なんで勇者を助けているのだろうか?(過去)
「あんた、何をしているのかしら?こんなところで?」
グレースは、壁に背を持たせかけて、腕を胸の前で組んで、それは相手を挑発するような、待ち受けていたような言ったのは、勇者の部屋に向かう廊下を一人歩いている宮廷侍女にだった。
「いえ。勇者様のお部屋にお飲み物をお届けしようとしていたところです。」
確かに、飲み物を捧げ持っていた。小柄な、金髪の、大人しそうな、それていて完璧な、無駄のない動きのない、侍女としてだが、なかなかの美人な女だった。
「そうなの?でも、私にはなんか臭うのよね、あんたに。どう、あんたは?」
と彼女の後ろに視線を向けた。
「うん、バンバン臭うよ。怪しい臭いがするよ。侍女以外の、素人じゃない、その筋の匂いがね。」
彼女の後ろにフィエラが立っていた。既に戦う気、というか、この侍女を弄ぶ気満々だということが感じられた。
「いい加減、あの馬鹿、諦めればいいのにね。もう、何人暗殺者も死んでしまったというのに。もうそろそろ、自分がやばい事になりそうだということが分からないのかしらね。」
と微笑みながら、その侍女を見つめた。
「何を馬鹿なことを。」
そう言いながら、時事よは身体強化魔法を発動していた。その雰囲気を感じ取った2人は、同様に戦闘モードに入った。
「やるつもり?私達は手強いわよ。勇者ほどではないけどね。」
「もうやってしまおうよ。」
侍女は、どこからともなく短剣2本を取り出して、無言のまま襲い掛かってきた。
瞬殺だった。前と後ろから、短剣を弾き飛ばされて体を袈裟懸けにされ、後ろに拳と蹴りを叩きつけられた。血を吹き出して、床に倒れた。その間も無言だった。
「一瞬だったね。まあ、あたいたち2人がかりだからしかたがないか。」
「ふん。暗殺者が正面から戦うことになったら、もうお終いさ。」
「全く、今度は勇者を助けることになるとはね。」
「今度は?前は何をしたのさ?」
グレイスのつい呟いてしまった言葉に、フィエラが素早く反応した。
「さ~て、どういうことかな~。もしかしたら、前世で勇者を暗殺したのが私かもしれないな~。」
と咄嗟に冗談を言っている風に答えるのがいいと判断した、下手に説明するよりも。
「あんたも冗談を言うんだ?でも、あんたならやりそうだね。」
と彼女は悪態を交えつつ返した。
「ふん。お前も片棒を担いだことがあるんだけどな。」
と心の中でグレイスも悪態をついた。
この日、別ルートで潜入して勇者を襲った、襲う事のできた暗殺者がいたが、もちろん返り討ちにあった。ただし、殺されなかった。そのまま・・・彼の信奉者になってしまった。もちろん、暗殺者は辞めた。その彼女を、勇者と聖女が面倒を見ることになったのだが、彼女の口から勇者暗殺の陰謀が語られることになった。
勇者パーティ―とそれを支援する騎士団、加わった魔族の軍が帝都に凱旋した時点で、本当は勝負がついていたのだ。ここで勇者を暗殺することは、それが成功したとしたとしたら、大変な問題になってしまう。急死した、などと言っても、色々な思惑をもつ集団がいるから、簡単に収まるものではない。最後には追いつめられるだろう、彼はそれが分からなかった。勇者は、彼の陰謀を未遂状態であったら、黙っていたろう。しかし、暗殺者とは言え、正当防衛とはいえ、何人、いや十数人、もっとか、を殺してしまったこと、何とか一命はとりとめたもののパーティーメンバーやたまたまそこにいた侍女なども大きな怪我を負ったこともあっては、その処罰なりを求めざるを得なかった。
勇者ほはじめ魔王討伐の恩賞が与えられ、民衆の歓呼を受け、さらには魔族の一部との和平、提携も無事に、勇者と聖女、賢者が結構苦労した、グレイスまで説得に借りだされたが、締結された。そして、勇者と聖女の結婚式も盛大に帝都で行われた。
「ほ、本当に勇者様と聖女様だー。」
「あなた。そんなに狼狽えないの。落ち着きなさい。」
ルーアンの地に領地が与えられ、伯爵となっていたグレイスは、慌てふためき、狼狽さえしている夫を窘めた。素朴な感じはあるが、なかなかのイケメンで、誠実を絵で描いたような、騎士としてもなかなかの腕前のある赤髪の男だった。ちなみに彼女より年下だった。
「勇者様。聖女様。お久しぶりです。」
しっかりと女伯爵ぶりが板についた、動きやすいが、優雅なドレスを着たグレイスが勇者と聖女を迎えた。2人も領地を与えられていた、準侯爵として、が魔界での揉め事や魔獣退治、時には聖獣崩れの退治などに各地を時々巡っていた。だから、冒険者のような身なりだった。それが、かえって輝いてさえ見えた。
「また、旅に出たのですか?今回は流石にお供は出来ませんよ。」
と腹をさすってみせた。少し膨らんでいる。夫との子供である。魔王討伐の帝都への凱旋後、2度ほど勇者達の旅に加わったことがあった。
ちなみに、獣耳のフィエラは領主という性格ではなかったので、子爵と言う身分と報奨金を貰い、勇者と聖女のそばにいた。結婚したが、その夫とは時々けんかをしては勇者に仲直りの仲介してもらっているようだった。グレイスが参加した時も、彼女は勇者と聖女の傍らにいた。今回も、先に様子見に行きつつ、どこかではめをはずしているのだろう、と彼女は思った。ただ、ひどくはめをはずすことはなかったから、
「あの馬鹿も成長したようだな。」
とグレイスは考えていた。
「いや、今回は君達の結婚のお祝いと懐妊のお祝いに来たんだよ。まあ、ついでに色々な頼まれごともやるつまりではあるけどね。」
勇者は、嬉しそうにグレイスと夫を見た。2人の結婚式には、魔界での新魔王を宣言した一団の反乱鎮圧に出向いていて、2人は出席できなかったのである。
「今回は、私から神の加護と癒し、祝福をさせていただきますよ。」
聖女も屈託ない笑顔を浮かべていた。本当に、幸福そうだった
「君の趣味の良さが分かったよ。」
と勇者は彼女の夫と握手しながら、彼女の方を見て言った。
「いや~。勇者様にそう言われると・・・。僕には、もったいなさすぎる妻で・・・。」
と彼が照れながら言うと、
「君は、僕のパーティーの自慢のメンバーに選ばれたのだよ。もっと胸を張っていいんだよ。」
と勇者は彼の肩を叩いて笑った。照れる夫を見ながら、
「さあ、勇者様、聖女様。立ち話もなんですから、館の中に。積もる話も・・・。直ぐに、ささやかながら宴を準備させますから。ああ、いいビールもありますよ、我が領内自慢のものですよ。ジョッキ2杯準備させますよ。」
と言いながら微笑んだ。
「それは嬉しいね。」
と勇者は聖女の手を引いて、侍女に導かれて彼女の屋敷に入った。
「今度は、幸せになってくれたね。」
と勇者は通り過ぎる際に耳元で囁いた。
「はい。」
と彼女も呟いた。
「あいつも3度目だったか、やっぱり。」
幸福だった。誠実で優しい、頼りになる夫とともに、伯爵領を豊かにしようと日々統治のことに務めていた。そうした日々が、充実感を感じていた。夫との生活も幸福そのものだった。それで十分だと感じていた。
「あの頃は、どうしてあんなに上を望んだのだろうか?」
と思った。そして、彼女の視線の先に夫がいることに気が付いた。
「さあ、勇者様をお待たせしては申し訳ありませんわよ。」
夫の手を握った。




