【閑話】藤ノ宮 真理子(八重との出会い)
八重を引き取った藤ノ宮真理子という女性は、
背が高く、細身でありながら圧倒的な存在感があった。
濃い茶色の髪をきっちりと結い上げ、
高価な髪留めで固定するのが真理子のスタイルのようだ。
背筋を伸ばした姿勢は隙がなく、
あらわになっている長い首筋のすぐ近くには大ぶりの高価そうなピアスが揺れている。
その姿は凛としていて視線を引いた。
瞳には野心が宿し、わずかに吊り上がった目じりは、
芯の強さと共に、冷静さと攻撃性を同居させる。
気の弱い者は見ただけで委縮してしまうほどだった。
化粧は“女性の戦装束”と呼ぶにふさわしいく完璧さで、
高価そうなスーツをきっちり着こなした姿は、
まさに“完璧な女社長”そのものだった。
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ホテル業を営む祖父と、その跡継ぎである父に溺愛され、
富と名声を産まれた時から持つ、
サラブレットな“やり手の女社長”として知られていたが、
実力は本物で、今の真理子が経営する会社は、
父の伝手で管理することになった小さな会社であったが、
真理子が社長になったとたん、
どんどん業績を上げて大会社となった。
これは真理子を溺愛する祖父や父親も
「さすが我が一族の子!」とべた褒めしていたという。
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ビジネス誌にも定期的にインタビューが掲載されるようになり、
女性向け講習会では講師として登壇するほどの影響力を持つ。
講習会では、
「男性に負けない女性の在り方」
「前向きに生きるための思考法」
といったテーマを語り、多くの女性が憧れの眼差しを向けた。
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しかしそれらは実際、真理子が理想とするものではけっしてなかった。
本当は、誰もがその美しさに振り返り、
誰もが憧れを抱くような、
圧倒的な存在感を放つモデルになりたかった。
真理子の家は昔からの名家で、
祖父と父に溺愛されていたため、
欲しいものはいつでも手に入った。
反対に、気にくわない者がいれば、
いつのまにかまわりからいなくなった。
そんな環境で育ったため、わがまま女王気質に育ってしまった。
そんな真理子が、なりたくても、どうしてもなれなかったもの。
それがモデルであった。
***
学生の時、知り合いの令嬢にお気に入りのブランドのイベントに招待されて行った。
そこに中央に大きな道がまっすぐ伸びており、その両側に人が多く座っていた。
そんな場所の一番前の列に自分の席があり、そこに座ってイベントの開催を待つ。
すると、手足の長い、背も高いモデルが堂々と新作の衣装を着て歩いてきた。
その姿は、その場全員の視線を独り占めし、
颯爽と歩きながら「私を見ろ!服を見ろ!」「私から目を離すな」
という強い意思が感じられる歩みだった。
その視線を浴びているモデルは、
特別な存在であり、両側に座っている客は、その姿に、そのしぐさに、
そのウォーキングに圧倒される。
両側の客たちは、そのモデルのまとう雰囲気に圧倒され、
一時も見逃がすまいと熱い瞳をむける。
真理子に、自分もそのステージに立ちたくなった。
自分もその場を支配するような特別な存在になりたかった。
それからというもの、家に帰った後も、
学校の授業中も頭も、その光景が頭から離れなかった。
***
それからは、真理子の行動は早かった。
年齢も考えれば、遅いくらい。
でも、頂点に立ってみせると、お得意の強引な手段でモデル業界に殴りこんだのだった。
***
あの時のモデルのようになるべく、
本人も努力はしたが、
もう一歩で手が届きそうなところで、
他の事務所のモデル達にかっさらわれた。
経営業の方が才能がモデルよりもあったというのもあるが、
なによりも、そのわがまま気質と、年齢的なものが大きかった。
遅咲きということで、早く自分の求める頂に達したいと努力はした。
したが、年齢的なもので、自分が目指しているジャンルの道に進みづらくなっていった。
まわりには若く、才能にあふれる子がどんどん出てきて、
年齢的の問題もなく、生き生きと自分を魅力を開花させていく中、
真理子はどんどん埋もれていくこととなった。
いつものように強引な手段を取り、
気分とわがままで自分の主張を押し付ける真理恵を、
これ以上、上からの圧力がのしかかろうと無理だと
デザイナーが拒絶しはじめたことと、
デザイナーに従順でリスエストに文句も言わず
真正面に仕事に取り組む他の若いモデル達の姿勢を
デザイナーが好んだ為である。
モデルの間では、真理子のそんな強引な手段を見て、
「歳だから焦っているのよ」
「デザイナーさんの感性を足蹴にするなんて何様のつもりなのか」
という陰口もあっというまに広まってしまっていた。
そんなことを耳にするたびに、真理子は怒りに顔がゆがませたのだった。
***
結局その後、モデルを引退し、
父の伝手で、社長業を行うことになり、
社長としてやり手だと名は浸透してきた。
社長業では、うまくいってもあの時のような高揚感は感じられなかった。
そして、あの高揚感を手に入れたいと今でも思う。
「そのうち、見返してやる・・・」そっとつぶやくのだった。
真理子は、誰にも聞こえないようにモデル業界に返り咲きの野望を小さくつぶやいた。
***
モデル業界を引退はしたが、
その野望を捨てきれず、返り咲く為の「何か」を常に探していた。
そんな中、真理子に親戚から朗報が届いた。
遠い親戚だが、家族旅行中に車が突っ込み、家族全員なくした12歳の女の子がいること。
現在、そこを誰が引き取るかで親戚一同で話し合いが行われていること。
その子は、12歳の女の子で”八重”という。
とても容姿がよく、それを活かせば将来有望そうであること。
「あなたの探していた”きっかけ”になるのではなくて?」
そうして、親戚から1枚の写真がメールで送られてきた。
真理子はその写真に写っている八重を見て歓喜した!
自分の野望を叶えるための”コマ”を見つけたと思った。
これは神から与えられたチャンスなのではないかとさえ思えた。
***
それからは真理子の行動は早かった。
葬儀の前日。真理子はすでに動いていた。
まず「誰が八重を引き取る可能性があるか」を調べた。
普段から交流のある親戚が数人。
特に、八重の母方の叔母は八重と親しく、とても可愛がっているのだという。
最も“邪魔”になる存在だった。
(先に潰しておく必要があるわね)
***
真理子はその親戚に電話をかけた。
言葉遣いは丁寧に、しかし逃げ道を与えないように高圧的に。
「八重さんの引き取りについてお話したいの」
親戚は戸惑いながらも話し合いに応じた。
この話し合いで、
親戚を黙らせるために、3つをあげた。
1. 経済力の差を突きつける
私の家がホテル業を営み、私も大きな会社の経営を行っている為、
経済力には困らせることはない事をあげ、
また、八重ちゃんにかかわる今後かかるであろう数字をあげていく。
・学費
・生活費
・進学の可能性、進路により私立への進学も考慮
・精神的ケアの必要性、必要により専門家にも依頼できる環境
・将来の夢が出来た時、惜しみなく手助けできる経済力と伝手。
そして、”心から八重を思っていますよ”な言葉を添える。
「私は急に家族を亡くし、無気力な今の状態から少し立ち上がれるように
サポートしてあげたいの。まずは、心のケアから。
そのあと、やりたいことを探してほしいの。
そして、そのやりたいことが出来た時は、それを後押しできる環境を私なら整えられる」
叔母は沈黙した。
反論できる材料がない。
(まず一つ)
2. “責任”という言葉で追い詰める
真理子は話つづけた。
「八重ちゃんは、まだ小さい。これから長い人生を生きるのよ。
中途半端な覚悟では務まらないわ」
“覚悟”
“責任”
“将来”
重い言葉を選んで、相手の心を圧迫する。
叔母は分かってはいるものの、改めて言葉として聞くと焦りと戸惑いを見せた。
「もちろん、私たちだって八重ちゃんを――」
「本当に?
あなたの家庭に、そこまでの余裕があるの?貴方方のお子さんもおられるのでしょう?」
声は穏やかだが、逃げ道はあたえない。
叔母は再び黙った。
(二つ目)
3. 周囲の親族にも根回し
私は葬儀前に、他の親族にも連絡を入れた。
「私が引き取る方向で考えているわ。
貴方方には負担はかけないし、
「後になってから、やはり家では…」なんて言わないから安心して」
“負担はかけない”
この一言で、ほとんどの親族は黙った。
(責任を押しつけられるのは誰も嫌う)
さらに、
「八重さんの将来のために最善を尽くす」
と強調しておいたら、大概の親戚は納得した。
(これで包囲完了)
***
こうして、葬式当日、
実際に八重を見て改めて容姿の良さに驚いた。
(これは本当によい”コマ”を手に入れたわ)
「八重ちゃん、私が八重ちゃんを引き取ります。
藤ノ宮真理子といいます。
今日から私が家族よ。私と一緒に帰りましょうね」
八重の母方の叔母という親戚が
直後にが震える声で「待って」と言ってきたが、
どうすることもできず、
だれも口を出すこともなく、
遠目から見ているだけだった。
もう他の親戚の根回しはついているのだから。
(勝負はついた)
私は八重の手を取り、そのまま会場を後にした。
***
やり手の社長と言われるだけあって、
ただ強引なだけな真理子ではなかった。
時に狙うものを確実に得るために
冷静に物事を判断することもできる女性であった。
こうして真理子と八重の生活が始まるのだった。




