第7話:それぞれの帰り道
剥き出しの毒を浴びせ合ったあとには、冷え切った静けさだけが残る。
戻れない過去と、見えない未来の狭間で、私たちはそれぞれの日常という名の檻へ、静かに帰っていく。
恵比寿の和食店を出たあと、3人は駅前でろくに挨拶も交わさず別れた。
タクシーを拾い、後部座席にもたれた葵の手は、微かに震えていた。
裏垢の投稿を見られていたことへの羞恥と、ホストの男への執着が、ぐちゃぐちゃになって胸をかき乱す。
「……なんであんなこと言われなきゃいけないわけ」
シートに身を沈めながら、葵はスマホを取り出し、男へのブロックボタンに伸びかけた指を何度も迷わせた。結局、それを押せぬまま画面を伏せる。実家の広すぎるリビングに帰ったところで、待っているのは温もりではなく、自分を責め立てるような静寂だけだった。
一方、最終電車に近い満員電車に揺られながら、咲良はうつむいていた。
スカーフをきつく巻き直し、首元のアザを完全に隠す。
(最悪だ……。あんなの、ただの惨めな見せ物じゃん)
沼の底まで落ちたような自己嫌悪が頭を巡る。けれど、その直後にはもう、
「でも、私には男しかいないから」
という腐ったような諦めと依存が這い上がってくる。狭い実家のドアを開ければ、母親の冷たい目が待っている。その息苦しさから逃れるためには、また男の腕の中に飛び込むしかなかった。
そして、最終の快速を降り、冷たい夜風の中を歩いていた菜穂の足取りは、どこか軽かった。
心底ぐったりとしてはいたが、不思議と頭は冴えわたっていた。
(あぁ、全部言っちゃったな)
病院での抑圧された日常も、実家の窮屈なぬるま湯も、何も解決はしていない。自分の人生の舵を放棄しているという根本的な事実も、一ミリも変わってはいない。
それでも、誰かの顔色を窺って「いい子」でいるのをやめた瞬間、喉の奥つかえていた澱みが少しだけ流れたような気がした。
それぞれの部屋に戻り、それぞれの夜のなかに沈んでいく。
私たちは相変わらず29歳という同じ停留所に立ち尽くしている。
けれど、もう二度と、あの頃のような「ただの友達」には戻れないことを、誰もが痛いほど理解していた。




