第12話 本人性
――本人性:暫定。
提出画面に残ったその表示を、私は何度も見返していた。
氏名確認は完了。
所属確認も完了。
それでも私は、まだ私だと確定していない。
翌朝、研究室の管理水晶で規定を開いた。
――本人性確認:申請者の氏名、所属、研究履歴、申請目的の連続性を確認する。
連続性。
昨日の私と、今日の私が、同じ問いを持っているかどうか。
その確認が通らない。
画面の下に、新しい指示が出ていた。
――追加問診を実施してください。
私は指先で開始符に触れた。
光が静かに立ち上がる。
――氏名。
「ミナ・クレイン」
――所属。
「黒曜呪式研究室、典究課程1年」
――本日の日付。
答えられる。
――申請題目。
「魔法行使後に残存する記録揺らぎの体系的解析」
ここまでは問題ない。
水晶の光がわずかに強くなる。
――本研究を始めた理由を述べてください。
私は口を開いた。
エリアス先輩の事故。
再現できない呪文。
術後混濁。
虚偽記憶。
理由はいくつもある。
でも、それは全部あとから並べたものだと分かっていた。
最初の一歩が、思い出せない。
「……エリアス先輩の事故がきっかけです」
そう答えた。
水晶は沈黙した。
そして表示が変わる。
――回答不一致。
喉の奥が冷たくなる。
「不一致って、何と?」
水晶は答えない。
同じ問いが、もう一度表示される。
――本研究を始めた理由を述べてください。
私は手帳を開いた。
見慣れた頁。
――私は、帰っていない。
その下に、小さく書き足されている文字があった。
見覚えがあるのに、いつ書いたか分からない。
――始めたのではない。戻った。
私はその一文を見つめた。
戻った。
どこへ。
誰として。
研究室の奥で、誰かが灯火呪文を唱えた。
光が机の端を淡く照らす。
水晶は、まだ同じ問いを表示している。
――本研究を始めた理由を述べてください。
私はゆっくりと答えた。
「分かりません」
光が一度、揺れた。
――本人性:暫定継続。
画面の下に、小さく履歴が展開された。
私はそれを見て、息を止めた。
――回答ログ:
――ミナ・クレイン
――エリアス・ヴェイン(訂正済)
指先が冷たくなる。
私は確かに、自分の名前を答えた。
それなのに、記録の中では、一度だけ別の名前になっている。
誰も訂正していないのに。
私は水晶盤から目を離した。
怖かったのは、不合格になることではない。
私の答えが、私のものとして残らないことだった。




