32. アレクの軌跡と余波
今回、重症の怪我人の治療のシーンがあります。苦手な方はスルーしてください。
受付嬢からの知らせを受けて、
ギルドマスターは椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がり、
一階へ駆け下りていった。
アレクも、止めようとする受付嬢の手をすり抜け、
小さな足で必死に階段を降りていく。
***
一階のギルドホールに足を踏み入れた瞬間、
鉄の匂い――血の匂いが鼻を刺した。
アレクは恐ろしい匂いに身を固くし、
何があったか分からない恐怖に震えた。
ざわめき、怒号、泣き声。
いつもの朝の喧騒とはまるで違う、
張りつめた空気がそこにあった。
ホールの中央には、
冒険者たちに囲まれて横たわる一人の男。
「回復魔法が使えるやつはいないか!」
「頼む……頼むよ……!」
「お願いだ、こいつを助けてくれ!」
仲間たちの声は震え、涙で濡れていた。
必死でまわりに願うも、叶えられる者はいなかった。
ギルドマスターは冒険者たちを押しのけ、
怪我人のそばへ膝をつく。
アレクもその横にたどり着き、
倒れている男の顔を見た瞬間、息を呑んだ。
――朝、笑って手を振ってくれた
“月影の寄り道団”のオルソーさんだった。
「おる……えっ?」
だが今は――
肘から先が、無くなっており、ぐったりして意識もなかった。
止血はされているが、血はまだ滲み、
顔色は紙のように白い。
荒い息は、か細くなり、今にも途切れそうだった。
「お……おるそーさん……」
アレクの声が震え、涙がぽろぽろと落ちる。
小さな手が、ぎゅっと握られて震えていた。
(アレクもついて来ちまったか……)
ギルドマスターはアレクを心配げに見つめる。
「ギルマス!どうにか……どうにかこいつを助けてくれ!!」
「ポーションは全部使った!でも……効かねぇんだ……!」
ギルドマスターは歯を食いしばり、
周囲に向かって怒鳴った。
「誰か!回復魔法が使える者はいないのか!!」
回復魔法が使える者は少ない。
まして、この重傷を扱える者など――ほとんどいない。
その声がギルド全体に響いた瞬間――
アレクの中で、何かが“カチッ”と噛み合った気がした。
(……回復……そうだ。
セルシオス神が……俺に……くれたんだっけ……)
胸の奥が熱くなる。
両手がじんわりと温かくなる。
アレクは涙を拭い、
両手を見つめた。
柔らかい金色の光が、手のひらから漏れ出していた。
(……できる……! おれ、治せる……!)
「おれが! おれがなおすっ!!」
アレクは泣きながら叫び、
オルソーのそばに膝をついた。
「え……アレクが……?」
「まさか……」
「子どもが……?」
冒険者たちがざわめく。
アレクは震える声で言った。
「ぐすっ……おるそーさん……
いま……おれが……ぐすっ……なおしてあげるから……!」
そして、両手をオルソーに向けた。
(詠唱なんか知らない。
前世の異世界転生もの、たしか必要なのは“創造力”って言ってた。
それでやってみよう!)
「おるそーさん……
なおれーーーーー!! なおれーーーーー!!」
(神様がくれたんだから、細かいところは何とかしてくれるはずっ!)
その瞬間――
ギルドホールの空気が、一瞬だけ止まった。
次の瞬間、
アレクの両手から溢れた金色の光が、
まるで祝福の雨のようにオルソーへ降り注いだ。
「なっ……!」
「金色の光が……!」
「なんだ、この魔力……!」
光は優しく、温かく、
まるで命そのもののように揺らめきながら――
失われた腕を、静かに“再生”させていく。
皮膚が、筋肉が、骨が、
金の光の中で形を取り戻していく……。
それは、
“魔法”というより――
奇跡だった。
ギルドホールにいた全員が、息を呑んで固まった。
「……うそ……だろ……」
「腕が……戻って……」
「再生魔法……? いや、あれは……」
「詠唱も……してない……?」
誰かが呟いた。
***
光がオルソーから離れたあとも、
温かい金色の余韻がギルドホール全体にふわりと広がった。
「……あれ……?」
「おい……俺の肩……傷が……消えてる……!」
「足の腫れが……引いてる……?」
「嘘だろ……こんなの……回復魔法じゃねぇ……」
周囲の冒険者たちの軽傷・中傷までもが、
静かに癒えていく。
ギルドマスターは息を呑んだ。
(……範囲回復……?
いや、そんなレベルじゃない……
“存在そのものが癒しを放っている”……?
こんな魔法……聞いたことがない……)
冒険者たちの胸に、
強烈な保護本能が湧き上がった。
(この子は……守らなきゃいけない)
(利用しようとする奴が出る前に……)
(ギルドで……絶対に守る……!)
光が完全に収まると、
オルソーの呼吸は落ち着き、腕は元通りになっていた。
アレクはその姿を見た瞬間、
堰を切ったように泣き出した。
「うわぁぁぁぁぁん!!
おるそーさん!! よかったぁぁぁぁ!!
なおせてよかったよぉぉぉ!!」
オルソーの仲間も、奥さんも、
涙を流しながらアレクを見つめた。
ギルドマスターはアレクの肩を掴み、
震える声で言った。
「アレク……
こいつを救ってくれて……
本当に……ありがとう……ぐすっ!」
アレクは涙を拭いながら、
小さな胸を張った。
「えへへ……
ぐすっ……
おれ、みんなといっしょに、まだ、たたかえないけど……
こうやって……みんなをたすけられて……
よかった……!」
そして、幸せそうに笑った。
その言葉に、
ギルドホール中の冒険者が涙をこぼした。
「これからは……
おれがみんなをまもるからね!!
けがをしたら、ちゃんとおれをよぶんだよ!」
小さな体で、
大人たちを守ろうとする宣言。
ギルドマスターは涙をこらえきれず、
アレクをぎゅっと抱きしめた。
「あぁ……頼もしい限りだ……そうするよ……
アレク……ありがとう……!」
その瞬間、
ギルドの全員が思った。
――この子は、
神に遣わされた子に違いない。
絶対に守らなければならない。
まあ、実際そうなんだが。
そして、まわりの傷が治っていることに気づいたアレクは、
自分がてんぱって力を使い過ぎたと反省した。
(使い分けって必要だよね。1人を回復させる時は調節が必要だな)
と、今になって思うのだった。




