第5話:交差する歪みと、逃げ水
それぞれの停留所で息を潜めていたはずの歯車が、音を立てて噛み合い始める。
取り繕った仮面が剥がれ落ち、隠し続けていた毒が互いの皮膚を溶かすとき、私たちは決して引き返せない現実の淵に立たされる。
あのイタリアンバルでの再会から二週間ほどが過ぎた頃、私のスマートフォンに一通の通知が届いた。
……葵だった。
『ねえ、今度さ、3人でまた集まらない? 個室のいい店予約するからさ』
メッセージの画面を見つめながら、菜穂はスクラブのポケットに手を突っ込み、小さく息を吐いた。
面倒くさい、という感情が真っ先に浮かぶ。大病院での日々に追われ、帰宅すれば母親の小言を聞き流すだけで手一杯なのだ。わざわざ他人の歪みと向き合う必要などないはずだった。
なのに、指先は勝手に
「いいよ、いつにする?」
と返信を打ち込んでいた。
きっと、この退屈で澱んだ日常に、誰かが石を投げ入れてくれるのを心のどこかで待っていたのだ。
一方その頃、葵は六本木のラウンジの控室で、鏡に映る自分のドレスの着こなしを確認しながらグループチャットを覗いていた。
『咲良も来るって。なんか最近、また男関係で色々あったみたいよ』
葵の胸をよぎるのは、冷徹な好奇心と、どこか底意地の悪い優越感だ。自分がいかにホストの男に金を巻き上げられてボロボロであっても、咲良のように泥水をすするような生き方をしている人間を目の当たりにすることで、
「まだ私はマシな方にいる」
と自分を安心させたいだけなのだと、頭の片隅では分かっていた。
そして、その誘いを受けた咲良は、ボロボロになったスニーカーの紐を結びながら、ため息をついていた。
(また、あの二人か……)
菜穂の冷めたような視線も、葵の品定めするような物言いも、肌の底がヒリヒリするほど痛い。自分がいかにボロボロで、男の温もりしか縋るものがない惨めな存在かを見せつけられるようで、本来なら一番会いたくない相手だった。
それでも、家に帰れば母親の冷たい目があるだけの現実から逃れるために、咲良はカバンにファンデーションを放り込み、家を飛び出した。
それぞれの事情と、言えない秘密を抱えたまま、3人は再び都内の飲食店へと吸い寄せられていく。
外見を取り繕い、何食わぬ顔で席に着く彼女たちだったが、すでにそれぞれの歯車は狂い始め、隠しきれなかった歪みが、静かに空気を重く淀ませていた。




