表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王立魔法科学院のとある研究課程の記録について  作者: MuGi
忘却の残響

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/17

第16話 研究倫理講習

 研究倫理講習は、年度のはじめに必ず受けることになっている。


 捏造。

 改ざん。

 剽窃。


 講師は、水晶盤に1つずつ言葉を映した。


「存在しないデータを作ること。都合の悪い記録を書き換えること。他者の成果を自分のものとして扱うこと。ここまでは、魔法研究でも、他の学問でも同じです」


 私は手帳を開いたまま聞いていた。


 前なら、退屈な講習だと思ったかもしれない。

 けれど今は、どの言葉も妙に重かった。


 存在しないデータ。

 書き換えられた記録。

 誰のものか分からない成果。


 どれも、遠い話ではなかった。


 講師は少し間を置き、4つ目の項目を映した。


 ――術後混濁隠蔽。


「魔法研究では、これを第4の研究不正として扱います」


 教室の空気が少しだけ変わった。


「呪式行使後に術後混濁、記憶欠落、錯乱発話、本人性の揺らぎが確認された場合、それを実験記録から除外してはいけません。必ず問診票に記録し、通常データとは分離してください」


 通常データとは分離。


 その言葉に、私は顔を上げた。


「混濁中の証言は、信用性が低い。研究成果として引用してはなりません」


 講師は淡々と言った。


「術後混濁では、記憶の混線や連想の飛躍が生じます。被験者が見ていないものを見たと言ったり、起きていないことを体験したと語ったりすることもあります」


 水晶盤に短い事例が映る。


 ――実験後、被験者が実験内容と無関係な情景を詳細に語った。

 ――対応:術後混濁として記録。通常観測から分離。


「重要なのは、証言の真偽ではありません」


 講師は続けた。


「混濁状態で得られた情報と、通常状態で得られた情報を区別することです」


 教室の何人かが、退屈そうに筆記していた。


 私は、その説明から目を離せなかった。


 真偽ではない。


 区別する。


 その言葉が、どこか引っかかった。


 講師は最後に、過去の事例を映した。


 ――被験者は実験後、実験目的と無関係な内容を長時間語った。

 ――記録者はそれを観測結果として論文へ記載した。

 ――審査において、術後混濁隠蔽と認定。


「本人が強く主張していたとしても、それだけで観測結果にはなりません」


 講師は水晶盤を消した。


「混濁中の発話は、まず混濁として記録する。これが原則です」


 講習が終わると、リゼットが低い声で言った。


「これって、正しいことだよね」


「うん」


 私は答えた。


「たぶん、正しい」


 混濁中の証言を、そのまま信じるのは危険だ。

 研究記録から分けるのも、必要なことかもしれない。


 でも。


 分離された記録は、誰が読み返すのだろう。


 除外された発話は、どこへ行くのだろう。


 研究室に戻ってから、私は手帳の最後の頁を開いた。


 ――私は、帰っていない。


 問診票の回答。

 術後混濁中の証言。


 もし講習の通りなら、これは信用してはいけない記録だ。


 通常データから分離すべきもの。

 研究成果として引用してはならないもの。


 私は羽根ペンを持った。


 その一文の下に、小さく書き足す。


 ――術後混濁中の証言は、信用性が低い。


 しばらく見つめてから、さらにもう1行書いた。


 ――でも、誰かがそれを隠したいなら、最初にそう教えるはずだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ