私を裏切った末路(未来)
「ま・・・、まさか?お前は死んだはず・・・。処刑されて、首が飛んだのを見た。化けて出たか?は、早く地獄でも、天国にでも行け!」
とチャンカ男爵は私室で声をあげた。叫びはしなかった。叫べば使用人か、警備の家臣かが駆け付けて来るだろうが、丸腰で部屋着にガウンを羽織って机の前の椅子に座っている自分に剣がつきつけられている状態では、かえって自分の身が危ないと判断したからである。
ふと気配を感じると、剣を抜いた女が立っていた。その女には見覚えがあった。かつて、勇者パーティ―でともにいた、そして勇者を暗殺して処刑された魔法聖騎士グレイス・フェイスだと分かるまで時間が少しかかった。
5年前比べると、やや肥満気味の、やはり少し脂ぎった感じの大盾使いの男を見据えながら、
「私を裏切って得た報酬が、こんなちんけなご領主様とは、可笑しくなっちまうよ。」
と彼女はせせら笑うように言った。
「裏切ったといっても、あれはそもそも聖女が・・・ああ告白されたら、どうしようもないだろう。いいや、大体お前があんなことをやらなければ、俺は魔王を倒した勇者パーティ―の一員として、こんな貧乏領主でなく、伯爵とかにまでなれたはずなんだ。お前に唆されたばっかりに・・・。」
と彼は恨みの籠った目で彼女を見た。
何とか隙を見てという気持ちは捨ててはいなかった。
「ふん。お前は随分乗り気だったじゃない?それにさ、私を裏切らなければ、もっと上に行けたんだよ。伯爵さまだって可能だったんだよ。あの時聖女を嘘つき呼ばわりしていればよかったんだよ。それを一緒になって、涙を流してあっさり白状しやがって。」
とエスペランサは毒々し気な言葉を彼にぶつけた。
騎士の位と準男爵の爵位、一時金、年金、そしてシカンの警備隊長の地位を与えられた剣士のアファは、飲んだくれていたものの、部下にも市の幹部から市民一般にも慕われる日々を送っていたようだった。結婚もせず、常連として通っている居酒屋の主人から、
「今日も飲みすぎですよ。体を壊しますからほどほどに。」
と言われていたのを耳にしていた、彼女を狙っていたエスペランサは。
「私は、善良な騎士だったんだけどね・・・。いや、ずっと善良な女だったんだけどね、時々魔がさして悪に染まってね・・・。心に突き刺さっていることがあって・・・酒でしか忘れられなくて・・・。」
その時、にゃあーという猫の鳴き声が聞こえた。どこからか黒猫が彼女の膝の上に乗って、自分のものだということを誇示するかのように鳴いたのである。
「あれ、その黒猫は?あい変わらず・・・。でも、いいんですか?」
「ああ、逆にこいつが地獄にでも引きずり込んでくれた方が気が楽なんだよ。」
「そんなこと・・・言わないで下さいよ。」
「冗談だよ。この一杯で今日は終わりにしておくよ。」
その言葉通り、その一杯を飲むと銀貨をテーブルに置いて、黒猫を抱いて立ち上がった。
「ああ、生きていたんだ。いや、生き返ったのか?どちらでもいいさ。勇者の仇を取らせてもらうよ。」
エスペランサが後ろから声をかけ、自分の正体を告げると、そのことを理解できたところで、猫をゆっくりと降ろすと、腰の剣を抜きながら言った。彼女も割と簡単に勇者の暗殺に同意した口だったが、彼に想いを寄せていた女の一人だった。勇者が皇女と婚約したという話で、その暗殺に同意することを後押しされた一人だ。
一瞬だった。
「これで・・・あいつのために死ねて・・・、とげが抜けたよ。」
と彼女は呟いたこと切れた。その最後の言葉はねエスペランサの耳には届かなかった。倒れた彼女の傍らで、黒猫がしきりに物哀しく鳴いていた。
「あの女を、もう殺したのか?」
と呟いて、机の引き出しを開けた瞬間、その引き出しの中には短剣があった、彼の首から血が噴き出した。
「お前は、一応結婚もして、子供も作って幸せだったろうよ。その借りを返してもらったよ。」
と彼女は呟いて、窓を開けるとそこから飛び出した。二階だが、事前に綱を用意してあった。それを伝って下に降りた。
流石に、ダン氏ゃが自宅で何者かに斬り殺されていたという件は、直ぐに大騒ぎになった。その時には、エスペランサは既にチャンカ男爵領のあるシカンから姿を消していた・・・ということはなかった。
シカンの冒険者ギルドの待合室兼食堂で、依頼の達成報告と魔獣の部位の売却依頼をギルドに行い、報酬と代金をもらい、ここで科に加入したパーティーのメンバーとともに食事をしている時に、その騒ぎを耳にした、という風を装っていた。直ぐに姿を消せば、私が犯人です、と言っているようなことになる可能性もあったからだ。ここは、落ち着いて知らぬ振りをして、悠然としている方が得策だ、と彼女は判断していた。
「冒険者全員に事情聴取があるらしいぜ。」
「そりゃね、冒険者ってのは怪しいッばっかりだものね。私も含めて。」
と心配そうな顔のメンバーに、エスペランサは笑って答えた。




