71. 不器用な王子と未来への希望
フォレット領主館の地下牢は、
地下にあり、昼でも薄暗く、陽が当たらないゆえに石壁が冷気を放つ。
そんな鉄格子の向こうから、怒号が響き渡った。
「クッソー!出せよ!
俺様を誰だと思っているんだ!
セイナ王国の第三王子、ディアス様だぞ!
こんな扱いをしていいと思っているのかっ!」
鉄格子をガンガン叩く音が、地下の廊下に響き渡る。
牢の中では、
ディアスの仲間たちが、
いつものことだと言わんばかりに肩をすくめていた。
「お前、ほんとによく飽きないよなー。
なんか、毎回こんなんなってる気がするぜ」
「だよなー。俺、もう慣れちまったー」
「毎回思うけど、
もうちょっと、やり方があるんじゃないか?」
「今回はさすがに俺もどうかと思うぞ。
ちび達がかわいそうだ」
「お前ら!なんでそんな冷静なんだよ!
今の状況わかっているのか!!」
「お前たち!静かにしろ!」
牢獄監視兵の怒声が飛ぶ。
「しかしよ、本当にあの子供たちに何か特別なものがあったのか?」
仲間の一人がぼそりと呟くと、
ディアスは振り返り、必死に言葉を吐き出した。
「人質をとって冒険者を脅して聞いたんだよ!
上の子は訓練場で回復師の訓練をしていて、
通常の回復魔術とは違うって……金の光があふれるそうだ!
その秘密を解き明かし、それを商品にして……
父上の偉大さを示せば……
父は、強欲な古狐どもを追い出せるかもしれないんだ!
……それに、妹だって……」
「でも、解き明かすってどうする気だったんだ?」
「いろんな患者を治させて、どんな症状なら回復できるか見るとか」
「いや、時間かかりすぎるだろう。妹ちゃん、やばいんだろう。それじゃあ、間に合わねぇよ」
「もっと専門家の知り合いに頼んだ方がいいんじゃねえの?」
「専属の医師はいるが、信用できない……。
だからと言って追い払うこともできない……」
「やっぱり、他の国の偉い人に頼んだ方がいいんじゃねえの?」
「あぁ~~!ちくしょ~!
今回の事で、父様に迷惑かけてしまう」
結局急ぎすぎて先の事まで考えていなかった……。
自分たちの浅はかさに皆が黙り込む。
ディアスは続けた。
声が震えていた。
「あの古狸どもは、何かあった時は助けもしないくせに、
何かにつけ口を出してきて、嫌味を言う。
“この国の王では、この先心配ですな”
“お飾り王ですからな”
“王は我々の言う通りにしていればいいのです”
“お子様がいつまでもご健康であられるよう祈りますよ”
だぞ!
あんなの……脅しじゃないか!!」
拳を握りしめ、
鉄格子に叩きつける。
「もう……弟二人が謎の病で亡くなっているんだ……!
父上は神経をすり減らして、崖っぷちで耐えている……。
今度は妹が同じ謎の病で失うかもしれないと怖がっている……。
このままじゃ、国が……強欲な連中に乗っ取られ、
自分の欲の為に食らいつくされる……!」
仲間の一人が、
苦しそうに目を伏せた。
「国民だってギリギリだ。
もう居場所を失った者もいる。
それだってどうにかしてやりたいのに!
それなのに、古狸どもは笑いながらもっと搾取しようとする……
そんなの、未来がないじゃないか……!」
ディアスは叫ぶ。
「なんとしても!
なんとしても切り札が必要なんだ!
それに、あの力なら、妹が助かるかもしれない。
お前たちも分かっているだろう!」
しかし仲間は首を振った。
「だからってよ……
他国の子供を強引に攫っていい理由にはならねぇよ。
それじゃあ、あの古狸どもと一緒だぜ。
ちび達、大泣きしてたぜ……
俺、罪悪感半端ないんだが……」
「他に何か方法はないのか?
例えば、他国に協力を求めるとか……
素直に言ってみればいいんじゃないか?」
ディアスは歯を食いしばった。
「だが……
古狸どもが、協力してくれた国を知ったら、報復するかもしれない。
この大陸でも指折りの大商店だ。
あの古狸の一声で、商品を止め、交易を止められる。
そのせいで、相手国を干上がらせてしまうかもしれない……。
迷惑で済むならまだいい……
戦争になるかもしれないんだぞ……!」
その時だった。
――コツ、コツ、コツ。
廊下を歩いてくる足音。
重く、威厳を帯びた足取り。
仲間たちが振り返る。
いつの間にか、
牢の前に一人の男が立っていた。
「……なるほど。
そういうことか」
その一言で、
牢獄の空気が凍りついた。
低く響く声に、
牢の中の全員が息を呑んだ。
フォレット領主――
レオンハルト・シルヴァラント。
礼装のままの姿は、
王都から戻ったばかりであることを示している。
その瞳は冷たく、しかしどこか哀しみを帯びていた。
ディアスは、
まるで見られてはいけないものを見られた子供のように、
肩を震わせた。
「き……聞いていたのか」
「聞くつもりはなかったが、
聞こえてしまったものは仕方がない」
レオンハルトは鉄格子に手を置き、
静かに言葉を続けた。
「第三王子殿下。
あなたの事情を、詳しく聞かせてもらえますかな」
ディアスは顔を背けた。
「そんな俺を……
マグリル王国が助けてくれるはずがない……
俺は……あの街に、あの子たちに……
ひどいことをしたんだ……
父上を……セイナ王国を……
救ってくれるわけが……!」
声が震えていた。
レオンハルトは、
遣ることなすこと問題ばかり起こす、
どんでもない不器用で、自分の国にを家族と助けるべく、
もがく青年を見つめ、その言葉を遮らず、ただ静かに聞いていた。
ディアスも、もう限界だった。
なりふり構わずやった結果、また自分は失敗をした。
自分は父王に、兄達に迷惑かけてばかりのこの状況……。
自分が情けなくて重い、静かに涙する。
そんな中で、
聞いてくれ、助けてくれる可能性のある者が黙って自分の聞いてくれる。
その状態に驚きつつも、胸の奥に押し込めていた、
いろいろな感情が、言葉が、溢れ出した。
「……俺が他国に助けを求めたら、
古狸どもは必ず手を貸した国に報復する。
交易を止め、商品を止め、
協力してくれた国を干上がらせる……
迷惑どころじゃない……
戦争になるかもしれない……!」
仲間たちが沈黙する。
ディアスは鉄格子に額を押しつけ、
声を震わせた。
「今、……妹が……
妹が、謎の病で寝込んでいるんだ。
最近、だんだん体調が悪化している。
弟二人と同じ……
“謎の病”だと……主治医に言われた。
父上は……
父上はもう限界なんだ……!
兄達も懸命に父上を支えている。
古狸のこと、謎の病の事も、調べようともしたが、
ことごとく先手を打たれた……!
もう、どうしていいのかわからないっ……!」
その声は、
怒りでも傲慢でもなく――
家族を失う恐怖に怯える、ただの青年の声だった。
「古狸どもが関わっているのであろう。
でも証拠がない……
証拠がなければ……
父上も兄上たちも動けない……
俺が……俺が何とかしなきゃ……
なのに……!」
拳を握りしめ、
涙が落ちた。
レオンハルトは、
その姿をしばらく黙って見つめていた。
そして、
静かに口を開いた。
「……殿下。
あなたは確かに愚かだ。
今回のやり方は許されるものではない」
ディアスは顔を歪めた。
「だが、あなたは“悪”ではなかったことが、私は嬉しい。
国を思い、家族を思い、必死に抗おうとしただけなのだな。
だが、もう少し友人たちの意見も聞いた方がいいぞ。
そこの者らは、どんなことがあっても殿下に付き添ってくれるのでしょうね」
ディアスの目が揺れた。
「あなたの行動は間違っていた。
だが、あなたの“想い”は間違っていない。
……いいでしょう。
ここは、大人のやり方というものをお見せしましょう」
レオンハルトの声は、厳しくも温かかった。
「殿下。
あなたの国を救うには、
あなた一人ではどうにもならない。
国王陛下の協力が必要だ。
そして、謎の病についても探らせよう。
証拠がでたら、専門家に見てもらい、薬を作ってもらおう。
そうすれば、妹さんは助かる」
ディアスは息を呑んだ。
「……マグリル王国の……国王が……?
た、助けてくださるのでしょうか……」
「あぁ、力になってくれるだろう。
私はすぐに王城へ戻り、陛下に会えるよう手配する」
レオンハルトは、
牢の中の青年をまっすぐ見つめた。
「だから殿下。
思い出せる限りのことを、すべて思い出しておけ。
古狸どもの動き、商会の不正、
王族暗殺の疑い、妹君の病の経緯……。
どんな些細なことでもいい」
ディアスは震える声で言った。
「……本当に……
助けてくれるのか……?
俺たちの国を……父上を……妹を……?」
レオンハルトは、迷いなく答えた。
「助ける。
ただし、殿下も償いと、戦う覚悟を持てください。
今度こそ間違えないよう。
まずは、妹君のことを優先しよう」
ディアスは、
ゆっくりと冷たくごつごつした石床に膝をつき、
深く頭を下げた。
「……お願いします……
どうか……セイナ王国を……父上を……妹を……助けたい。
その為に、どうか、力をおかしください……!お願いします……!」
いつのまにか、ディアスの仲間たちが
ディアスの後ろに横並びになり、
一緒にレオンハルトに頭を下げた。
レオンハルトは静かにうなずいた。
「……殿下。
あなたは、仲間に恵まれているな」
「不器用ですぐ突っ走るからな。
突っ走ったら、一緒に怒られてやる。」
「俺たちがいないと、不安になって泣いちゃうからな」
「しょうがない。支えてやるか」
「やり方はもう少し考えた方がいいですがね。」
仲間たちはなんだかんだと見捨てないでくれる……。
すると、レオンハルトが微笑み言う。
「必ず、陛下に伝える。
そして、古狸どもを追い詰めるための“包囲網”を敷くぞ」
その言葉は、
後にセイナ王国を揺るがす戦いの狼煙となった。




