31. 冒険者ギルドの朝ごはんと、不穏な予兆
アレクとヒナは、
銀翼が緊急依頼で街を離れている間、
冒険者ギルドの2階にある客室に寝泊まりしている。
客室は全部で4つ。
ギルド関係者や、遠方から来た冒険者のために用意された、
木の香りが残る、シンプルで居心地のいい部屋だ。
トントンッ
「入りますよ」
その一室に泊まらせてもらっている二人のもとへ、
今日も受付嬢が朝の支度を手伝いに来てくれた。
実はこの“朝の当番”は、受付嬢たちの内で大人気。
本気のジャンケン大会で日替わり当番が決まるほどだ。
窓が開けられると、
街の石畳や木を撫でるような爽やかな風がスーッと入ってくる。
鳥たちの鳴き声も、耳に心地いい。
遠くで、街の中央にそびえる大鐘塔が、
朝の6時を告げる澄んだ鐘の音を響かせた。
「アレク、ヒナ、朝ですよ」
カーテンを開けると、
朝日が差し込み、部屋の木目が金色に光る。
「まぶしっ!ん~……あと5分……」
「あうっ……うー……」
二人は布団の中で丸まったまま、もぞもぞ動く。
「もう朝鐘が鳴りましたよー。
お着替えして、酒場でご飯食べましょう。
オルメルさんが用意してくれてますよ」
その言葉に、アレクの耳がぴくっと動いた。
「!!ごはん!」
「ごーあーんーー!」
アレクは跳ね起き、
ヒナは“ごはん”の一言でのったりと起きる。
アレクは自分でぱぱっと着替えを済ませ、
ヒナは寝ぼけてふらふらしながら、
受付嬢に優しく着替えさせてもらう。
最後に“ぎゅー”をしてもらうと、
ヒナはようやく目がぱっちり開いて、
はしゃぎながら、お返しの”ぎゅー”をする。
これが受付嬢たちの楽しみの一つとなっている。
階段を降りると、
この時間はすでにギルドのホールは冒険者でいっぱいだ。
依頼掲示板の前には人だかりができ、
革の装備が擦れる音、武器の金属音、
朝のざわめきが混ざり合っている。
酒場からは、パンを焼く香ばしい匂いが漂ってくる。
お腹がぐぅ、と元気に鳴った。
「おー!アレク、ヒナ!おはよう!」
「あ、”月影の寄り道団”のおにいさん!これからいらい?」
「あぁ!いい依頼があったからな。これから討伐に、いってくるぞー!」
「いってらっしゃーい!
あまりよりみちすると、うけつけのおねえさんにおこられるからねー!」
「うっ……言われちゃったな……」
「寄り道はいいんだよ!新しい発見がある!」
「そうそう、枠にとらわれちゃいけねぇんだよ坊主!」
「でも怒られるのは嫌だから、今日はちょっとだけにしとくか!」
わはは、と笑いながら出ていく彼らに手を振り、
二人は酒場へ向かった。
***
「おう、来たか!アレクにヒナ!おはようさん!
朝飯できてるぞ!」
豪快な声で迎えてくれたのは、
ギルド酒場のマスター オルメル・ダンロフ。
大柄で肩幅が広く、腕は丸太のように太い。
元冒険者らしい体格だが、
料理好きで食べ歩きもするせいか、
お腹はぽっこりしている。
笑うたびに肩が揺れる。
赤茶の短髪に、こまめに剃られた髭のない顔。
厳つい顔なのに、笑うと一気に優しくなる。
「おるめるさん、おはようございます!おなかすいたー!」
「おはよ……ごじゃい……ますっ!」
元気に挨拶して子供用の椅子に座らせてもらうと、
ふわっと湯気の立つ朝食が並べられた。
外はカリッ、中はもちっとした焼きたてパン!
野菜の甘みがぎゅっと詰まった温かいスープ!
半熟の目玉焼きと、上には、トマトを煮詰めた甘酸っぱいソース!
小さく切ったチーズと、柔らかいハム!
パンはそのままでもおいしいが、
スープに浸すとふわっと柔らかくなり、
ヒナでも食べやすい。
アレクは目玉焼きを一口食べて、
「んんーーー!!」と幸せそうに目を細める。
ヒナはスープを両手で持って、
「おいち……」とぽそっと呟く。
オルメルはその様子を見て、
腕を組んで満足げにうなずいた。
「「ごちそーさまでした!!」」
「オルメルさん、すごいおいしかった!もうはいらないー!」
「おいちかった!!」
どれも少量だったが、2人には十分だった。
「おう、そうかそうか……
今日は甘いもんもあったんだがなぁ……」
わざとらしく肩を落とすオルメル。
「た、たべるよ!あまいものはべつばらだよ!!」
「あ……あまい……もの……たべりゅ!」
「はっはっは!そうこなくちゃな!」
オルメルは豪快に笑い、
甘い果物を小皿に入れて持ってきてくれた。
全部食べ終えた二人は、
お腹をぽんぽん叩いて“まんぷく”を伝える。
「あはは!それはよかった。
しっかり食って、早く大きくなれよ~」
そう言われて、
二人はお腹を揺らしながらギルドマスターの部屋へ向かった。
***
ギルドマスター室に入ると、
いつもは豪快に笑うギルドマスターが、
眉間に深いしわを寄せ、書類を持つ手がわずかに震えている。
部屋の空気が、さっきまでの酒場とはまるで違う。
静かで、重い。
窓の外から聞こえる街のざわめきが、逆に遠く感じるほどだ。
ヒナはお腹いっぱいで、
ソファによじ登ると、ぽすんと横になり、
眠そうに目をこすって、すぐに寝てしまった。
アレクはギルドマスターの横に椅子を引き寄せ、
椅子の上に立って書類をのぞき込んだ。
その気配で、ようやくギルドマスターが顔を上げた。
「お、アレクじゃないか。もう朝飯はくったか?」
「うん。もうお腹いっぱい」
アレクはお腹をぽんぽん叩いて“まんぷく”を伝える。
ギルドマスターは一瞬だけ笑ったが、
すぐに真剣な表情に戻った。
「……そうか。
いやな、最近、森の様子が異常なんだ」
声が低い。
普段のギルドマスターとは違う“冒険者の声”だった。
静かに話し始める。
ここ数日、森の浅い場所に出る魔物の数が急に増えたこと。
本来なら奥にしかいないはずの強い魔物が、
浅い場所で発見されている。
中には、逃げきれなくて重傷を負った者も出ている。
銀翼への緊急依頼も、
この異変と関係している可能性があるという。
「向こうで討伐してるから、魔物がこっちに逃げてきた……
そういう線もあるがな」
ギルドマスターは腕を組み、
書類を見つめながら低く唸った。
「何にせよ、今は銀翼がいない。
強い冒険者も数人、助っ人で向かってしまっている。
……だが、それだけじゃないんだ」
ギルドマスターは、アレクに聞こえないように心の中で考える。
(黒いオーラの活発化の影響が出ているのかもしれない)
アレクは不安になってきた。
ギルドマスターの声が、どこか震えているように聞こえた。
アレクの胸がきゅっと縮んで苦しくなる。
「ぎるどのみんな、だいじょうぶ……だよね」
アレクの小さな声に、
ギルドマスターはゆっくりとうなずいた。
「あぁ。大丈夫だ。みんなも強いからな!
だが……念のために準備はしておこう」
ギルドマスターは机の上に紙を広げ、
何かのリストを書き始めた。
その手の動きは速く、どこか焦りが滲んでいる。
その時だった。
――ドタタタタッ!
廊下を走る音が近づき、
次の瞬間、ドアが激しく叩かれた。
「ギルドマスター、緊急です!失礼いたします!」
受付嬢たちのまとめ役のお姉さんが、
息を切らしながら飛び込んできた。
「ギルドマスター、大変です!
森に行った冒険者が、重傷を負って担ぎ込まれました!
現在、回復できる者がいません!!」
ギルドマスターの表情が一瞬で険しくなる。
――嫌な予感が、当たってしまった。
部屋の空気が、張りつめた糸のように緊張した。




