72. ディアスの願いとマグリル王の思い
夜の帳が王城を包んだ頃、
執務室の扉がゆっくりと開く。
「……待たせたな、レオンハルト」
入ってきたのは、
普段の威厳ある装いではなく、
寝支度前のゆったりとした衣服を纏った国王アレクサンドル・マグリル。
だが、その姿でも油断はない。
王としての気迫が揺らいではいなかった。
何を着ても、国王なのだ。
「夜分に申し訳ありません、陛下。
極秘かつ、緊急の件があり参りました」
レオンハルトが深く頭を下げると、
国王は静かにソファを指し示した。
「よい。話せ」
レオンハルトは腰を下ろし、
今日、第三王子ディアスから聞いたすべてを語った。
国王は黙って聞いていたが、
話が進むにつれ、眉間に深い皺が刻まれていく。
語り終えると、国王は長く息を吐き、静かに頷いた。
「……よく知らせてくれた、レオンハルト」
その声は低く、疲れをはらんでいるようだった。
「セイナ王国の様子がおかしいとは思っていた。
心配で、セイナ王に何度聞いても、返ってくるのは
“何もない”の一点張りで、
余計に変だとは思っておったが……」
国王は目を伏せ、ゆっくりと頭を振った。
「まさか……
ここまで追い詰められていたとは……」
レオンハルトが続ける。
「はい。
私も驚きました。
あのとんでもない問題児王子が……
実は国と家族を必死に守ろうとしていただけの、
大空回り王子だったとは。
やり方は、どうしようもないほど愚かですが」
国王は小さく笑った。
だがその笑みは、哀しみを含んでいた。
「愚かであろうと……
国を思う心があるなら、救いようはある」
そして、佇まいを整えた王の瞳が鋭く光る。
「まずは、
”古狸ども”が何者かを、第三王子に聞かねばな。
そして、大商会の名前も。
次に、
亡くなった弟王子たちの元侍女を探す。
王子に近づける者で、
家族を人質に取られれば、
どんな命令でも従わざるを得まい。
何をやらされていたのかも調べよう。
どうせろくでもない事だろうがな……」
国王の声は、
静かだが鋼のように硬かった。
「こういう場合、
侍女は“消される”か、
人知れず故郷に帰されているかのどちらかだ。
まあ、商会が監視している可能性も高いがな」
レオンハルトは息を呑む。
国王はさらに続けた。
「次に、亡くなった弟たちの主治医だ。
きっと弟王子と妹姫の主治医は同じだろう。
主治医に接触すれば、
古狸どもに即座に報告されるだろう。
ゆえに、主治医への接触は避ける」
「妹君が、亡くなった弟君と同じ症状……
これは、現在進行形で犯行が行われている可能性が高い。
与えられている薬が押収できれば、
帝国の研究員に分析依頼ができる。
あとは、主治医の人間関係を探らせよう。
ろくでもない者が近くにいるはずだ」
国王は立ち上がり、
窓の外の闇を見つめた。
「まずはこちらで、適任者に秘密裏に調べさせる。
何かわかり次第、すぐに知らせよう。
それまでは待て」
そして振り返り、
レオンハルトに告げる。
「明日、調査に当たる者を第三王子に会わせたい。
詳しい話を聞く必要がある。
話を通しておいてくれ」
「承知いたしました。
よろしくお願いいたします」
レオンハルトは深く頭を下げた。
そして、
ふと顔を上げて尋ねる。
「……アレクとヒナの方は……。
あれからいかがでしょうか」
国王の表情が、わずかに柔らかくなる。
「アレクとヒナか。
今、私の孫娘がよく話し相手になっているようだ」
その声には、
王ではなく“祖父”の温かさがあった。
「それとな……
今日の夕方、アレクから頼まれたのだ。
“騎士団の練習場で回復魔法の練習をしたい”とな」
レオンハルトは目を見開いた。
「どうも、騎士たちに良くしてもらった礼をしたいらしい。
そして……
“今回のようなことがあった時、みんなを助けたい”と」
国王は小さく息を吐いた。
「甘えていればよい年頃だろうに……
あの子の考え方は、大人びているな。
知らない者たちの中に、妹と共に溶け込もうと必死なのだろうが……。
気を遣いすぎる」
レオンハルトは微笑んだ。
「ええ。
もう少し甘えてくれてもいいのですがね」
「明日、練習場に案内することになっている。
何かしていれば、気も紛れるというもの。
好きにさせてみようと思う」
「ありがとうございます。
よろしくお願いいたします」
レオンハルトは深く礼をし、
静かに部屋を後にした。
***
国王は、窓の中から暗闇の中に所々灯りが付いている
城下町を見渡す。
「いるか?」
国王が静かに言葉を発すると、
どこからか、そばに黒装束を纏った男が片膝をついていた。
「はっ!こちらに」
国王は静かにうなずく。
「聞いての通りだ。
少し遠出をしてもらうことになりそうだ。
明日、シルヴァラント領主の地下牢にいる第三王子に会い、
事の詳細を聞いてからはじめよ」
「承知!」
黒装束の男は、そう言うとスッと姿を消した。
***
コツコツコツ……。
「殿下」
牢の前に現れたのは、レオンハルト。
礼服のままの姿で立っていた。
「レオンハルト殿。何かあったのか?」
「国王に話してきました。
こちらでまずは調査を行います。
明日、調査隊の人間がこちらに来ますので、
聞かれたことは、覚えている限り話してください。
古狸たちに関すること、
亡くなった弟王子たちの元侍女の事、
主治医についてなど、聞かれると思います」
「わかった。
ありがとう。手間をかける……」
「こういう時は助け合いです。
妹姫様を一緒に助けましょう。
もう少し、
王子たちはこちらで我慢してくださいね。
……そうだ。
あのちび達は、元気になってきたそうです。
そのうち、会える機会がありましたら、
心から謝罪をしてください」
「わかった。謝罪させてもらう。
すまなかったな」
(どうかこの愚かで不器用な王子が、これ以上つらい思いをしませんように。
どうにか、妹君を助けてください……創造神よ。お力をお貸しください)




