8. おちた神獣フェンリル
私たちフェンリルは
神獣とよばれ、神界の園という、神界の森のようなところで住んでいた。
我らはあまり下界に行かない。
たまに気まぐれで行ったり、神に依頼されていくぐらいだ。
その為、あまり見かけることがなく、人間達には「伝説」の神獣フェンリルなどと
呼ばれていたりもする。
――先日、急にセルシアス神から呼ばれて
「愛し子の幼子2人の守り役をやってくれないか」
と言われた。
私たちフェンリルの使命は、直接世界に介入できない神の手助けをすること。
セリシアを神とともに、よき世界にすること。
私はフェンリルの中でもかなり若い方である。
人間でいえば22歳くらいであろうか。
フェンリルは忠誠心が強い。
そのこともあり、今回、幼子の守り役ということで、若い私が指名された。
若さ溢れるこの体、体力、毛艶の良さには自信がある。
神獣フェンリルの誇りにかけて、その期待に応えてせみましょう!
そして私は天界を後にした……
***
森の奥で、風がふっと止まった。
精霊たちがざわざわと騒ぎ、
動物たちが一斉に身を潜める。
「……きた……」
「……こられたぞ……」
「神界の……神獣フェンリル様が……!」
大樹はまわりをきょろきょろする八重を抱きながら、
よちよちと不安定な足取りで辺りを見回した。
(なんだ……?
なんだかすごく澄んだ気配が……する……)
その時――
サッ……
風が裂けるような音とともに、
白銀の影が木々の間から飛び出した。
大樹は思わず息を呑む。
「……犬……?いや……ちが……」
それは、
大型犬ほどの大きさをした、美しい獣だった。
白銀の毛並みはふわさらで、
光を受けて美しく輝き、
風をうけて柔らかに揺れる。
「なんと美しい姿よ……」
木の精霊が息をのむ。
大樹はその姿を目にした瞬間!
「おぉーーーーー!!
しゅげーーーー!
かっこいーーーーーー!!
ふぇんりるしゃん?」と吠えて、聞いた!
その言葉に威厳たっぷりに登場したリオンが
びくっとした。
自分を見つめる純真できらきらした瞳…
自分を褒めたたえる高揚して手に汗握る幼児。
(な……なんだ、この胸の奥のざわつきは…。
まだ名も知らぬ幼子たちなのに……
こんなにも、愛おしいと感じるとは……)
(落ち着け、リオン。
私は伝説の存在とされている、神獣フェンリルだ。
威厳を保つもの…… だが……か、かわいい……)
(はっ!尻尾!勝手に揺れるなっ!)
登場直後から、リオンはパニックに襲われた…。
リオンの瞳は神聖力を内包し澄んだ深い蒼をしえいる。
現在は威圧感はまったくない。
むしろ――
自分の保護対象を確認して
優しさと知性を伺える瞳で、大樹と八重を見つめる。
精霊たちが一斉に頭を垂れた。
「リオン様……!」
「神界の園から……!」
「本当に来てくださった……!」
「なんと、うるわしい…!
***
リオンは静かに2人に歩み寄り、
大樹と八重の前で止まった。
(……さきほどからなんだ、この胸の奥が熱くなる感覚は。
神の命で来たはずなのに……
この幼子たちを前にすると、理由などどうでもよくなる……
ただ守ってやりたくなる。保護意欲を刺激する。
この小さな命を、誰よりも慈しみ、強く守ってやりたい……)
その瞳が、
大樹と大樹にしがみついている八重の小さな顔を見た瞬間――
空気が変わった。
「安心せよ」
リオンの体から、温かい光がふわりと広がる。
(……あれ……?
なんか……あったかい……)
リオンは軽くうなずいた。
(神獣フェンリルとしての加護を与えた。
それで少しは守りのたしになるであろう。)
大樹は思わず八重を抱きしめ直す。
リオンはゆっくりと頭を下げ、
ゆっくりと顔を近づける。
すると、フェンリルのもふもふなでつやつやな毛が
大樹と八重の顔をくすぐる。
思わず大樹が八重を片手で支え、ゆっくりとフェンリルに触れてみる。
「ふわふわぁ…あったかーい…」
とても柔らかくて、ふかふかで、暖かかった。
そんなことを思っていると、
小さい手がぐぎぎ……と思い切りぷるぷるさせながら
胸元からフェンリルに伸ばされていく。
勇気を振り絞って、興味の対象に手を伸ばしている八重である。
大樹が気持ちよさそうに触っていたので、
自分も触りたくなったようだった。
大樹が両手で八重を再度抱き上げて、
フェンリルの近くに連れてってやると、
八重は今度は両手を大きく開いたと思うと、
おもいきり「きゃは~~~~!!」と大喜びしながら
がばっと上から倒れこむようにフェンリルに抱き着いた。
リオンは突然のことでびっくりしたが、
怖がらせないようにそのままじっとした。
「やわわかい!あったかーい!きもち~~!もふ~!」と
大興奮で満面の笑みを浮かべながら撫でまわした。
(……笑った……!なんだ、この可愛さは……
だめだ、これは反則だ……!
尻尾が……勝手に……!こら!尻尾、揺れるな!)
(落ち着け……落ち着くんだ……
我は気高き神獣フェ……
~~~無理だ……かわいい……)
フェンリルはいろいろ耐えながらも好きなようにさせた
大樹や八重の匂いを確かめるように鼻先を寄せた。
フェンリルは魂の匂いでその者の状況がわかる。
保護対象の状況確認は怠れない。
が、大樹はくすぐったそうにくすくす笑い、
撫でまわし、
八重は、今度は興味津々でリオンをじっと見つめている。
(急にどうしたのだろう)と心配になっていると、
「わんわん……かわいいね!」
そして、リオンを見つめて、ふにゃっと笑った。
リオンの心臓がどくんと跳ねた。
(わ、我は犬ではない……神獣フェン…‥だめだ)
理性よりも先に、体が動く。
尻尾が勝手に振れてしまう。
次の瞬間――体が勝手に動いた…
ドサッ
リオンはその場に伏せ、
尻尾をぶんぶん振り始めた。
「クゥゥン……!」
精霊たちがざわめく。
「リオン様が……!」
「幼子に……!」
「完全にメロメロだ……!」
***
リオンはそっと大樹と八重に触れた。
その仕草は、
まるで“壊れ物を扱うかのように。
さんざん戯れ、自己紹介をしてないことに今更気づいたリオン。
怖がらせないように自己紹介する。
「……小さきもの達よ。
私はそなたたちを守るために、ここへ来た。
神獣フェンリルの名をリオンという」
「しゅごい!しゃ、しゃべった……!」
「しゅごい!わんわん!」
フェンリルはくすっと笑うと、
リオンは大樹の方へ視線を向ける。
そして優しく話し出した。
「私は、これからそなた達をどんなことからも守ろう。
種族は違うが、兄のように思ってくれればいい」
「おれが、このこの…おにいちゃ……だぞ……?」
舌足らずな声で必死に言う大樹。
リオンはふっと微笑むように目を細め、
大樹の頬をぺろっと舐めた。
「……知っている。
そなたはこの子の“兄”だ。
だからこそ、私はそなたも支えたい」
「兄とは、時としてつらい時も妹も守るものだ。
でも、その兄は誰が守ってくれる?」
(この幼い体に、こんなにも強い心が宿っているのか……
妹を守ろうとするその想い。
その想いこそ、兄の証だ。
……ならば私は、その兄を守る兄になろう)
「だから、私がそたなを守ろうと思う。
そなたたちの2人の兄となろう」
大樹は目を丸くした。
「……おれも…まもってくれりゅ……の?」
「そなたが妹を守りたいと思うその気持ち。
その心を、私は守りたいと思う。
だから、兄だからとなんでも我慢せず、力をぬけ。
われがいる。安心せよ」
大樹は、うれしくて思わず涙が出そうになった。
「あ、ありがとう。りおんにいちゃ……」
思わすリオンにおでこを付けてお礼を言った。
そんな大樹の様子をみて、
八重は大樹の胸の中で笑った。
「おにいちゃ……わんわん……すき……」
「わんわんも、おにいちゃ?」
とリオンに話しかける。
リオンの尻尾が、ぶんぶんと勢いを増す。
「……あぁ。そなた2人を守る兄となろう。
これからよろしく頼む。
私も、そなた達が大好きになったぞ」
そうして2人と1匹で笑いあった。
まわりが
「よかったねー」
「お兄ちゃんが出来てうれしそうだねー」
「リオンさまも嬉しそうだ」
などと、言葉では聞こえないが、
言語的に聞き取れないが、
そんなまわりからの暖かい感情を向けられているようで
大樹は少し気恥ずかしくなったのだった。
こうして――
神界の園から送り出された若きフェンリル、リオンは
八重と大樹を見た瞬間、その可愛さにメロメロになり、
兄として保護本能を爆発させ、鉄壁の守りを誓った。
世界が求めた幼子達と、神獣フェンリル。
三人の物語は、ここから静かに動き出すのだった。
***
(やばい!2人の兄となった、初日からデレが止まらない…)
現在、リオンのお腹あたりで埋もれるように
大樹と八重が笑いながらもそもそ動いている。
何をしているのかと気になってみてみれば…。
八重と目が合い、リオンに向かってふにゃっと笑った。
瞬間、リオンのハートは完全に爆発した。
「クゥゥン……!」
リオンの尻尾が、
ぶんっ!ぶんっ!ぶんっ!!
と、音が出そうな勢いで振られる。
(やばい!うちの妹かわいすぎるっ!)
大樹も、つい手を伸ばす
大樹も、幼児の体でよちよちしながら
背中側に移動してリオンの背中に倒れこむ。
「……ふわふわ~きもちい~むふ~うふふ~……」
よくわからないが喜んでいるようだ。
今度は大樹の方の様子を見ようとして振り向くと、
大樹と目があい、満面の笑みを向けられた。
リオンはまたしてもハートが爆発した。
(これは、身がもたん……)
嬉しさのあまり、
その場でごろんと横倒しになれば、
大樹と八重が驚きながらも、
リオンの胸元の毛をわしゃわしゃ撫でまくる。
リオンは完全にとろけた顔になり、
喉をゴロゴロ鳴らし始めた。
「クルルル……クゥゥン……」
八重は撫でまわすだけでもものたりなくなり、
その胸元にぽすんと飛び込んで、
ふわさら毛に顔をうずめる。
「わんわんにいちゃ……あったかい……しゅき!」
大樹もつられて、
リオンの首元にぎゅっと抱きついた。
「にいちゃ、おれも……すき……」
リオンは幸せすぎて、
尻尾が地面に当たってバシバシ音を立てている。
その光景を見ていた精霊たち。
「「「かわいい~~~~~~!!!!!」」」
空中でひっくり返る。
虹を撒き散らす。
木の上から落ちる精霊までいる。
もふもふ(仮名:もふ)は地面で転がりながら叫ぶ。
「きゅい~~~~!!(尊い~~~~!!)」
小鹿は足をガクガクさせ、
鳥たちは空中で羽ばたき忘れて落ちかける。
大精霊でさえ、
胸を押さえて後ずさる。
「……これは……癒しの暴力か……」
などと言っていた
リオンは八重と大樹を胸元に抱き寄せ、
優しく鼻先で2人の頭を撫でる。
「……私は、人間ではないが、
あなたたちの兄だから、何があっても守る
フェンリルは、すごく強いのだぞ」
自慢げに、安心させるように語りかける。
八重はリオンの胸元に頭をうずめて、
「りおんにいちゃ……だいしゅき……」
「おれもにいちゃ……だいすき……」
リオンの尻尾が、
バサァァァァッ!!
と風を巻き起こすほど振られた。
大樹もリオンの胸に顔を埋めながら言う。
「おれも……にいちゃ……だから……
八重をいっしょに……まもる……」
リオンは誇らしげに微笑む。
「……あぁ。一緒に守ろう。
私たちは八重の兄なのだからな」
(この子たちが笑い、泣き、成長していく姿を……
ずっとそばで見ていたい。 それが、私の新しい願いだ)
森、完全に崩壊
「「「兄妹愛~~~~!!!!!」」」
精霊たちが爆発し、
動物たちが転がり、
大精霊が膝をつく。
「……尊すぎて……
世界が浄化される……」
「これが愛し子の浄化か……」
森の空気は、
温かさと幸せで満ちていた。




