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第6話:お互い、終わり

綺麗事の薄皮が一枚剥がれるだけで、底に溜まっていた泥水が一気にあふれ出す。

平穏を装うための笑顔は引きつり、隠していたはずの毒が言葉の端々から零れ落ちる。誰もが傷を舐め合うどころか、互いの傷口に塩を塗り合い、自分以外の人間を踏み台にしなければ立っていられない夜。

予約されていたのは、恵比寿にある静かな隠れ家風の和食店だった。

間接照明の落とされた個室に通された瞬間から、場の空気はすでにピリついた緊張感に満ちていた。


「へえ、結構いいお店じゃん。葵、相変わらずいい店知ってるんだ」


最初に口を開いたのは菜穂だった。上品なジャケットに身を包んだその笑顔は、どこか冷ややかな戦闘モードを帯びている。


「そう? 別に普通だけど」


葵はグラスのビールを一口飲み、ハイブランドのバッグを椅子の背もたれに強く押し当てた。その横顔には、昨夜もホストの男のことで揉めたのか、隠しきれないトゲと疲労が滲んでいる。

そして、少し遅れて入ってきた咲良は、席につくなりグラスの水をごくごくと飲み干した。


「ねえ……二人とも、なんか今日冷たくない?」


咲良の声は微かに震えていた。ファンデーションで隠しきれなかった首元のアザが、個室の明るさの下で生々しく浮かび上がっている。

料理が運ばれてきても、誰も箸をつけようとはしなかった。

沈黙を破ったのは、酔いが回り始めた葵だった。彼女は冷ややかな目を咲良の首元へ向け、あえて意地悪な笑みを浮かべる。


「ねえ、咲良。相変わらず色んな男と寝てるんでしょ、その首どうしたのよ」


葵に不意打ちを食らった咲良は、ビクッと肩を震わせる。


「……関係ないでしょ。葵ちゃんだって、ホストに貢いでボロボロのくせに」


反射的に言い返した咲良の言葉に、葵の顔色がサッと変わる。


「は? 何それ。私がいつそんな――」


「隠したって無駄だよ! 友達のストーリーにメンションされて映り込んでたもん! 毎晩のように店通って、財布すっからかんなの、みんな知ってるよ!」


泣き声混じりに叫んだ咲良を、葵は殺意に満ちた目で睨みつけた。だが、その緊迫した空気を、隣でグラスをいじっていた菜穂の平坦な声が冷たく遮る。


「どっちもどっちでしょ」


菜穂の低い声に、二人の動きがピタッと止まる。


「葵の裏垢、フォロワー全員に見えてるよ。鍵垢のつもりかもしれないけど、投げ銭の履歴も、担当に捨てられかけて泣きついてるメンヘラの長文も、全部丸見え。……みっともない」


葵の顔から血の気が完全に引いた。唇が微かに震え、声にならない声が漏れる。


「……は? なんでアンタが……」


「見れば分かるでしょ。全然変わんないね、二人とも。ここで誰が一番マシかマウント取り合って、何の意味があるの? 自分の惨めさから目を逸らしたいだけじゃん」


菜穂の乾いた声が、逃げ場のない個室に突き刺さる。

誰も傷を舐め合いたいわけじゃない。ただ、自分より底にいる人間を目の当たりにして、安心したいだけなのだ。

29歳という停留所で、私たちはとうとう仮面を剥ぎ取られ、泥だらけの醜態を晒し合っていた。

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