勇者は危険だ➁(過去)
「勇者は・・・危険だ。」
とトルシド・ハリングトンがグレイス・フェイスを密かに呼んで、砦の奥の一室の中で二人だけでその話を切り出した。どうしてハリングトンが、彼女に目をつけたのかは、彼女はわからない。彼女が彼に聞けば、その理由を言うだろうが、それが本当かどうかはわからない。彼が嘘ではないと思っていても、その時の本当の理由かどうかはわからない。
それは、下級貴族から、そのほとばしるような才気と策略でのし上がった、押しも押されぬ権勢をほこる皇帝の側近となった彼は絶対認めないのだが、知的ではないことだから、一種の勘のようなものだった。いや、臭いだったかもしれない。成り上がってやる、あくまでももっと上に行くんだ、誰かを陥れてでも、という者に対する同質感または放つオーラ、臭いを感じ取ったのである。
ただし、何とか他の理由もつけられた。彼女がそこそこの身分の貴族出身であり、一度は騎士団員となっただけに、国家の存続の見地からみることができる。パーティー創設時からのメンバーであるから、勇者のことをよく知っている、その後の変化も知っている、そして信頼を得ている。どれだけ彼が危険な存在なのかをよく知っているだろう、そして、彼を抹殺する方法を考えつくことができるだろうし、それを実行できるだろう。しかも、情報から判断して、さらに実際に会って分かったことも含めて、精鋭が集まった勇者パーティ―のなかでも、戦闘力は最上位クラスであり、先頭センスもいい、頭もいいし、そして、策略もあり、計算高く、上昇志向も強い女である。
彼は彼女が用意されたイスに座るなり、勇者の危険性について語り始めた。部屋の周囲は幾重もの防御結界が張られていた。
「全く、前の通りだな。大物ぶって小心者。細心のつもりで、単に怖いだけなのよね。誰かに聞かれないか、心配で仕方がない。そういう奴だ。」
と思った。
聖女に勇者は告白し、2人は将来を誓い合い、そして現在恋人関係、バカップルしている。有力者?の一人が完全に脱落している。聖女の勇者支持が万全な形になっている。
勇者が、魔王討伐後は静かな、ささやかな生活を望む、自分にはそれ以外の生活は送れないし、望まないと、前回以上にさかんに、さらに具体的に言っている、言うようになった。
それにもかかわらず、彼は勇者が危険であり、排除、つまりは抹殺する必要性を感じて、彼女に接近しているのである。
異なる要素が発生しているが、彼の考え、選択は変化していないようだな、とグレイスは思った。
彼が勇者を抹殺すべきだという理由は、
・彼の力は以前の勇者達とは比べようもないほど強大である。
・もし、この力を彼が悪用したら世界は悲惨な目に陥る。
・勇者が魔王を倒した場合、その功績に報いるためには、高い地位、大きな領地、特権が必要だが、それが与えられたら、彼の権限はあまりに大きなものとなる。
・彼は、魔王討伐に成功すれば、大きすぎる権威を得ることになる。それを利用しようという輩が彼の下に集まり、唆す可能性がある。
・彼に野心がないにしても、強大な力、大きな権威、高い地位を得れば、野心を持つかもしれない。
・彼が善人であっても、彼に近づいて来る人間は多く、彼らに扇動されて勇者は危険な野心を持つかもしれない。
というのが、彼の主張だった。
「彼には、とてもそのような野心はないと思います。それに、それを言うと、魔王を倒す勇者は、全て殺される運命になりますよ。」
と彼女は以前にも言ったし、今回も言った。取りあえずは、直ぐに飛びついては足下を見られるし、野心を疑われるからだ。
「君が勇者を弁護したいのはわかるよ。君は勇者とはもっとも古くからの関係だしね。だが、私情を挟まないで見てくほしい。惨事が起こってからでは遅いのだ。」
彼は、彼女の言葉をはぐらかすようにして、さらに主張した。それも全快どおりだった。
勇者の権威は、皇帝の権威、地位を揺るがしかねない。勇者は、反皇帝派に与するかもしれないし、皇帝への野心を抱く可能性がある。恩ある、自分を寵愛し、引き上げてくれた皇帝への忠誠心から、自分は言っているのだ、と彼自身は思っていた。それが表面上のものであって、勇者のことを皇帝が信頼していることが自分の地位を危うくするかもしれない、勇者に危険性を感じない派が自分のライバルであることであることかもしれないし、勇者抹殺により自分の地位を高めたいという考えもあった。どちらが本物かはわからないが、結びついている。自分の地位を危うくすることは、皇帝、帝国を危うくすることであり、皇帝への忠誠心を持つ彼は、それを許せないという発想だった。彼には、そこに矛盾を感じることはなかった。




