伍
「ゐざよ」
「なに?」
「今日部活ないらしいよ」
「マジで?!」
副部長とは思えないほど喜びを爆発させるゐざよに、思わず笑顔が漏れる。
最近になって、ゐざよは部活に来なくなることが増えた。
後輩が入ってきたばかりの頃はもちろん、よく来ていたはずなのに。
先生にしたくない種目をやらされるから?
幅跳びのピットにネズミが出たから?
それとも、最近俺を避けるから?
最近、ゐざよからの態度が少し変わった。
ほんの少しだけ、嫌な味を残す態度。
俺とゐざよを含め、俺のクラスに陸上部は3人しかいない。
陸上部だけにしか伝わらないネタが出た時、ゐざよはこちらと顔を合わせようとしてくれない。
すぐもう一人の方に顔を向け、ニマっと笑う。
ずるい、よりも先に、なぜ、が押し寄せてきた。
なんで、そうなってしまうのだろうか。
嫌いと言われるより、苦々しさが残る。
陸上部のじゃれ合いの一環で、ゐざよに声をかけても、前のようなふざけた回答は得られず、気のない返事だけが残された。
渡したいものがある時も、ゐざよに近づくと、それに気づいたのか気づいていないのか、フラッとその場を去っていく。
だから、結局、他の人を経由して渡すことにしていた。
気まぐれなら良かった。
気まぐれであってほしかった。
ゐざよは、尚変わらぬ笑顔を浮かべる。
極端に、それを向けられる機会が減った。
なんで、他の人と俺が同じことをしても俺に対してあたり強いのか。
分からない。
ゐざよが分からない。
それでも、顔にかかる髪の艶やかさ、他の人に向けられる笑顔の輝かしさ、自分の好きなことを話す時の普段とは違った雰囲気、いじられて照れくさそうに笑うその顔が、流れ込んでくる。
辛い。
今は、それが単純に辛くなってしまった。
なんで、それが俺に向けられないのか。
卒業式になれば終わる恋。
なぜ、その一瞬一瞬に惑わされてしまうのか。
もう、分からない。
前の子とじゃれてる今の瞬間が、いつまでも頭に残ってしまいそうだ。
ゐざよに溺れる。
なんで、なんで...
分からないからこそ苦しい。
せめて理由だけでも知れたなら。
謝れることなら謝るのに。
それでも、目が合えば、やっぱり笑ってほしいと思ってしまう。
この苦しさは、いつまで続くのか。
♡
二学期もいよいよ終わりに近づく頃。
学期末の学級集会が行われた。
班長が組んでくれたらしい。
内容は、なんでもバスケットとジェスチャーゲーム。
なんでもバスケットは、班長の1人から始まった。
同じ人が何回も続いたり、恋愛に関する内容や、ふざけた内容が増える度、笑いが起こった。
俺も例に漏れず、何度か中央に立たされる。
悩んだ末出てきたものが他の人と被っていたり、周りに言われた内容だったり。
ゐざよの方を見ると、ほかの陸上部と並んで座っていた。
今の位置であれば、「陸上部」と言っても、席を交代するだけでつまらない。
周りに言われた通り、学級目標の発案者をターゲットに、お題を出す。
周りの思わく通り、発案者が中央に躍り出た。
ゐざよは、相変わらず周囲の人と席を交換することで凌いでいるらしい。
何度目かのお題で、残り少ない席数に焦り、友達に手招きされるまま、ゐざよの隣に駆け込んだ。
「うわっ」
というゐざよの声が聞こえた。
心なしか、こちらを避けるように椅子の端に寄っている。
もちろん、それを察せない訳がない。
それに気がついた瞬間、胸がびっくりするほど締め付けられた。
今、初めて、露骨に避けられた。
ゐざよの気持ちを汲み取って、こちらもゐざよとは反対側に身体を寄せる。
次のお題は、当てはまらなくとも席を立とう。
ゐざよに嫌がられ、心を抉られるくらいなら。
少し嫌そうな顔をしていたはずなのに、もう隣の人へ輝きを向けている。
もう一度、心臓を掴まれた。
散々悩んだ出題者のせいで、ゐざよの隣にいる時間が増えた。
以前なら嬉しかったその距離感も、少し避けられただけで地獄に置き換わる。
悩んだくせに、出たお題はつまらないもの。
すぐに席を立ち、できるだけ遠いところへ駆け込もうとしたが、すぐに埋まってしまった。
また、出題者になる。
ゐざよの方を向くと、さっきとは違い、陸上部員との距離が離れている。
ゐざよではない方に身体を向け、「陸上部」
と発してみた。
その瞬間、誰もいなくなったその席へ滑り込む。
ホッと一息着こうとしたその時、ゐざよの呟きが、こちらまでハッキリと聞こえてきた。
「は、きも」
いつもとは違って、本当に気だるげな声。
間違えた。
心臓が早鐘を打つ。
輝きを一瞬失った瞳は、こちらを睨もうともしない。
うちのクラスに、俺を含めて、陸上部は3人。
俺が、ゐざよとは違う部員の席に座ると、必然的にゐざよの席はなくなる。
かといってゐざよの席に座ったところで、ゐざよが軽蔑の色を浮かべることは、なぜか想像できてしまった。
それが、余計に苦しさを増させた。
息が上がって、背に汗が伝う。
その後無事に席につけたゐざよは、今日は一度も目が合っていない。
他の人が、ふざけて1人を狙ったお題を出す。
「は、だる〜!」
わはは、と笑いの起こる中で、ゐざよも、笑い声を上げながら、「俺だって、さっきめちゃくちゃダルいお題出されたんだからな〜!」と投げていた。
それが、陸上部のことは明らかだ。
冗談も許されなくなったのか。
やるせなさと悲しさに包まれ、なんでもバスケットの間、その席から動くことは出来なかった。
♡
意味もわからず、避けられている、と自覚した日から、4ヶ月が経った。
その間に、ゐざよとの距離感が変わったことはない。
なぜか避けられ、嫌われる。
席替えはあっても、離れても、ふとした瞬間にそれを感じ、苦しみ、時々向けられる笑顔に、それでも嬉しさを感じていた。
それも、あと数日で終わってしまう。
卒業式は、目前まで迫っていた。
自分の進路を決め、それに向かって努力していた日々は、1ヶ月前に終わった。
ゐざよは、推薦を受け、体操の道に進むようだ。
ゐざよらしい。
そんな小話を耳にするだけでも、それが本人からではなく、他の人から聞いたものであるから、1層虚しい。
俺には、ゐざよしかいないのに。
ゐざよにこれだけ振り回されても尚、ゐざよは俺を見向きもしなかった。
その事実だけが残る。
楽しいこともあって、嬉しいこともあった。
最後はこんな気持ちで終わってしまう。
最後はゐざよからなにも貰えずに終わってしまう。
それが、ただただ悲しかった。
ゐざよを好きになった日が、遠く昔のことのように思える。
あの日は、県の陸上大会で、穏やかな天気だった。
虚しさと悲しさに包まれながら、ゐざよを好きになった、鮮明なあの日を思い出してみた。




