナは「私のために本気で怒ってくださったのですね!」と涙ながらに勘違いを加速させていた。


「大丈夫か!? ルミナ殿!」


 そこに、近衛の仕事を終えたセレスティアも慌てて駆けつけてきた。

 彼女は逃げ去った男たちの背中と、抉れた修練場の壁を一瞥して、静かに息を呑む。


「ツナグ様のあの恐ろしいまでの覇気……。ルミナ殿、あなたはあの方にそこまで深く想われているのですね」


 彼女の目にも、俺が『仲間のために激怒し、圧倒的な一言で敵を制圧した熱き英雄』として映っているらしい。


 ルミナはセレスティアに抱き起こされながら、服の土を払った。

 セレスティアは、床に落ちているルミナの『ヒビ割れた杖』を拾い上げ、優しく見つめる。

 さらに、無理な特訓でひどく熱を持ったルミナの手を握り、心配そうに眉をひそめた。


「ルミナ殿、その杖は……いえ、あなたのお体そのものが、魔力の過剰な通過に耐えきれなかったのですね」


「はい……。ヴァニア様からいただいたヒントで、魔力を通す特訓をしていたのですが……普通の杖ではすぐに割れてしまいますし、私自身の回路も、激しい摩擦熱に耐えきれませんでした」


 ルミナが悔しげに俯くと、セレスティアは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。


「実は先ほど、王城から通達がありました。まずはその『杖』の問題を、解決できるかもしれません。」

「通達……?」


 セレスティアは優しく微笑み、言葉を続ける。


「来月、この王都エルディスにて、国を挙げた『建国祭・魔導大会』が開催されます。ルミナ殿もご存知ですね?」


 エルディス建国祭。

 それは、初代国王である星詠みの魔導士が、世界樹の加護を受けてこの国を平定した偉業を称える、一年で最も格式高い祭典だ。


「……ええ。もちろん知っています。その大会の優勝者に、毎年必ず下賜される王家秘蔵の品……どんな強大な魔力も抵抗なく通し、壊れることのない伝説の素材、『世界樹の枝』のことも」


「それを狙うのです。あのような下劣な輩を見返すためにも、ルミナ殿が大会に出場し、優勝するのです」


 セレスティアの言葉に、ルミナはハッとして、すぐに俯いてしまった。


「でも……私なんかが、優勝できるわけがありません。これまでは予選すら突破できず、いつも周りに笑われて……。世界樹の枝なんて、私には夢のまた夢です……っ」


 弱音を吐くルミナ。

 だが、セレスティアは彼女の肩を強く抱き寄せた。


「それは『かつてのあなた』の話です。今は違います。あなたには、あのツナグ様がついておられる。……ツナグ様に導かれたあなたの本当の力を、公の場で証明してやりましょう」


 その言葉に、ルミナは顔を上げた。

 視線の先には、俺が立っている。


(私一人では無理でも……あのお方のお役に立つためならば!)


「……わかりました。私、あの魔導大会に出場します!」


 ルミナはギュッと拳を握りしめ、かつてないほどの強固な意志(と狂信)を瞳に宿した。

 だが、その瞳の奥には『杖の問題が解決しても、自分の体が耐えきれるかは分からない。

 だが、ツナグ様のためならこの身がどうなろうと構わない』という、悲壮なまでの自己犠牲の覚悟が隠されている。


 俺は必死にパニックを抑え込み、いつもの『クール系主人公』の仮面を被り、極低音のウィスパーボイスでボソッと呟く。


「……あぁ。期待しているぞ」


 俺が適当にキザな台詞で誤魔化したことが、彼女の『自己犠牲の特攻精神』に大量の油を注ぐ結果になったことなど、この時の俺は知る由もなかった。



***



 ルミナの決意も固まったことで、俺たちはその足で、すぐさま冒険者ギルドの受付へと向かった。

 『建国祭・魔導大会』は国を挙げた行事であるため、ギルドでもエントリーの受付を行っているのだ。


「あらツナグ様! ルミナちゃんにセレスティア様も。本日はどのようなご用件でしょうか♡」


 受付カウンターでは、マリアが今日も完璧な営業スマイル(裏ではドMの変態)で俺たちを出迎えた。


「実は、ルミナ殿が来月の魔導大会にエントリーすることになった。手続きを頼めるだろうか」

「まぁ! ルミナちゃん、出場されるのですね。かしこまりました!」


 セレスティアの言葉に、マリアは手際よくエントリーシートを用意する。

 だが、彼女はペンを持ったまま、チラリと熱っぽい視線を俺に向けてきた。


「……あの、ツナグ様は出場されないのですか? ツナグ様が出場されれば、間違いなく無双して優勝できると思いますけれど……♡」


(で、出るわけないだろ!!)


 俺は内心で激しく首を横に振った。

 俺の異常なステータスは、女の子にドキドキした時にしか発動しない『バグスキル』の産物。

 つまり、俺一人で闘技場のステージに立って男の魔法使いと対峙した瞬間、俺はただの『最弱の村人』として、開始一秒で魔法の的にされて消し炭になるのが確定しているのだ!


(冗談じゃない! そんな公開処刑、絶対に御免だ!)


 悲痛な本音を必死に呑み込み、俺はクールに目を伏せてボソッと答えた。


「……俺は出ない。見守らせてもらう」


(よし、これで俺は完全に観客ポジションだ!)


「ツナグ様……っ!」


 隣でルミナが、またしてもポロポロと感涙をこぼし始めたのだ。


「ツナグ様は、あえてご自身は表舞台に立たず、この大会を私への『試練』として与えてくださったのですね……。私がどこまでご期待に応えられるか、その目で見届けるために……っ!」


「なるほど、そういうことでしたか。圧倒的な力を持つ御仁が、あえて手を下さず、弟子を厳しい舞台に立たせて成長を促す……。真の導き手とは、ツナグ様のようなお方を言うのでしょう」


 セレスティアが深く頷き、ルミナの背中をポンッと叩く。


 俺はそっと目を伏せ、遠くの壁のシミを見つめた。

 もう何を言っても無駄だ。

 俺が死にたくなくて観客席に逃げたという真実は、この熱狂的な信者たちの前では塵ほどの意味も持たないらしい。


 そしてカウンターの奥では、マリアが両手で頬を押さえ、身悶みもだえするように体をくねらせていた。

 その瞳は、完全に理性を飛ばしたようにグルグルと『渦』を巻いている。


(あああっ……! あえて自分は動かず、か弱い教え子を血みどろの闘技場に放り込んで、高みから冷酷な瞳で見下ろす……! なんてドSでサディスティックな指導者……っ! ゾクゾクしますぅぅ……っ!)


 マリアのガンギマリな視線を浴びて、俺の背筋にゾクッと悪寒が走る。


「では、ルミナちゃんのエントリーと、ツナグ様の『専属セコンド(師匠)』としての特別観覧席をご用意しておきますね♡ 大会までの約一ヶ月間、しっかりルミナちゃんを『しごいて』あげてくださいね……♡」


(師匠!? しごく!? 俺、そんなつもりはないんだけど!?)


「はいっ! ツナグ様、明日からの特訓、よろしくお願いいたします!」


 ルミナが満面の笑みで、俺の両手をギュッと握りしめてきた。


 ドクンッ!!

『対象からの【極めて強い敬愛と接触】を感知。肉体負荷ゲージ:5%……15%……』


(うわあああ! 魔力コート着ててもジワジワ上がる!!)


 こうして俺は、観客ポジションに逃げるつもりが、いつの間にか『冷酷でスパルタな魔法の師匠』というこれまた面倒な立場に祭り上げられてしまった。


 魔法の『ま』の字も知らない非モテの村人と、欠陥体質の魔法使い。

 果たして俺たちは、無事に大会で優勝し、俺の平和なスローライフを守ることができるのか。

 波乱に満ちた一ヶ月の特訓が、今、幕を開けようとしていた――。

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