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第13話 ヒロインたちの重すぎる純愛

 ヴァニアの館で外套コートを受け取り、二人が戻ったその夜。

 宿屋の食堂で食事を終えた後、ルミナとセレスティアは、二人きりで中庭のベンチに腰掛けていた。

 二人の表情は、どこか沈み込んでいる。


「……セレスティア様。ツナグ様、今日あの外套を羽織られた時……」


 ルミナがぽつりと口を開く。


「とても安堵したような、少しだけ嬉しそうな顔をされていましたね」

「ああ」


 セレスティアは夜空の月を見上げ、静かに頷いた。


「普段は一切の感情を表に出さないあのお方が、ほんの僅かとはいえ表情を緩められた。……それほどまでに、我々と距離を置くことが『苦痛』だったのだろう」


 セレスティアは悔しげに、膝の上の拳を強く握りしめた。


「ツナグ様は、ご自身の命よりも我々の尊厳を重んじておられる」

「はい……」

「だからこそ、『魔力譲渡キス』による解決を拒絶されたのだ。我々に近づいて『魅了』で理性を奪うことがないようにな」

「……」

「あのお方は、我々を守るために、孤独に自爆の恐怖と戦っておられたのだ」


 その言葉に、ルミナの目からポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。


「……はい。それに今日、ヴァニア様と『過酷な精神修行』についてお話しされていました。あの外套があれば当分は安全なはずなのに……ツナグ様は、ご自身の中の大悪魔を完全に抑え込むために、さらに身を削ろうとしておられるのです」


 ルミナは胸元を両手でギュッと押さえた。

 彼女の脳裏に、これまでの辛い記憶がフラッシュバックする。


「私……実は、四大魔導名家の一つ『アルジェント家』の長女ルナリア・アルジェントとして生まれたのです」

「なっ……!? アルジェント家だと?」


 思いもよらない告白に、セレスティアは目を見開いた。

 アルジェント家といえば、王都でも屈指の魔法使いを輩出する名門中の名門だ。

 しかし――。


「待て。今のアルジェント家の当主の子供は、優秀な二人姉妹だけで……長女のルナリアなど聞いたことないぞ」


「ええ。私は幼い頃から魔力が伸びず、やがて魔力を体内に留められない『魔力枯渇症』だと判明しました。優秀な妹たちからは無能だと嘲笑われ、両親からは『名門の恥晒し』として存在を抹消され、家を追い出されたのです」


「ルミナ殿……」


 ルミナは自嘲じしょうするように、傍らに置いた巨大な魔液タンクを撫でた。


「家名も捨て、名前を変え、必死にこの魔液タンクを作って冒険者になりました。でも、パーティを組んでもすぐガス欠になる足手まといとして、何度も捨てられて……。誰からも必要とされず、一人で這い上がってきた私を……ツナグ様だけは、見捨てなかった」


 ルミナの目から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。


「魔液が切れて本当の役立たずになった私を、あんな巨大な魔物の前に立ち塞がって庇ってくださった……。ご自身が死ぬ恐怖よりも、私たちを傷つけないで済むことにホッとしておられたあのお方の孤独に、せめて寄り添いたい。私の体がどうなってもいいから……ツナグ様の熱を、受け止めたいのに……っ!」


 ルミナの悲痛な叫びに、セレスティアもそっと目を伏せた。


「……私も同じだ、ルミナ殿」

「セレスティア様……?」

「私は元々、名もない田舎村の出でな。身体能力だけは高く、村では一番の剣士だった。己の腕一本で身を立てようと騎士団に入ったが……初任務で魔物の奇襲から仲間を庇い、顔と体に深い傷を負った」


 セレスティアは、自身の左頬に刻まれた一筋の傷跡をそっと撫でた。


「慌てて治癒術師が回復魔法をかけてくれたが……私は、その回復魔法をすべて弾き飛ばしてしまったのだ。傷は塞がらず、ただ血を流す私を、仲間たちは化け物を見るような目で見ていたよ」


 それが、彼女の『絶対魔力耐性』という特異体質が発覚した瞬間であり、地下湖でルミナが見た、あの痛々しい傷跡が残った理由だった。


「……そこからが地獄だった。回復の効かない使い捨ての駒として、当時の部隊長から『敵の魔法攻撃の盾』として最前線に立たされ、ボロ雑巾のように扱使われた」


「そんな……だから、あんなにもお体に傷が……!」


「魔法そのものは無効化できても、直撃による物理的な衝撃や痛み、熱までは完全に消せるわけではない。毎日、全身の骨が軋む痛みに耐えながら泥水をすすり、新しい傷が増えていった。……だが、こんな腐った部隊の内情を変えるには、自分が上に立つしかないと歯を食いしばり、力だけで今の地位まで上り詰めたのだ」


 セレスティアは、夜空の月を見上げながら、膝の上の拳を強く握りしめた。


「私はこの顔と体の傷を、戒めとしてあえて隠さないようにしている。だが……やはり女としては、視線を向けられるたびに心が軋む時もあった。醜いと蔑まれるのではないかと、常に恐れていたのだ」


「セレスティア様……」


「だが、ツナグ様は違った。地下湖で水着になった時、私の見苦しい傷を見ても、あの方は顔をしかめるどころか、目を閉じて静かに深淵の魔法を唱えられた」


 セレスティアは胸の前で両手を組み、祈るように月を見つめた。


「あの方にとって、私の外見の傷などどうでもよかったのだ。『お前の魂だけを見ている』……そう無言で全肯定してくださった。あの方だけは、私の欠陥も、この醜い傷もすべて包み込み、一人の騎士として扱ってくださるのだ」


(※注:ツナグはただ美人すぎて直視できない&エロくて自爆するから目を瞑った童貞なだけです)


「だからこそ、痛いほどわかるのだ。ツナグ様は、大悪魔の呪いという途方もない爆弾を抱えながら……誰にも頼らず、たった一人でその痛みに耐えておられる。ただその御背中で、気高き騎士の在り方を示してくださったのだ」


 セレスティアは顔を上げ、翡翠の瞳に強い決意の光を宿した。


「……あの御方に、これ以上一人で全てを背負わせたくはない。私たちのこの体は、決して忌むべき『欠陥』などではない。あの圧倒的な魔力ねつを受け止めるために、神があつらえた『器』なのだ」


「セレスティア様……!」


 名門を追放された魔法使いと、痛みに耐え抜いて上り詰めた剣姫。

 二人の美少女は、夜空の月を見上げながら固く手を握り合った。


「強くなりましょう、ルミナ殿。ツナグ様が、過酷な修行で大悪魔を抑え込んでいる間に……我々が、あの御方から遠慮なく魔力を預けられる『強靭な器』となるために」


「はい……っ! そしていつか、必ず我々から、あの御方に『口づけ』を捧げるのだ」


「私、絶対にツナグ様のお役に立てる魔法使いになってみせますっ!」


 俺の与り知らぬところで、不遇の過去を乗り越えたヒロインたちの俺に対する想いは、もはや「尊敬」を通り越して「狂信と純愛」の領域へと完全に突入していた。


 そして翌日から、俺が館のベッドで「外套サイコー!」と能天気に惰眠を貪っている裏で、二人のヒロインによる血の滲むような『強靭なキスとなるための特訓』が、密かに幕を開けることになるのだった。

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