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第11話 決死のデコピン!

 水着という名のデスゲーム(視覚テロ)を超絶長い魔法詠唱で乗り切り、俺たちは『深蒼の地下湖』の奥深くへと進んでいた。


 洞窟の内部は、青い結晶が淡く発光し、幻想的な空間を作り出している。

 やがて、巨大な地底湖が開けた空間に出た。

 その天井部分には、青白く光る巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされ、中央にトラックほどもある醜悪な蜘蛛――『幻水蜘蛛』が鎮座していた。


「あいつが幻水蜘蛛か。デカいな……」

「はい。ですが、お気をつけください。あいつはただの蜘蛛ではなく、魔力を吸い取る厄介な糸を――」


 ルミナの警告が終わる前に。

 幻水蜘蛛が俺たちに気づき、腹部から凄まじい勢いで大量の粘着糸を広範囲に噴射してきた!


「っ! 危ない!! 『ファイア・ランス』!!」


 ルミナが即座に杖を振りかざし、タンクから魔液を消費して、灼熱の炎槍を何本も放つ。

 だが、炎が迫り来る粘着糸に触れた瞬間。


 ジュワッ!


 不気味な音を立てて、炎の魔力が一瞬で糸に吸い取られ、ただの水蒸気となって消滅してしまった。


「うそっ!? 私の全力の魔法が、触れただけで吸い取られた……っ!?」


「くっ……ならば物理で斬り伏せるまで!」


 セレスティアが前に飛び出し、長剣を振るって糸を斬り払う。

 だが、彼女の剣が糸に触れるたび、ジュワッ! と音を立て、彼女の魔力による剣気(闘気)までもが吸い取られ、動きがガクンと鈍った。


「くっ……! 私の剣気まで吸い取られるとは……っ!」


「きゃあっ!?」


 一瞬の隙を突かれ、前衛にいたセレスティアとルミナ、そして逃げ遅れた俺までもが、強靭な粘着糸に巻き付かれてしまった。

 糸は水着姿の俺たちを容赦なく縛り上げ、宙吊りにしていく。


「ああっ……! 魔液タンクごと、魔力が抜けていく……っ」

「くそっ、糸が解けない……っ!」


 ……ん?

 よく見ると、はるか後方の安全圏にいたはずの記録係・マリアまでが、なぜか俺たちの隣で一緒に逆さ吊りになっていた。


「きゃあー、助けてくださいー、縛られちゃいましたぁー」


 マリアは棒読みで悲鳴を上げているが、その頬は異常なほど紅潮し、縛られた体をウネウネとよじっている。


(あああっ……! 魔物の粘着糸による緊縛プレイっ! 食い込む感触、たまりませんっ♡ ツナグ様、縛られた私を冷たい目で見下してぇぇ……っ!)


(お前、絶対自分から当たりに来ただろ!! って、ヤバいヤバいヤバい!)


 俺の心臓が、恐怖と別の感情で早鐘を打つ。

 俺の目の前には、糸で緊縛されて宙吊りになった美少女三人。

 糸が食い込み、布地から溢れんばかりの肌が強調されている。


 ドクンッ!! ドクンッ!!

『対象の【極度の緊縛状態】による視覚刺激を感知。肉体負荷ゲージ:70%……85%……95%……!』


(俺が爆発する前に助けないと!!)


 だが、動こうにも全身が糸で縛られていて身動きが取れない。

 動かせるのは、かろうじて糸の隙間から出ている右手だけだった。


『限界突破への進行度――98%……99%……!』


(ヤバい、マジで爆発する!! ん……?)


 絶体絶命のパニックの中、俺は『ある違和感』に気がついた。

 メーターが「99%」でピタリと止まり、それ以上上がらなくなったのだ。


 ジュウウウッ!


 俺の右手を縛り付けている幻水蜘蛛の糸が煙を上げながら、俺の爆発寸前の『残熱』をものすごい勢いで吸い出してくれている!


(そういうことか! こいつの糸の魔力吸収効果が、俺の自壊ゲージとギリギリで拮抗きっこうしてるんだ!)


 だが、糸が俺の異常な魔力(熱)に耐えきれず、チリチリと焦げ始めている。

 糸が焼き切れた瞬間、俺は確実に自爆する。

 残された時間は数秒しかない。


 俺は右手の親指と中指で輪を作り――限界まで力をためた。


(デコピンの風圧だけで、あいつの脳天をぶち抜く!)


 だが、少しでも狙いが逸れれば、一緒に吊られているルミナたちに風圧が直撃してミンチにしてしまう。


 俺は冷や汗をダラダラと流した。

 怖い。

 手が震える。


(だけど……俺のせいでこの子たちを巻き込むのだけは、絶対に嫌だ! ここで俺がビビって外したら、本当に終わりだぞ!)


 俺は奥歯を噛み締め、恐怖で震える腕を己の意志で必死に押さえつけ、幻水蜘蛛の眉間へと狙いを定めた。


『ギギィィィッ!!』


 幻水蜘蛛が巨大な顎を開き、俺たちを喰らおうと猛スピードで突進してくる。

 視界が、醜悪な牙で埋め尽くされていく。


(もっと……もっと引き付けてから、確実に眉間を狙うんだ!)


 心臓が早鐘を打つ。

 これ以上ビビっていては手元が狂う。

 俺は必死にパニックを抑え込み、いつもの『クール系主人公』の仮面を被った。

 脳内のラノベ知識から名セリフを引っ張り出し、極低音のウィスパーボイスで呟く。


「……目障りだ。消えな!」


 パチンッ!!!!


 俺の中指が弾かれた瞬間。

 凄まじい圧縮空気の弾丸(真空波)が、不可視のレーザーとなって撃ち出された。


 ――ズドォォォォォォォォンッ!!!!!


「ギギャッ!?」


 真空波はルミナたちの隙間をミリ単位で潜り抜け、幻水蜘蛛の眉間を正確に撃ち抜いた。

 蜘蛛の巨体は頭部を半分吹き飛ばされ、そのまま後方の岩壁に激突して絶命した。


「……」


 静寂。

 蜘蛛の死と共に緊縛の糸が解け、ルミナたちが地面にへたり込む。

 俺の体からも糸がパラリと外れ落ちた。


『対象の撃破、および交感神経の安定を確認』

『外部対象(幻水蜘蛛の糸)による【過剰な魔力吸収】により、残熱の出力低下を確認。肉体負荷ゲージ:99%……40%……15%……』


(……た、助かった……爆発しなくて……)


 蜘蛛を倒して視覚的なパニックが収まったことに加え、ギリギリまで糸が俺の異常な魔力(熱)を強制的に吸い出してくれたおかげで、自壊ゲージが一気に安全圏まで低下していく。


 俺はガクガクと震える膝を必死に隠しながら、心底安堵した。

 少しでも手元が狂っていれば、彼女たちを殺していた。

 そして、あの糸の魔力吸収がなければ、確実に俺が爆発していた。

 マジでギリギリの運ゲーだった。


 だが、俺が冷や汗を流して固まっていると、セレスティアが震える手で剣を杖にして立ち上がり、俺を振り返った。

 彼女の翡翠の瞳には、恐怖ではなく、狂信的なまでの畏敬の念が宿っている。


「……なんという絶技。私たちを巻き込まぬよう、あえて拳は使わず、指を弾いた風圧デコピンのみで……あの隙間をミリ単位で射抜いたというのですか……!」

「私たちの命を完全に掌握し、守り抜く、神のごとき指先……。これが、ツナグ様の本当の御力……っ!」


 ルミナも涙ぐみながら、俺を拝んでいる。


(そうだけど! 俺も震えてて、マジで運が良かっただけなんだよ!!)


 マリアに至っては、なぜか四つん這いになって荒い息を吐きながら、熱を帯びた目で俺の指先をねっとりと見つめていた。


 ……見なかったことにしよう。

 俺は氷のように冷え切った目でマリアを一度だけ見下ろすと、無言で背を向ける。

 「ひゃうっ……♡」という奇妙な嬌声が後ろから聞こえた気がしたが、無視をした。


 俺は再び『クール系主人公』の仮面を被り直し、かつて読んだラノベの「戦闘終了後のキメ顔」を完璧にトレースして、舞い落ちる糸を手に取った。


「……他愛もない。帰るぞ」


 こうして俺たちは、俺の心臓(自爆)と胃痛を引き換えに、無事に『魔力吸収の外套』の素材を手に入れたのだった。

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