弐
「ゐざよ!また遅刻じゃん」
「いや、ギリセーフだろ」
チャイムの鳴る寸前、教室へ入ってきたゐざよに声をかけると、ちょっとした上目遣いでこちらへ笑みを向けてきた。
上目遣いは心に悪い。
一瞬だけ世界が明るくなってしまうから。
「1時間目は?」
「社会だって」
ゐざよの隣に座る男子がゐざよと話す声を聞き、1時間目の支度をする。
あぁ、羨ましい。
俺も、もう少し話せたらいいのに。
嫉妬の念が湧いてくるのを抑え、ななめ後ろに座るゐざよの方を向く。
斜め後ろは、近いように見えて意外と遠い。
「ゐざよ、今日は寝るなよ?」
「こっちの台詞だよ!なぁ?」
ニヤニヤしながら前の女子に声をかけたゐざよは、同意を得られて満足そうにニヤリと笑った。
社会の時間はいつも眠くなる。
寝てしまうことさえある。
思っていたより長く寝ていた時には、ゐざよとその前の席の女子がこちらを見ながらニヤニヤしているのが鉄板。
恥ずかしくなってはにかむと、もう一度口角をあげてから小さく指鉄砲を向けてくるんだ。
でも、そのあとゐざよも眠そうにする。
机に広げた腕に突っ伏し瞳を閉じる。
眠たそうにこちらを見てくることもある。
その時のゐざよは、普段と違ってジーッとこちらを見てくる。
目が合っても、お構いなしに見てくるその瞳が眩しくて、ちょっとしたら目を逸らしてしまい、少し後悔をすることもある。
先生が歴史の出来事を覚えるための歌を流すと、大抵は一緒に歌い出す。
「とんっとんっとんからりっと...」
小声で、でも斜め前のこちらにまで聞こえるような声で、楽しそうに笑う。
その笑顔がこちらを向いてくれればいいのに。
眠たいまま終わっていった授業は、その眠気を引きずらずに休み時間へ入る。
「ゐざよ!次移動教室!手伝うから早くね」
「次どこ?」
椅子から立ち上がったゐざよの左足には、包帯にサンダルがつっかけられていた。
体操の練習中にひびが入ってしまったそう。
足首に2箇所、足の甲に1箇所。
その状態で体育祭を強行したのだから悪化に無理はない。
痛々しい足とは裏腹に、ニコニコしているゐざよの顔を見ながら、俺にとっては忘れられない、中学校生活ラストの体育祭を思い出していた。




