精霊の娘
かつて、世界に恵みをもたらす大精霊の内の一霊であった地の大精霊テティスは、己が後継者とするために魂を分けた一人の娘を産み出した。
自らの分身に等しいその娘を、テティスは己を主精霊と祀る王国近くの森で育む事にした。
娘は森を愛し、森もまた娘を愛し、穏やかな日々が続いていたと言う。
ある日、娘は森で一人の青年と出会う。
王国の王子である青年と、娘はたちまち恋仲になり、娘は王子に嫁入りしたいとテティスに訴えた。
娘を後継にと考えていたテティスは拒んだが、娘は王子と共に王国に行ってしまう。
そこまでの決意ならば仕方ない、どうせ精霊の寿命と人間の寿命は異なるのだから、王子がいなくなるまではその関係を認めよう…と考えを改めた頃、娘は既に王子と結婚し、一男一女をもうけていた。
王都が娘の子達を祝福している中、テティスは娘に会う為に王城へと降り立った。
ところが、王城に娘の姿はなかった。
姿だけではない、存在そのものが感じられない。
少し前まで確かに感じていたはずの娘の存在が、どこにも、無い。
人に認識されぬ姿のまま王城の中を半狂乱になって彷徨したテティスは、娘の夫であったはずの王子が、娘ではない女性と睦み合いながら漏らした言葉を聞いてしまう。
「子が産まれれば用済みだから、アレは処分した、さすが精霊殺しはよく効いた」
その言葉でテティスの精霊としての在り様が、壊れた。
怒りと憎しみで姿も変容した。穏やかな土の色を示していた髪は冷たい針を思わせる銀の色に、豊かな森を思わせる緑の目は毒を思わせる紫の色に。
テティスの足元からその目と同じ色をした紫の靄が王国全土に薄く広がり、ありとあらゆる命を蝕んでゆく。
草木はしおれ、精気を失った人々が溢れ……やがて、王国の端から草木も人も関係なく、全てのモノが腐り、土に還って行くようになった。
国の最高司祭を兼ねている王が、テティスに助けを求めたのも同じ頃だ。
王城にある祭祀の間に現れたテティスの姿を見て、王は息を呑んだ。
王国全土を腐らせ行く靄が、このテティスから発せられているモノだと理解したから。
そして、こうなった原因を朧気に理解した。自らが王子に謀られていた事も。
母恋しくなった娘が、子供達を置いて去ったなどと言う寝言を信じてはいなかったが、調査も進んでいなかった。いずれにせよ全て手遅れだったのだと自らの愚かさを恥じる事しかできなかった。
言葉なく平身低頭する王に、テティスは微笑んだ。
「この王都は残してやろう、生きて行くにも困らぬようにしてやる、ただし、それは玉座に我が子の血を引く者が座り続ける場合のみ
我が子の血を引かぬ者がその座に座れば、瞬く間に王都も更地にしてやろう」
その言葉を王は了承した。
王位継承が決まり、あとは戴冠式を控えるのみとなっていた王子を廃し、その第一子である息子を次期王にすると宣言された日、王都周辺から靄は消え失せ、久方ぶりの青空が見えたと言う。
以降、その王都は紫の靄によって四方の国から切り離され、自給自足で生活する事を余儀なくされたそうだ。
そうして封じられた僅かな土地を、周辺の国の人達は『地の大精霊の呪箱庭』と呼んだと言う。
今は昔の、愚か者たちのお話。




