3. 八重 世界の狭間へ流れ着く
八重は眠りと覚醒のあいだを、何度も何度もさまよっていた。
ふっと意識が浮上する。
体のまわりの感覚がかすかに伝わってくる。
ふわふわと柔らかい何かに包まれ、
頬に気持ちのいい風を感じる。
そして、ゆっくりと、どこかへ流れているようだ。
(あれから……どれくらい経ったんだろう)
(たしか私は、階段から落ちて……死んだはず。じゃあ、ここは……あの世?)
(もうあの人の近くに居たくない。あの人から遠い遠いところで来世を送りたい)
そしてまた眠り着く。
次に意識が浮上した時、
胸の奥から自然と願いがこぼれた。
(家族に……会えるのかな。会いたい……)
眠りと覚醒の波に揺られながら、
様々な思いが蘇っては消えていく。
(流されてばかりで、まだ家族には会えない。このまま進めば、会えるのかな)
気づけば、涙が一筋、頬を伝っていた。
(会いたい……会えたらいいのに)
その願いを胸に抱いたまま、また眠りにつく。
その間に流れている八重に変化が起こる。
宇宙の深い静寂の中で漂っているとき、
突然惑星の重力に引き寄せられるように、
雲ごと八重は、ある方向へと強く引っ張られていった。
それは誰かの差し金か、自然に起こる現象なのか、わからない。
けれど、深い眠りの中にいる八重は、まったく気づかなかった
誰にも気づかれることなく、しずかに起こった出来事だった。
***
意識が浮上したところで、
今間での流れている感じが止まっていることに気づいた。
(どこかにたどり着いたみたい)
立ち上がり、ゆっくりとまわりを見渡してみる。
足元は一面雲、雲、ずーっと向こうまで雲。
上を見上げると、青い空がずっと向こうまで続いている。
(なんか、青い空を見上げるのって久しぶりかも。
しかもこんな広い場所で見る青空って気持ちいいな~)
両手を空へ伸ばし、大きく深呼吸する。
体の奥まで空気が満ちていく感覚が、驚くほど心地いい。
「気持ちいいーーー!」
そこでふと思い出す、今の状況を。
(で、ここは……どこかな?)
何度もみまわしても、
雲と空しかない、不思議な空間。
(雲の上……! ファンタジーな状況だ!
もしかして!もしかして!この状況って!)
そして考える、
(小説のあるある設定では、神様が出てくるはずなんだけどなー。
今は誰もいないな~。)
(ここは、転生させてあげよう!
君はどんなスキルが欲しい?って流れだよね!)
「かみさまー!いませんかー!」
「…………」
(いないなー。おかしいなー。)
(あ、神様くるまでもう少しかかるのかな?)
(それじゃあ、欲しいスキルを考えておこうか!
聞かれたらすぐ言えるように!ふふふ!
まさか、自分が転生するなんて、思わなかった。
世界転生物を書いた人って、
実は異世界転生して、また地球に転生して戻ってきた人だったして!)
なんて、事を考えだしたら、
楽しくなってき八重は、一人ではしゃぎだす。
(よし、準備は必要だよね!
スキル!何がいいかな!
まずは、言語スキルね。
転生するなら、大丈夫。
でも、転移なら自動翻訳的なものは必須ね!
あとは、収納魔法ね、
これは絶対!時間経過しないやつ!それ必須!
あとは~、
やっぱり魔法は使いたいよね。
魔物があるかもしれないから、攻撃魔法は欲しい、
あと、ケガが怖いから、回復魔法も欲しいなー。)
(ほかは、そうね~。
戦闘はやっぱり怖いから、戦闘しなくても生活できるスキルもほしいな。
あとは、スキルじゃないけど、優しい人のところに転生したい。
転移でもいいけど、優しい家族が欲しい。
愛して、守ろうとしてくれた、前世のお兄ちゃん達みたいな人のところに行きたい。)
うんうん。再度うなずく。
(よし、とりあえずはそんなところだろうか)
(あー欲しいスキル多くて困る!
「欲張りですね。そんなにあげられません」って
言われたらどうしようー。
もう少し絞っておこうか…。)
ニマニマしながら考え続ける。
(そろそろ神様来る頃だろうか)
周りを見渡してみる。
……神様どころか、ひとっこひとりいない。
ただただ広い雲の上、
暖かい日差し、広い空。
気持ちのいい風が、八重をからかうように
髪を舞い上がらせる。
「…………………………。」
「神様来るんじゃないのーーーーーー!?」
ただただ広い場所で、叫ぶ八重だった。
しょうがないので、
ふてくされて座っていると、
その開放的な心地よさに包まれながら、
意識の瞼がだんだん重くなってきた。
そして、ぽふっと雲の上に倒れ込み、
意識を手放したのだった。
***
世界には、数えきれないほどの“世界”が存在する。
それは夜空に散らばる星々のように無限で、
ひとつとして同じ姿を持つものはない。
そして、そのすべての世界には
必ず一人の創造神がいて、
世界の始まりから終わりまでを静かに見守っている。
生態系の移りかわり、季節を運ぶ風、
この世界に満ちる、魔力の源であり、生命に活力を与え、成長を促すオーラ、
文明がどの方向へ進むのか、各種族の文化――
創造神が気にかけるものは尽きない。
しかし、創造神には絶対の掟があった。
「世界に直接干渉してはならない」
たとえ世界が揺らいでも、
たとえ小さな歪みを見つけても、
神は自ら手を伸ばすことはできない。
そのため、多くの創造神は、
“ほんの少し整えたいだけなのに” と、
もどかしさを胸に抱えている。
そこで、創造神に代わって世界を整える存在を創り出した。
各属性に一人だけ存在し、
風・水・火・土といった自然現象を自在に調整する「大精霊」。
その強さをもって、
神の依頼を成し遂げる神獣達。
それらと共に、
世界の守護者として役割を果たす。
そして、各種族に神からの天啓を伝え広める役を作らせた。
それが「神官」。
人々や魔物に関する注意やお告げを伝えたり、
世界に変化をもたらす者には“導き”を与える存在として。
こうして創造神は、
直接手を触れずに世界を整えるすべを得て、
見守り続けている。
***
世界はどれも違う。
それぞれが創造主の理想を形にした、唯一無二の箱庭だ。
魔物と魔法が満ちる世界もあれば、
地球のように科学が文明を押し上げる世界もある。
だからこそ、各世界へ転生・転移するには、
その世界の環境で生きられる体(魂) が必要になる。
それが得られなければ、存在そのものが保てない。
多様な世界の境界には、
それぞれ 「世界の狭間」 と呼ばれる場所がある。
そこは、次の世界へ向かう前の“待合室 兼 準備室” のような空間。
魂はここで今までの人生という長旅の疲れを癒し、
新たな世界に馴染むための調整を受ける。
***
ここは、セリアンへの続く世界の狭間。
その広大な空間の片隅に、
静かに、深く眠り続けていた。
誰かが近くを通っても、
雲に埋もれた人影に気づく者はいない。
どれほどの時が流れたのか――
八重にも、誰にもわからない。
やがて、眠る八重の魂がほのかに光を帯びはじめた。
ゆっくりと、しかし確実に変化が起こっていく。
八重の魂が、セリアンの世界に適応した姿へと作り変えられはじめたのだ。
本来なら、セリアンの創造主が現れ、
スキルの力の付加と体の作り変えと魂の適応が必要な神聖力を与えられ、
魂は一瞬で新しい世界に馴染むはずだった。
だが――
その創造主は今、この場にいない。
***
必要な神聖力を受け取れない八重は、
狭間にうっすら漂う神聖力を少しずつ吸収し、
セリシアから漏れ出ている少しのオーラも吸収し、
それでも足りない分は、自らが持っている魔力や魂の一部を削り、必要な力を集めるしかなかった。
その結果、八重の魂はゆっくりと縮んでいき、
やがて 2歳ほどの幼い姿 になったところで変化は止まった。
そして、集まった力が神聖力と変換され、
少しずつ吸収される。
こうして転生の準備が、
神に知られることなく始まった。
夢の中の八重は、自分の体が小さくなったことなど知らず、
前世の家族の夢を見ながら、にこにこと笑い、ころんと寝返りをうつ。
八重は幼い姿になったことで、
さらに気づかれにくい存在となっていた。
広大な狭間の空の下、
小さな魂は、静かに、ひっそりと眠り続けていた。




