33
美月達の前に現れたサーペントタイガー
転移後はあたりを見回して警戒した様子だったが、瑠奈と美月を認めた瞬間目の色が変わる。
そのうなり声に回転しなかった思考が再起動する。
瑠奈は時空移動で脱出を考えたが、デバイスが手元に無かった。
自宅で常時携帯する物では無かったのだ。
「瑠奈っ!・・・」
美月は瑠奈に逃げるよう言うつもりだったが、先の言葉が出なかった。出入り口を塞がれ地上から高さのある位置の部屋。逃げ場は無かった。
直ぐに気を取り直し輝への緊急救助信号を送った。
しかし、輝は異世界の任務中。早く来ても五分はかかってしまうだろう。輝の邸宅。外からの守りは強固だ。その為軍の関係者が駆けつけるまで十分は掛かる。内側からの侵入者。もう軍は異変に気づいてるはずだ。厳しいセキュリティーを掻い潜りまさかの侵入。これを成し遂げた犯人には脱帽するしか無かった。
サーペントタイガーも警戒してるようで、直ぐに襲ってこなかったのは幸いだった。
瑠奈は美月をかばうように前に出てプロレクターデバイスを起動した。その手足は微かにふるえていた。
光の膜が瑠奈と美月を覆う。
瑠奈は考えた。
『怖い・・・。なぜこんな獣が部屋にいるの?。どこから来たの?、ううん。そこは今はそこはいい。私はもう長く生きれない・・・・。美月さんとお腹の子供、それと私では迷う必要がない。私が時間を稼げばいい。ご主人様が来てくれるまで。この命に代えても!』
瑠奈は美月と獣の間に立ち手を広げ大の字になって構えた。
そこから一歩も行かせない。
そんな気迫がにじみ出ていた。
サーペントタイガーも警戒していた。
得体の知れない光る膜の包まれた動物。
しかし、空腹がそれを餌だと認識し始める。
じわりじわりと一歩づつ瑠奈に近づく。
そして間合いに入るとその強靱な前足で瑠奈に襲いかかった。
強烈な一撃。並の獣ではびくともしないプロテクターにわずかな綻びが見られた。
瑠奈はその一撃で床にたたき付けられた。
プロテクターが無ければ即死だった。
瑠奈は起き上がろうとしたが、獣の動きの方が早かった。
覆い被さり、何度も何度も前足で叩かれる。プロテクターをそぎ取る為の執拗な攻撃。瑠奈の体には少しずつだが傷が目立ってくる。
「瑠奈ッ!、もうやめてっ!」
美月の悲壮な叫び声が部屋に響き渡る。
サーペントタイガーがこの部屋に現れてから、まだ三分も経っていない。
輝の到着を願うがまだ来ない。美月にはそれが、何時間にも感じられた。
不意に瑠奈に覆い被さっていたサーペントタイガーが後ろに飛び退く。
瑠奈の尖ったネックレスに手を当て、負傷してしまったからだ。
反撃を想定してなかった為の反射的な動き。
もちろんダメージは毛ほど。無いに等しかった。
それでも後退してしまった。
警戒するサーペントタイガーを前にして、満身創痍の瑠奈が立ち上がる。
人間では不可能だっただろう。痛覚を軽減されているホムンクルスだったから立てた。
そして瑠奈はまた大の字になる。先ほどとの違いは無数の傷と薄くなったプロテクター。
「瑠奈!もうやめて!逃げて!」
涙の流す美月に瑠奈は振り返り乏しい表情で微笑み返した。それは儚い覚悟を秘めた表情だった。
美月の脳裏には幼い頃、輝が不在の時にちょっかいをかけてきた子供達を真月が同じ格好で美月を守る姿に重なった。
『みつきちゃんをいじめちゃだめ!』
その言葉が脳裏に響く。
「姉さん!。駄目!!!!!!!。」
美月の悲壮な叫びを嘲笑うかのようにサーペントタイガーは瑠奈に襲いかかる。
今度は前足の攻撃では無く、牙で。
サーペントタイガーに押し倒される瑠奈。
その肩にはサーペントタイガーが牙をたてていた。
鮮血がほとばしる。
辛うじてプロテクターによって守られているので、食いちぎられる事は無かったがそれでも致命傷だった。
思うように噛み切れない瑠奈にサーペントタイガーも困惑する。しかし噛みつきをやめる事は無かった。
肩口をかまれ瑠奈の意識は昏倒とする。
『痛い・・・。怖い・・・。寒い・・・。ご主人様・・・。あの時は来てくれた・・・。だからもうすぐ来てくれる・・・。きっと・・・・。それまで・・・・。あれ?・・・。あの時・・・?。あの時って何時の事だろう・・・・?』
瑠奈が思考に沈む中。それはやってきた。
時空移動の兆候。
空間がゆがむ。
現れた輝はすでにデバイスを構えていた。
輝は瑠奈に覆い被さるサーペントタイガーを見ると激高する。
「真月ッ!」
輝はその光景をあの時の光景に重ねた。
真月と呼んだのは平静を保てなかったからか。
その声と共にサーペントタイガーは消えて無くなってしまった。
暗い部屋。
事を観察していた九条睦月は困惑していた。
「何?・・・どういう事?・・・なぜもうあの星を襲う隕石はもう無いの?、どうしてあの女はまだ生きてるの?・・・」
「貴様の企みはこれで終わりだ。九条睦月・・・・。いや一条京華!」
不意に後ろから声をかけられ心臓が跳ね上がる。
振り向くとそこには九条輝がデバイスを構え佇んでいた。
その姿に九条睦月は大きく目を開いた。
時空移動の兆候は無かった。
たった数秒前まであの世界にいた。そしてこの世界の邸宅にも。
「どこから来たの!。兆候が無いなんてあり得ない!?・・・」
「来たわけじゃ無い。発生させたと言えば解るか?」
「な!?、もしかして二千式迷彩!?。でもあのデバイスはもう返却済みのはず!。あり得ないわ!」
「確かに秋津島は返却した。これはその複製だ。あのAIの履歴からここを特定した。これを作るのに手間がかかってしまった。おかげで瑠奈にかまってやれなくて精神値が下がってしまった。そこは俺も後悔したがな」
「クッ」
逃げようと時空移動デバイスを操作するが反応が無い。
「無駄だ。この部屋のデバイスは全て掌握した。・・・これか・・・。叔母さんの意識を自分の物とリンクさせる。精神病患者にはこれが許されていたな。貴様は真月を殺したと思わせ患わせた。そして叔母さんを操りあの研究を完成させようとした。己の延命の為に!」
輝のその言葉に九条睦月とリンクさせていた一条京華は肩の力を抜いた。観念したようだ。
「これまでの様ね・・・」
「貴様の本体にはこれが終われば直ぐに会いに行く。それまで待っていろ!」
輝は意識リンクのデバイスと精神支配のデバイスを無効化した。睦月は一瞬前のめりになりそうだったが、直ぐに持ち直す。リンクが切れたのだ。
そして輝の見て睦月はしゃべり出す。
「なぜ?・・・、なぜなの輝?、あの研究は完成したわ。後は根源だけだった。真月とまた会えるのよ?。ホムンクルスとなったあの子と違った本当の真月に!。貴方は会いたく無いの!生き返ってほしくないの!」
リンクされていたとしてもその行動は睦月の記憶に残っている。悲痛な叫びに輝は答える。
「叔母さん・・・。たとえあの研究で真月がよみがえったとしても、真月の純真な根源は罪の意識に耐えられない。壊れてしまうんだ。俺はそれを許さない」
「どうして・・・・、どうしてよっ!?」
涙を流す睦月。
そこに一人の男が部屋の扉を開く。
「っ、室長何が!、って、まさか九条輝!?」
輝はその男を見て思い出す。あの時いた顔だ。
「ここに居るということは貴様か・・・?。事故を誘発したのも、真月の根源を採取したのも?。再生は間に合っていた。真月を手に掛けたのは貴様だな!」
「な!?」
その疑問の声を上げたのは睦月だった。彼女は駆けつけたときには真月はもう手遅れだったと聞かされていた。それはおかしな事だった。根源を採取出来たという事の矛盾。彼女は京華の精神操作と記憶操作によりその可能性を考えられない様にされていた。
輝は男にデバイスを向ける。
「ヒッ!」
慌てて踵を返す男だったが逃げられなかった。
男は煙になり消えてしまった。
部屋に静寂がもどる。
「・・・・輝・・・」
涙を流しながら睦月は呟く。精神支配が解かれ何もかも理解した睦月の顔は悲壮だった。
「叔母さん・・・。事件は公にはされない。叔母さんのしたことは確かに犯罪だ。でもそれは一条京華が操っていた。叔母さんのせいじゃない。俺が殆ど防いだ。結果は残っていない。誰も知らない。・・・美月の子を頼む。叔母さんの教育は最高だ。頼れるのは叔母さんしか居ない」
「輝!」
「俺はやることがある。叔母さんも解っただろ。ヤツは本気で瑠奈を殺しに来た。真月の再生なんてやりはしない。叔母さんが悪いと思ってるならそれを償ってくれ」
「輝・・・・・っ」
そして輝の迷彩は消えていく。
静かな部屋。そこに睦月だけが残されていた。
輝は瑠奈の再生を終え直ぐに遠隔デバイスを操作していた。
その時間はわずか五分。
そこに異変を察知した輝の部下達が駆けつける。
「美月さん!。瑠奈ちゃん!無事ですか!って、少佐!」
その隊員は天野咲。輝の部下だった。
「この部屋にサーペントタイガーが出現した。発生源はその介護AIだ。証拠として押収しろ。瑠奈が襲われ深手を負ったが再生済みだ。美月の保護を頼む。俺は犯人を特定している。このまま追跡する」
「ハ!」
咲は敬礼し瑠奈を見る。輝に抱かれ目を閉じている。意識は有る様だが朧気のようだ。
「少佐・・・、瑠奈ちゃんは・・・・」
「瑠奈はこの騒ぎで残りの生命力を殆ど使い切ってしまった・・・・。後は俺が面倒を見る」
「ハッ」
「後は頼む。玲実。美月のそばに居てくれ」
玲実は頷く。
そして輝は部屋を出て行こうとした。
そこに美月が泣き叫ぶ。
「まって!。兄さん!何処に行くつもりなの!私は大丈夫だから行かないで!」
美月の懇願に輝はデバイスを向けた。
「えっ?」
美月は困惑した表情をしたが、直ぐに意識を失う。それを玲実と咲が支える。
「その体で精神を乱すのは良くない。意識を奪った。少尉、玲実、美月を頼む・・・すまない・・・。俺はお前にとって良い兄では無かったな」
駆けつけてくる隊員をよそに輝は瑠奈を抱きかかえ部屋を出ていくのだった。
国家官邸。
そこではいつも通り世界会議が開かれたいた。
その中で一条京華は最上段に位置する席に座っていた。
これまでの会議中、目を閉じ手だけがデバイスを操作していたが、それも数分前に止まっていた。
会議が中盤に差し掛かった頃、入り口の扉が不意に開く。
そこにいたのは瑠奈を抱きかかえた輝だった。
騒がしかった会議場が静寂に包まれる。
一人の少女を抱きかかえ異様な雰囲気を醸し出す輝の迫力に誰もが言葉を失い動けないでいたのだ。もちろん観衆は輝の事を知っている。この世界で最高の軍事戦力だという事を。
観衆の視線が輝に降り注ぐが輝は歩みと止めない。
そしてついには最上段にある一条京華の前まで来てしまった。
それを見ていた一条京華は立ち上がる。そして輝を受け入れる様に両手を広げた。
観衆は何が起こるのか固唾を呑んだ。
もう誰にも止められなかった。
言葉は無かった。
輝はデバイスを京華に向けた。
それが当たり前の様に。只、やるべき事をやる様に。全く感情が表情からつかみ取れない。
そして引き金が引かれた。
京華はあっけなく、霧散しこの世から消えて無くなってしまった。
読んでもらえてありがとうございます。
次が最終回です。昨日も書きましたが、最終回は特殊な三話構成です。
時系列の順番はF1、F2、F3ですが、F3、F1、F2の順で投稿します。
間違いでは無いので、安心してお読みください。
どこから読んでも結果が変わることはありません。
予定は来週中には書き終わると思います。最後までよろしくお願いします。
※輝が美月にデバイスを向けたシーンですが、これは攻撃性の無い無害な麻酔です。座して興奮する美月を止めようとする咲と玲実がいました。必ず二人が美月を安全に支えられる事を確信して撃っています。もし不快になられた方がいらっしゃったら申し分けありませんでした。




