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not found  作者: 小田マキ
第二章 ~風変わりな訪問者達~
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 エリアスルートとは、最古の父神アーケイディスにより創造された剣と魔法が息衝く神秘的な世界である。


 かつては身勝手な神の悪戯によって引き起こされた大量殺戮戦争が十年以上も続く時代もあったが、異世界より召喚された一人の救世主の手によって、世界は再び平和を取り戻したと言う。


 それから長い時が過ぎ、先の殺戮戦争の咎により投獄されていた父神アーケイディスが心を病み狂ったまま解き放たれたことによって、世界は二度目の崩壊の危機に晒された……が、再び異世界より現れた救世主により、また世界は救われたらしい。


 いずれの救世主も、魔法大国ガルシュの歴代魔術師によって建てられた『時の塔』より現れたらしい。


 その時の塔に、数日前より異変が現れていた……天上へと高くそびえ立つ塔の頂は厚い雲に覆われ、全体が鈍く発光するようになっていたのだ。


 そして今朝、塔の先端を覆う雲に『神の手』が出現した。


 雷鳴を伴い渦巻き始めた雲の中心より、明らかにそれと分かる巨大な二本の手が現れたのだ……その手は、雲の渦を左右に引き広げ、目も眩むばかりの光が塔を飲み込んだ。


 全ての戦を見届けて来た塔は、そうして呆気なく崩れ落ちたのだ。


 まるで、その役目を終えたと言うかのように。


「……え、じゃあ私達も救世主? 第三次世界大戦っ?」


 一人用にはかなり大きめのバスタブに浸かりながら、真奈美は衝立の向こうにいるであろう人物に不安げに尋ねる。


「いいえ、これ以上ないくらい至って平和ですわ……こちらが洗顔珠です」


「有難う、マツリさん……これ、どうやって使うの? 」


 衝立の向こう側から差し出された紫色のハーブのような匂いのする珠を受け取ると、彼女はその使用方法を再び尋ねる。


「少量の湯をすくって、揉み込むようにして下さい」


「……あ、すごーい」


 マツリと呼んだ彼女に言われた通りにやってみると、両手の中にはすぐにマシュマロのような粒子の細かい泡の塊が出来る。


「クレンジング……じゃなかった、化粧しててもちゃんと落ちるの?」


「カノワの汁でさえ一瞬で落ちますわ」


「ふぅん……」


 カノワの汁なるものが一体何なのかまでいちいち聞くのは迷惑だろうと思い、真奈美はそのまま泡の塊の乗った両手を顔に押し付ける……まるで炭酸飲料の泡がシュワシュワと弾けるような感覚とともに、肌の表面から埃やその他の汚れとともに薄く塗ったファンデーションや口紅が剥れ落ちて行くのが掌を通して感じとれた。


「気持ち良い……」


「ええ、オエリールズの最高級品ですもの」


 うっとりと呟くと、衝立の裏からはマツリの優しい笑気を含んだ声が答えた。


「えぇー……何か悪いなぁ、突然押し掛けてきたのに」


「とんでもない、大事なお客様なので失礼のないようにと陛下から言い遣っております。お気を遣わないで下さいませ」


「カ……じゃなくて、陛下が。後でお礼言わないと」


 泡が溶けてなくなった顔を撫でると、僅かな潤いを残して汚れは泡とともに消え去っていた……真奈美はしみじみと呟く。


 バスタブに張られたお湯には薄紅色の花弁が浮かんでおり、とても良い匂いがする。リラと呼ばれるその花々はリラックス効果を与える入浴剤でもあり、浸かっている内に薄紅から紫に色が変化する。全ての花弁が紫に変わると、身体の汚れを完全に吸収したサインだそうだ……エリアスルートのお風呂は気持ちが良い上に、とても便利だ。


 衝撃的な出来事から一変、彼女が優雅なバスタイムを満喫しているのにはもちろん理由があった。


 カイとラディッシュの意向で兄達とともに魔法大国ガルシュが王城シェル・エ・マルタにやって来た真奈美だったのだが、異世界でも変わることない隼人の辺り構わぬ行動によって一時は城の地下牢に投獄されていた。


 荘厳な城に興奮した建造物マニアの隼人は、汚れた手でペタペタとそこら中を触りまくったものだから、事情を知らぬ近衛兵達に有無を言わさず捕縛されてしまったのだ。それも無理もないこと……幾ら国王と一緒に現れたとは言え、見たこともないような奇妙な格好をしたソフトモヒカンの巨漢が目の色を変えて城内に突進して来たなら、誰もが未知なる敵の襲来だと思うだろう。


 ほどなくしてカイの釈明により誤解は解けたのだが、とばっちりを受けた真奈美と剣太郎は地下牢に入れられるまで散々抵抗を試み、隼人は地下牢に入ってからもその構造を這いつくばって調べ続けていた為に、もともと薄汚れていた身体は土塗れ、埃塗れの散々な状態……と言う事情から、状況説明の前に入浴必須になった三人だったのだ。


 しかしながら、ここは異世界、バスタブ万国共通でも細かい入浴方法なぞ分かる筈もなく、だからと言って王侯貴族のようにメイドさんに洗ってもらうと言うのは小市民のうら若き婦女子には羞恥プレイ以外の何物でもない。


 従って、急遽浴室に衝立を用意してもらい、その後ろに控えたメイド(こちらの世界では侍女と言うらしい)のマツリからこと細かく指示を仰ぎながら入浴することになったのだ……これはこれで恥ずかしいのだが、兄の不始末の所為とは言え、妹として制止出来なかった身の上でこれ以上の我が侭は言えなかった。


「そろそろ上がります。着替えと身体拭くものを下さい」


「承りました」


 言葉とともに、衝立の上に衣服と一緒に布が掛けられる。表面が細かく毛羽立っていてパイル地に似ており、素晴らしく肌触りが良い。こちらも王族御用達の一級品なのだろう。


「お手伝いしなくても大丈夫ですか? マナミ様の御髪は長いですが、ちゃんと拭けますか?」


「大丈夫です、こう見えても二十五になりますから」


 甲斐甲斐しく尋ねて来るマツリに、真奈美は言った……衝立を挟み、暫しの沈黙が訪れる。


 まぁ、予想はしてたけどねぇ。


 真奈美は内心嘆息する。マツリと対面した頃には、既に化粧は崩れ落ち、埃まみれの残念な格好だった。上背がある兄と違って百五十五センチと背は低いし、痩せっぽちで目ばかり大きい。日本にいた頃も化粧をしていなければ学生だと言っても通用していたのだ……もろアジアン・テイストな自分が、アングロ・サクソン系のガルシュ国の面々の中に放り込まれたら、どのように理解されるかは十分に予想がついていた。


 身体を綺麗に拭いてから手に取った服は、慣れない異世界と言うことで気を遣ってくれたのか頭から被って腰部分はベルトで留めると言うシンプルなワンピース、淡い淡い水色で何とも可愛らしい花柄である……が、明らかに子供用だ。


 サイズが合わないより、全然いーんだけど。しかも、私ってば絶対こっちのが似合っちゃうしね。


「……あ」


 自虐的なことを考えながら身支度を整えていた真奈美は、とある重要な事実に気付き、声を発する。


「どうかなさいましたか、マナミ様?」


 動揺から立ち直ったらしいマツリが、そんな彼女に声を掛けた。


「……この世界って、ブラジャーか、せめて晒しとかあります?」


「ぶら……なんですか?」


 予想通りの返答に、真奈美は再度溜め息を吐く。


「言い難いんですけど……胸元をどうにかしないと見苦しいかと……さっきも言いましたけど、私もう二十五歳なんで」


 うら若き乙女である彼女は、そう口にするのが精いっぱいだった。


「大変失礼致しました、すぐ用意して参ります!」


 衝立の向こうのマツリはハタと気付いたようで、慌てて浴室の外に掛け出して行った。





 羞恥心さえ邪魔をしなければ、声を大にして言いたい……着痩せする性質だけど、脱げば結構凄いんです、私。

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