33. その後
金色の光が完全に消え、
ギルドホールに静寂が戻ったころ――
オルソーのまぶたが、
かすかに震えた。
「……ん……ぁ……」
最初は弱々しい声だった。
だが、確かに“生きている”声だった。
椅子が引かれる音、足音、歓声が一斉に重なった。
「オルソー!!」
「オルソーさん!!」
「あなた……! あなた……!!」
仲間たちと奥さんがオルソーに駆け寄る。
オルソーはゆっくりと目を開け、
ぼんやりと天井を見つめたあと、
自分の腕に視線を落とした。
そして――
「……あ……れ……?
お……俺の……腕が……!」
たしか自分は腕は、魔物に持っていかれたはず…。
その腕が、元に戻っている…。
信じられないというように何度も触る。
指を握る。
開く。
手首を回す。
肘を曲げる。
そのたびに、
周囲の冒険者たちが息を呑んだ。
「……夢……じゃ……ねぇのか……?」
「オルソー……! 本当に……本当に良かった……!」
「あなた……! 生きて……生きて帰ってきてくれて…ありがとう…!
みんなも、オルソーを担いで帰ってくれて……本当に、本当に……ありがとうね!!」
奥さんは泣き崩れ、
オルソーの胸に顔を埋めた。
オルソーは自分が助かったことへの感謝を胸に、
震える手で奥さんの背中を抱きしめた。
「……俺……死んだと思った……
痛くて……寒くて……
もう……だめだって……みんなと会えないかと思ったら…
つらくて……悲しくて……でも……会えた…!!」
その声は涙で震えていた。
ギルドマスターがそっと近づき、
オルソーの肩に手を置く。
「よかったな、オルソー。
アレクが…大泣きしながら……自分が治すって頑張ったんだ」
オルソーはゆっくりとアレクの方を見る。
アレクはまだ涙の跡を残したまま、
小さな胸を張って立っていた。
「おるそーさん……
なおって……よかった……!」
その言葉を聞いた瞬間、
オルソーの目から大粒の涙がこぼれた。
その姿をみて、
アレクももらい泣きし出した。
「……アレク……
お前……お前が……
俺を……?」
ぐすっしながら、
アレクはこくんと頷く。
「うん……!
おれ、なおしたよ……!
もう……いたくないでしょ……?
また……よりみち……できるよ……」
そして、涙の跡を残したまま、にひっと笑う。
オルソーは顔を覆い、
声を上げて泣いた。
「……ありがとう……
本当に……ありがとう……
もう…痛くない…よ…
ありがとう…な……!」
仲間たちも、奥さんも、
ギルドの冒険者たちも、
その姿を見て涙を流した。
アレクは照れくさそうに笑いながら、
もう一度胸を張る。
「えへへ……
おれ、たたかえないけど……
みんなをたすけるのは……できるから……!」
ギルドマスターはその言葉に、
また涙をこらえきれず、
アレクをぎゅっと抱きしめた。
「アレク……
おまえ…こんなに小さいのに……かっこいいな……
お前は……このギルドの誇りだよ……!
ありがとうな…」
オルソーは涙を拭いながら、
震える声で言った。
「アレク……
お前には大きな借りが出来た。
困ったことや、手伝えることがあれば、
いつでも呼んでくれ。精一杯、力にならせてもらう!
そして、何があっても……俺は……お前を守るから…!」
その言葉に、
ギルドホール中の冒険者たちが頷いた。
(この子は……絶対に守る)
その決意が、
ギルド全体に静かに広がっていった。
***
ギルドマスターに抱きしめられ、
冒険者たちからの感謝と安堵の空気に包まれていたアレク。
けれど――
その小さな体は、限界に近づいていた。
「……ん……?」
アレクのまぶたが、
ゆっくり、ゆっくりと重くなっていく。
さっきまで胸を張っていた背中が、
ふにゃりと力を失い、
ギルドマスターの腕の中に寄りかかった。
「アレク……? どうした……?」
ギルドマスターが覗き込むと、
アレクはぽやんとした顔で、
とろんとした目をしていた。
「……なんか……ねむ……い……」
その声は、眠さで力が抜けてふわふわしていた。
「そりゃそうだ……あんな魔力を使ったんだ……」
近くの冒険者が呟く。
ギルドマスターはそっとアレクを抱きしめた。
アレクは首をこてんと頭をギルドマスターの胸に預ける。
「……おれ……
みんなのちからになれる……のが……うれしい……
神様……ありがと……」
アレクはそういうと、意識を手放した。
ギルドマスターはアレクの頭をそっと撫でた。
「アレク……よく頑張った」
ギルドマスターは
その小さな体をそっと抱きしめた。
「……寝ちまったか……」
ギルドマスターは、
眠るアレクの頬にかかった髪をそっと払ってやりながら、
静かに誓った。
(……この子は……絶対に守る。
どんな脅威が来ようとも……
銀翼たちと共に俺も……守り抜こう……)
アレクは、
その誓いを知ってか知らずか、
安心しきった顔で、すやすやと眠っていた。
ギルドマスターはアレクをしっかり抱きしめたまま、
アレクを起こさない音量でまわりに伝えた。
「全員、道を開けろ!!
アレクを医務室に運ぶ!!」
その声に、
冒険者たちは一斉に左右へ散り、道を作った。
ギルドマスターがアレクを医務室のベッドに寝かせ、
いまだに騒がしいギルドホールに戻った。
「……全員、聞け。
アレクは……銀翼が預かっているが、
我らギルドの仲間でもあり、我らギルドの子でもある。
この情報は、いつかどこかからか漏れるだろう。
すると、アレクを目当てで来る奴らも現れるかもしれない。
その時は、奴らからアレクを守れ!
アレクは俺らをその力で守るといった!
ならば、そんなアレクは我らが守ろう!」
その言葉に、
ギルドホール中の冒険者が力強く頷いた。
「おう!!」
「当たり前だ!!」
「アレクは俺たちの、ここのギルドの子だ!!」
「命を救ってくれたんだ……今度は俺たちの番だ!!」
――アレクを守る。
この小さな小さな英雄。
その決意が、
ギルド全体に静かに、しかし確かに広がっていった。
***
その頃、ギルドマスターの部屋のソファに寝ていたヒナが、
異変に気付き、むくっと起きた。
おにいちゃんがいない……。
ヒナには、それだけで胸がぎゅっと苦しくなるほど不安だった。
「あら、ヒナちゃん、起きたの?」
受付嬢さんが優しく声をかけてくれる。
「おにい…ちゃ…は?」
ヒナは今にも泣きそうな顔で、目を潤ませて聞いた。
「アレク君は、今、医務室で寝ているわ。
どこも悪くないから、大丈夫よ」
その言葉を聞いた瞬間――
ヒナはソファから飛び降りた。
「……いく!!」
小さな足で、ぱたぱたと廊下を駆け出す。
受付嬢さんが慌てて追いかけるが、
ヒナは幼児とは思えないほど早かった。
「ヒナちゃん、待って! 走ると危ないわよ!」
ヒナは聞こえていない。
ただひたすらに――アレクの元へ。
***
医務室の扉を開けた瞬間、
ヒナの目に飛び込んできたのは、
ベッドで静かに眠るアレクの姿だった。
「……おにいちゃ……!!」
ヒナは叫ぶように名前を呼び、
次の瞬間にはアレクのすぐ近くに来てアレクを覗いていた。
ギルドマスターが驚いて振り返る。
「ヒナ!? 危ない、アレクは――」
だがヒナは、
アレクの腕にぎゅうっとしがみついたまま、
離れようとしなかった。
「やだ……やだ……
おにいちゃ……いなかった……
こわかった……!」
そう言うなり、ヒナはアレクの布団にもぐりこみ、
もぞもぞしながら、アレクの胸に抱きついた。
アレクは眠っている。
けれどヒナは、
その胸に顔を埋めて、
小さな肩を震わせながら泣き続けた。
ギルドマスターはそっとヒナの頭を撫でた。
「アレクは大丈夫だ。
ヒナのお兄ちゃんは……強い子だ」
ヒナは涙を拭いながら、
アレクの胸元の服をぎゅっと握った。
「……ここ……いる……
ヒナ……ここにいる……
おにいちゃ……ねんねしても……
ヒナ……はなれない……」
その声は震えていたが、
強い決意がこもっていた。
ギルドマスターは微笑んだ。
「……そうか。
じゃあ、アレクのそばにいてやってくれ」
ヒナはこくんと頷き、
「……おにいちゃ……
ヒナ……ここにいるから…あんしんして……ねんねしてね……」
アレクの穏やかな寝息が、ヒナの震えを少しずつ落ち着かせていった。
やがてアレクの胸の上で、
すぅ……と眠りに落ちていった。
アレクの寝息と、
ヒナの小さな寝息が重なり合い、
医務室は静かで温かい空気に包まれた。
ギルドマスターはその光景を見て、
胸がじんわりと熱くなるのを感じた。
(……この二人は……
支え合っているんだな……)
そしてそっと、
二人に毛布をかけてあげた。




