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王立魔法科学院のとある研究課程の記録について  作者: MuGi
忘却の残響

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第11話 研究予算申請書

 エリアス先輩が借りた冊子を、私が返していた。


 その事実は、手帳に書いても少しも軽くならなかった。


 数日後、私はマルクス先生に呼ばれた。


「来月の若導研究費の申請はどうする?」


 若導研究費。


 典究課程の学生が、自分の研究費を得るために出す申請だ。採択されれば、魔力石、試験盤、資料閲覧費をまかなえる。


「私が出してもいいんですか」


「早いとは思う。だが、書くなら今から始めた方がいい」


 先生は申請書の様式を机に置いた。


「1日で書けるものではない。題目を決め、目的を書き、方法を削り、意義を広げる。何度か見せなさい」


 私は様式を受け取った。


 研究題目。

 研究目的。

 先行研究。

 方法。

 期待される成果。

 必要経費。


 どの欄も、私より大きく見えた。


「題目はどうする」


「低位呪式の未発動状態について考えています」


「悪くない。ただ、申請書の題目としては小さい」


 マルクス先生は羽根ペンを取った。


「題目は大きくていい。実施計画を絞りなさい」


「大きく、ですか」


「審査員は、小さな作業そのものではなく、その先にある問いを見る」


 先生は紙の余白に書いた。


 ――魔法行使後に残存する記録揺らぎの体系的解析


「例えば、こうだ」


 私はその題目を見つめた。


 大きすぎる気がした。

 けれど、私が見てきたものには近い気もした。


 試験盤。

 問診票。

 手帳。

 貸出履歴。

 記録に残るものと、残らないもの。


「方法は小さくする」


 先生は続けた。


「最初は灯火系と治癒系の低位呪式。試験盤と問診票。既存記録の整理。安全な範囲で、観測可能な揺らぎだけを見る」


「観測可能なものだけ」


「そうだ。申請書では、見えないものを追うと書いてはいけない。見えるものをどう測るかを書く」


 その言葉は、助言のようでもあり、警告のようでもあった。


 それから数日間、私は申請書を書いた。


 昼は研究室で草稿を直し、夕方にマルクス先生へ見せる。

 先生は赤字で容赦なく削る。


 ――目的が広すぎる。

 ――方法が曖昧。

 ――成果を言い切りすぎ。

 ――この語は避ける。

 ――ここは君の問いが出ていて良い。


 リゼットも、ときどき隣で自分の申請書を書いていた。


「ミナの題目、なんか立派だね」


「題目だけね」


「私なんてまだ、治癒後の問診記録をどう扱うかで止まってる」


「でも、それ大事だと思う」


 リゼットは少し笑った。


「最近、問診票を見るのが怖いんだけどね」


 私は返事をしなかった。


 私も、記録を見るのが怖くなっていた。

 それでも、見ない方がもっと怖かった。


 締切の前日、ようやく申請書は形になった。


 題目。


 ――魔法行使後に残存する記録揺らぎの体系的解析


 目的。


 低位呪式の行使前後に生じる記録上の微細な不一致を、試験盤記録、問診票、手書き記録の3種類から整理する。


 方法。


 灯火系および治癒系の低位呪式を対象とし、未発動・安全停止・術後混濁を伴う事例の記録を比較する。


 意義。


 発動の成否だけでは捉えられない呪式行使後の残存情報を明らかにする。


 嘘は書いていない。


 けれど、全部を書いたわけでもない。


 提出当日、私は研究室の管理水晶に申請書を読み込ませた。


 確認項目が順に光る。


 ――書式確認:完了

 ――指導教員確認:完了

 ――必要経費確認:完了

 ――申請資格確認:実行中


 水晶の光が、そこで止まった。


 胸の奥が小さく鳴る。


 やがて、次の表示が浮かぶ。


 ――申請資格:確認中

 ――氏名確認:完了

 ――所属確認:完了

 ――本人性:暫定


 本人性。


 私はその文字を見つめた。


 暫定。


 マルクス先生の声が、後ろからした。


「提出は、まだ押さなくていい」


 振り返ると、先生は水晶盤の表示を見ていた。


「先生」


「今日はここまでにしなさい」


「本人性、暫定って何ですか」


 マルクス先生は少し黙った。


「申請者が、申請者本人であることの確認だ」


「氏名確認は完了しています」


「名前だけでは足りないことがある」


 私は何も言えなかった。


 水晶盤にはまだ、同じ表示が残っている。


 ――本人性:暫定


 まるで学院の方が、私が私であることをまだ保留しているみたいだった。


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