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無色の恋  作者: 白夜
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3/7

参

体育祭までの練習期間。

長いようで短い2週間を終え、当日へ向けた前日準備を行う。

「ツユキ!集合場所は?」

病院から勧められた松葉杖を断り、ひびが入っているにも関わらず普通に歩いているゐざよ。

「とりま校庭集合だとよ」

「まじ?ありがと〜」

顧問の指示を受け、校庭をならしていく。

顧問のところに集まる時、ゐざよは目を離せば、風船のようにただよってしまうんだ。

ただし、顧問からの長い指示が終わると、急に活き活きし出す。

一番にならしを手に取り、少々足を引きずりながらも、校庭へ走ってしまうのだ。

とはいえ声はかけず、少し離れたところで、後輩と共に作業を始めた。

時々、視界の端に入るゐざよは、作業をサボって話し込んでいる。

ゐざよのやらない分は、こちらでカバーする。

いつも通り。

校庭のならしが終わると、今度はトラックを綺麗に引く。

ゐざよは、基準のメジャーなしの方が直線が引きやすいらしい。

ドヤ顔をしながら引くもんだから、たまに大きくズレてしまう時もある。

でも、結局は綺麗に引くから、ゐざよはすごい。

ライン引きも終わると、先生から体育祭時の注意が入る。

明日のために早く寝ること、体を追い込み過ぎないこと。

そんなことは分かってる。

先生の言葉が耳に痛い。

でも、ミーティングの時はゐざよが隣にいることがほとんどで、先生が噛んだ時や誰かがふざけた時に、目を合わせて笑うことが、密かな幸せでもある。

そんな時はその笑顔が一層弾け、輝いてみえる。

普段より距離が近い分、いつも感じる劣等感が消える。


♡


応援団は応募者が多かったからと言い訳をつけ、選んだ横断幕作成係は、思っていた以上に楽しかった。

当日準備があること以外は。

前年は当日の朝にもリレー練習があったのに、と学校側を恨む。

俺とゐざよは、ブロックリレーの3年代表男子に選ばれた。

最終走者はゐざよ、そのゐざよにバトンを渡すのが俺。

ゐざよにバトンを渡すのが、女子じゃなくて良かった。

走順が決まった際、少しの安堵が込上がってきた。

しかも、渡せるのは自分。

練習の時も、ゐざよは俺以外とバトンを受け渡しすることはない。

足を怪我しているはずのゐざよは、今までの2週間の朝練を平然と走っていた。

大丈夫かと聞いても、笑いながら「いけるいける」と答える姿は、痛々しくも強い。

バトンパスも安定してきて、笑顔で送り出せそうであった。

当日の朝、早朝の学校には意外と人がいた。

でも、その中にゐざよはいない。

またギリギリに来るんだろうな。

自分の椅子を持って応援席へ運び、ふと、ゐざよはどうやって運ぶのか気になった。

運んでやろうにも、時間が合わない。

他の人がやってくれるんだろうが...

女子じゃなければいいな。

横断幕を数人の子と持ち、再度校庭へ出る。

綺麗に取り付けられた横断幕は、団長であるゐざよの凛々しさを、そのまま反映していた。

横断幕を運んでいる間に、随分と人が登校していた。

一般生徒の登校時間。

出席確認の少し前にゐざよも現れた。

椅子を持っているのは、副団長だ。

気づかぬうちに、安堵のため息が漏れていた。

出席確認が終わると、団長は一般生徒より長いはちまきを巻く。

うちの団長は、胸を張って言えるほどかっこいい。

長いはちまきが風を切る度、思わず目で追ってしまうほどだった。



♡



開会式を終え、一年生の100m走が始まった。

ゐざよと俺は、毎年、決まったように2人でスターターの弾こめをする。

一、二年の時はゐざよがスターター、俺がフライングの弾こめ。

フライングなんて滅多ににない。

だから、ずっとゐざよを目に入れることができる。

三年になった今、じゃんけんでスターターかフライングか決める。

二回のあいこのあと。

ゐざよがパー、俺がグーで綺麗に負けてしまった。

勝ってニヤッと笑うゐざよに、思わず目元が綻ぶ。

あぁ、結局、三年間一度もスターターをすることはなかった。

でも、三年間、俺はゐざよの無垢そうな瞳、大きな音に物怖じない姿を見ていられる。

トラックを挟んで内側、膝立ちか体育座りと指示されているのに、おかまいなしに胡座をかくゐざよを眺める。

強い太陽の光が、ゐざよの瞳を一層輝かせた。

二年生の100mが終わると、三年生女子男子の順に走ることになる。

俺は2走者、ゐざよは14走者。

かなりの差がある反面、息を整えてから、ちゃんと応援できる。

一走者が走り出したため、俺たちはスタートのラインに立つ。

横に並ぶのは、他クラスの男子2人ずつと同じクラスの男子1人。

誰にも負けず、突っ走ってやる。

いい所を見せてやる。

スタートの合図が響く。

周りの景色がぐんぐん後ろへ回っていく。

ゴールラインを切ったところで、うちのブロックの歓声が聞こえてきた。

その瞬間、足にゴールテープが絡まる。

ゴールの体勢のまま、ゐざよに顔を向けようとしていたから、重心がズレて、盛大に転ぶ。

もろに腹を打った。

息が乱れる。

ゐざよにこんな姿を見られたくない。

先生が駆け寄ってきて、救護へ送られる。

ここからでも、ゐざよは見える。

まだ痛む腹を抑えながら、ゐざよの番が来るのを待った。

最終走者。

ゐざよは3レーンだ。

スタートの銃声が響く。

初手。ゐざよは綺麗にカーブを回る。

速度を上げた瞬間、その走り方に違和感を憶えた。

おかしい、あんなにストライドが狭い。

普段の綺麗なフォームじゃない。

嫌な汗が背を伝う。

足の骨に、響いてるんじゃないか。

このままじゃ、なにも、出られなくなる。

退場時。

救護から1番後ろについて行く。

少しびっこを引いているゐざよに声をかけようにも、なんと言えばいいか。

不安な心のまま、観客席に入る。

そこにゐざよの姿はない。

周りによれば、救護テントへ行ったようだ。

まずい、本格的に。


♡



ゐざよは救護テントから戻ってきた。

さっきよりしっかり巻かれた包帯に、頭がグラグラする。

しかし、それでも笑顔でふざけるゐざよは、不思議と、少し顔色が良くなったように見える。

1回目はきっと大丈夫。

問題は、2回目。

あのクラス相手に、ゐざよの足にかかる負担は、計り知れない。

運動部ばかりのそのクラスは、体育祭のためだけに居るようなものだ。

そんな中でもゐざよは、笑顔でやりきった。

終わった瞬間、その笑顔が、俺の隣で綱を引いていた女子に向いた。

なんで、そっちに先に...。

こっちにも笑顔が向く。

同じ笑顔だ。

特別なわけじゃない。

そう自分に言い聞かせ、ゐざよに笑みを向けた。

ゐざよは、この体育祭の中で1番の笑顔を見せている。

体育祭練習が始まって、初めてのハイタッチ。

とびっきりの笑顔と歓声に包まれながら、少し痛いくらいのハイタッチだった。


♡


綱引きが終わると、リレーのない3年生はしばらく役目がなくなる。

ゐざよは、今度は救護テントへ行かず、リレーを1番前で応援していた。

リレーが終わり、応援合戦が始まる。

ゐざよの声が、グラウンドに大きく響き渡る。

大した団長だな。

1番後ろの列から見るゐざよは、解像度が低かれど、ゐざよらしい曲線美は捉えることができた。

空が曇り始めている。

応援合戦が終わり、みんなが観客席へ戻る中、ゐざよと俺はリレーの準備をし始める。

同じクラスの、出場する女子には俺から声をかけ、また、他学年の女子にも声をかけた。

その目線の先が、笑顔の先が、他の人に向いて欲しくない。

それでも、ゐざよにバトンパスできるまでのタイムリミットが迫る度、痛いくらい胸が鳴る。

緊張と、微かな興奮に包まれて、リレーが始まった。

俺と後輩のバトンが渡る。

前にいた他ブロックを抜かし、一気に加速する。

ゐざよに早く、バトンを。

足の回転を上げて、後ろとの間隔をできるだけ離す。

同時に、前との距離を縮める。

できるだけ、たくさん。

ゐざよの足に、これ以上の負担をかけたくないから。

ゐざよにバトンを託す瞬間。

真剣な顔をした、ゐざよの大きな手に、青く光るバトンを押し付けた。

「いってこい!」

そう叫んでから、インコースへ走り、ゐざよの方を向く。

その途端、涙が溢れそうになる。

ゐざよが、抜かれた。

抜かれたことへの悲しさよりも、ゐざよへ無理させたことへの、ゐざよが悔しそうな顔をしていることへの、罪悪感やら虚しさやらが押し寄せて止まらない。

込み上げてくるものを抑え、空を見る。

さっきまで曇っていた空は、清々しく晴れていて、目に痛かった。

眩しいくらいに、ゐざよを照らしていた。

ゴールした直後、ゐざよは倒れ込んだ。

俺にバトンを渡してくれた後輩と駆け寄る。

ゐざよの肩を両端から持ち、支える。

やっぱり、良くなかった。

やりきると宣言して、本当にやらせてしまった。

同時に、やらせなかった時のゐざよのやるせなさが頭をよぎる。

どうにか一人で立ったゐざよは、今までにないくらい、悔しそうな顔をしていた。

いつもヘラヘラしているゐざよが、眉間に皺を寄せ、歯を食いしばっている。

もう一度、胸が大きく鳴った。

その悔しそうな顔が消えたとき、にへらっと普段の笑顔に戻る。

少し苦痛の残る顔で、隣にいた、自分を抜かした友達に賞賛を送る。

一瞬だけ見えた悔しそうな顔も。

自然に、でも少し歪んだ笑顔も。

その笑顔の裏に見え隠れするものを、ちゃんと見たかった。



♡



退場したあと、フラフラとゆっくり歩くゐざよに後輩からの激励が飛ぶ。

俺にバトンを渡した後輩が、ゐざよを優しく抱きしめた。


今はゐざよを心配することを優先しなきゃなのに。

悔しさが、まだ込み上げてくる。

鼻がツンとする。

もう一度、上を見て、前を向く。

ゐざよは後輩に支えられて歩いている。

その横に静かに並び、背中に手を当てる。

それを感じたのか、こちらを見たゐざよは、くしゃっと弱々しそうに笑いかけてきた。

初めて、最初の笑みを貰えた。

綺麗な、人間らしい、ゐざよの笑顔。

いつも、誰かの次、一番になれなかった俺の劣等感が、今、少し薄れた。

ほんの小さなこと。

笑顔を向けられる順番なんてもの。

それだけでも、腹から来るものがある。

でも、それは、さっきとは違って、俺に笑顔を作らせた。

席に戻ると、さっきまでの歓声はどこかへ行き、すぐに閉会式が始まる。

中学校生活ラストの体育祭。

真っ青な空の下、微かな熱気と3枚だけの賞状、数多の感情を抱えて幕を閉じた。

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