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74. 元侍女の懺悔と影

セイナ王国の首都から遠く離れた山岳地帯。

夜の冷気は鋭く、森は息を潜めたように静まり返っていた。


その闇を裂くように、

一つの影が音もなく駆け抜けていく。


マグリル王直属の影――ロア。

ただの“ロア”だ。

影から王を支える者。


獣人種の中には、ごくまれに“特異な能力”を持つ者がいる。

その者が王の直属の影となる際、

王に忠誠を誓う儀式を受けると、

まれに瞳が黄金になる者が出る。


これは、聖獣グリフィンの祝福と言われており、

視界は鋭く澄み、

獣人としての本能は研ぎ澄まされ、

身体能力はさらに跳ね上がる。


そうして生まれた影を、

人々は “ブラックグリフィン” と呼ぶ。


俺もブラックグリフィンの一人。

狼種の獣人であり、特異能力は”オオカミへの獣化”。


影の仕事において、これほど便利な力はない。

特に今回のような遠出では、

移動速度が桁違いに変わる。


今もすでに人の姿ではない。

漆黒の毛並みを持つ狼へと獣化し、四肢は地を蹴るたびに風を裂き、

木々の間を矢のように駆け抜けていく。


(……急がねば。侍女の故郷は、山の奥だ)


第三王子のディアス様から聞いた五人の古狸ども。

その協力者とされる“侍女長”が、

当時の侍女に王子へ薬を飲ませていたと、こちは睨んでいる。

その真相を確かめる必要があった。

また、侍女長についても聞かねばならない。


考えを巡らせながら走っていると、

夜明け前に、ロアは村の外れに到着した。

獣化を解き、黒装束の姿に戻り、まだ薄暗い闇に紛れる。


(……この村か)


家の数は十にも満たない。

行商人に頼るほど小さな村だが、

見張りがいないとは限らない。


ロアは気配を探りながら、

村の端にある古い家へ向かった。


影仲間からの情報で家の場所は確認済。


(……あの家だな)


村の端にひっそり佇む古い家。

灯りはない。

だが、中に人の気配がある。


(時間的に失礼な時間ではあるが、

仕方ない。人に見られるわけにはいかないからな)


ロアは裏手に回り、

開け放たれた窓から音もなく滑り込んだ。


「……だ……だれかいるのですか……?」


怯えた声。

若い女性の声だ。


「俺はセイナ王国の調査をしているロアという者だ。

周りに悟られず、話を聞きたかったもので、窓から失礼した。

怖がらせてすまない。


亡くなった王子の元侍女……で間違いないな?」


怯えた瞳がロアを見つめる。


「……わ、わたしは……!」


「安心しろ。

お前を捕まえに来たわけではない。

真実を聞きに来ただけだ」


その一言で、元侍女の目から涙がこぼれた。


椅子に座り、元侍女を落ち着かせる。


元侍女は一人暮らしのようで、ひっそり暮らしているようだった。

家の中は質素で、

暖炉の火だけがパチリと音をたてながら弱く灯っていた。


ロアが事情を説明すると、

侍女は震える手で湯を差し出し、

ぽつりぽつりと語り始めた。


「……わたし……

王子に……ひどいことを……」


元侍女は、手を震わせ、

その震えを押さえるように、両手に力を込めて握っている。


「お前は、利用されたのだろう」


侍女は唇を噛み、涙をこぼす。


「侍女長が急に1本の薬を持ってきました。

そして、“王子様の体が弱いから、この薬を飲ませなさい”と……

そう言われて……、

飲みやすいように、紅茶に入れて出したりしておりました……」


しかし、飲ませるほどに王子は体調を崩しがちになり、

立つことすらできなくなっていきました。


「怖くなって……

薬を少しだけ残して、薬屋に薬の鑑定をお願いしました。

でも……毒ではなかったんです。

本当に”滋養にいい薬”だと言われました……」


ロアは眉をひそめる。


(……なにかおかしい)


元侍女は俯きながら続けた。


本当に滋養にいいならと思い、

侍女長からも何度も飲ませたかと聞かれたこともあり、

薬を出していましたが、いっこうによくなる気配がなく、

もしかしたら、薬が合わないのではと思い、

薬をお出しするのをやめました。


そして、その報告を侍女長にしたこところ、

激怒されました。

“飲ませていたから病状の進行遅いのだ”と……

“飲ませなければ病状の進行が加速してしまう。

そうなれば、国家反逆罪で、あなたも家族も処刑する”と言われ……」


声が震える。


「その後も王子の病状の改善がなく、

悪化している為、再度侍女長に聞くと……


侍女長は笑って言いました。

“もう飲ませなくていいわ。ありがとう”と……」


どういうことかと言い寄ったところ、

『あなたのおかげで、計画がうまくいきました。

もう回復は難しいでしょう。あなたはもう用済みです。


死にたくなければ、

ここから遠い山の中にある故郷へ帰りなさい。

もし、このことを誰かに話したら……。

あなたもろとも、家族の命も無いと思いなさい』と脅され、

次の日には城を追い出されました。


ロアの拳が静かに握られる。


侍女は静かに泣き震えながら続けた。


「最後に聞いたんです……

あの薬は毒なのかと……」


侍女長は楽しげに答えたという。


『それ自体は毒ではないわ。滋養にいい薬。

ただし、主治医が処方するもう一本の薬と混ざると毒になるの。


主治医の薬だって、それ自体は”滋養にいい薬”なのよ。

いくら薬を押収して調べても、毒は検出されない。素晴らしいわよね。』


その後、気分が高ぶったのか、恐ろしいことも言っておりました。


『もう、この国に王族は必要ないわ。

商人の国なのだか、その商人たちをまとめる大商人が

この国を統べるべきなのです。


そして、私はその大商人の側室になり、

この国を支えていくのです』


恍惚な顔をしておっしゃっておりました。

きっと、この人は欲に目がくらんで、利用されたのだと思いました」


ロアの目が細くなる。


(……混合毒。そういうことか)


「主治医の先生も……

同じように脅されていたようでした。


前に一度だけ、たまたま2人だけになる機会がありました。

その時に、侍女長に飲ませるように言われている薬を見てもらったことがありました。


その時彼が、私を悲しそうに見つめて、こぼしました。

『あなたもなのですね……』


はじめは、何の事だかわかりませんでしたが、

侍女長に飲ませるように言われたといったあたりから、

何かを我慢しているようでした。


その後、

『“私も言われたのです。グラド様に。この薬を処方しろ”と……

“逆らえば家族がどうなるかわかっているな”と……

私は主治医なのに……人を助ける為の医師なのに……』

と、こぼされました。

とても悲しそうな、諦めているような目をしていました。」


侍女はとうとう泣き崩れた。


「わたしも……

王子様を助けたいと思っていたのに……

わたしが……わたしが……!」


ロアは静かに言った。


「お前はよく耐えた。

もう十分だ。

ここから先は、俺たちが引き継ぐ」


侍女は涙を拭い、

震える声で言った。


「……そうだ。これを……」


彼女は古い布に包まれた小瓶を差し出した。


「念のため……一本だけ隠して持ち帰ってきたんです。


何年も前のものなので、証拠になるか分からず、

成分も、もう変わっているかもしれませんが……


どうか……妹姫様を……王家を……お助けてください……!」


ロアは深く頷いてみせた。


「必ず助ける。約束しよう」


空が明るくなってきたため、そうそうに引き上げることにした。


ロアは窓から静かに外へ出ると、

深く息を吸い込んだ。


(……侍女長、主治医……

そして古狸ども五人。

全てが繋がった)


次の瞬間、

ロアの身体は黒い影に包まれ、

再び狼へと獣化した。


「――ッ!」


地を蹴り、風が裂ける。

村は一瞬で遠ざかり、

森の闇が後ろへ流れていく。


(……王都へ戻ろう。

次は、古狸五人の動きを探ろう。

主治医にも会ってみるか。何か話してくれそうな気がする)


ロアは、夜明け前の森を

来た時と同じように、駆け抜けていった。

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