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王立魔法科学院のとある研究課程の記録について  作者: MuGi
忘却の残響

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第14話 呼び名

 入退室記録を見てから、研究室の中で名前を呼ばれるたびに、少しだけ身構えるようになった。


 最初は、気のせいだと思った。


「ミナ先輩、この式を見てもらえますか」


 後輩の声は普通だった。

 けれど「ミナ」と言う前に、ごく短い間があった。


 別の学生もそうだった。


「あの、先輩」


 私の名前を呼ばなかった。


 ただそれだけのことが、妙に引っかかった。


 昼休み、リゼットが私の席に来た。


「この間の話なんだけど」


「うん」


「エリアス先輩が、治癒呪式の問診票について言ってたこと、覚えてる?」


 私は顔を上げた。


「エリアス先輩が?」


 リゼットは、はっとしたように黙った。


「あれ。違う。ミナだったよね」


「何の話?」


「記憶欠落があると、治癒の重ねがけをしちゃいけないって話」


「それは、私と話した」


「だよね」


 リゼットは笑おうとして、うまく笑えなかった。


「ごめん。なんで今、エリアス先輩って言ったんだろう」


 私は答えられなかった。


 その話をしたのは私だ。

 でも、リゼットが間違えた名前は、ひどく自然に聞こえた。


 午後、私は資料棚から古い実験記録を引き出した。


 エリアス先輩の名前が表にあるわけではない。

 低位呪式の停止条件に関する、共有の記録集だ。


 頁の端に、手書きの注釈がある。


 ――保留は失敗ではない。

 ――条件が揃うまで、呪式は待つ。


 私は指先で紙の端を押さえた。


 その字に、見覚えがあった。


 似ている、ではない。

 癖が同じだった。


 文字の右上が少しだけ跳ねるところ。

 句点の位置が低いところ。

 急いで書くと、線が細く流れるところ。


 私は手帳を開き、自分の字と並べてみた。


 同じだった。


 全部ではない。

 本文は別人の字だ。


 でも、余白の注釈だけが、私の書き方と重なっていた。


 おかしい。


 そう思うのに、どこがおかしいのかが、うまく言葉にならない。


 夕方、研究室の奥で誰かが名前を呼んだ。


「エリアス」


 私は顔を上げた。


 反射的に、そちらを見る。


 すぐに別の声が返る。


「こっちにはいません」


 それで終わった。


 ただ、その短いやり取りのあいだ、私は何も考えていなかった。


 名前の意味も、呼ばれた相手も。


 ただ、その音に、ひどく馴染みがある気がした。


 夜、寮に戻ってから、私は手帳を開いた。


 リゼットの言い間違い。

 記録集の余白。

 研究室で呼ばれた名前。


 順に書き出していく。


 並べると、どれも小さなことだった。


 説明できると言えば、できる。

 偶然だと言えば、そう言える。


 それでも、全部を一度に見ると、別の形になる。


 私は最後に、ためらいながらその名前を書いた。


 エリアス・ヴェイン。


 その名前は、これまでにも書いたことがある。


 けれど今書いたそれは、

 「思い出して書いた」のではなかった。


 ただ、手が知っていた。


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