なべて世は事もなし
「これは『精霊の娘』て題名のおとぎ話になってる」
精霊を謀るな、蔑ろにするな、そんな事をすればお前も箱庭に連れて行かれるぞ。と言う教訓話の側面もある。
もうちょっと簡略化されて子供向けの夜話にもなっているが、大元の話はなかなか詳細に書かれているので現在は大人向け書籍に分類されている。エロではなく人間関係含むグロの方で。
ざっくり粗筋を話し終えてレイテを見たら、ドン引きの顔をしていた。
「王子がものすごいクズ野郎じゃないですか……」
「そうなんだよ~、王は割と真っ当で信仰心の篤い人だったのにね…王子のやらかしが酷すぎて、精霊一霊すらあの国の味方にならなかった」
「その結果が、瘴土に囲まれた王都…そんなとこに住んでたんですねぼく…」
誰も味方にならなかったし、王子とその浮気相手には精霊皆が激怒した。
その結果、二人は仲睦まじく一つの檻に入れられて、王城近くの靄…瘴土に放置された。
死なない程度に、しかし体が徐々に蝕まれて腐っていくように調整された加護を様々な精霊から与えられ、正気を失う事も許されないまま十年程放置されたそうだ。食事は三食きっちり差し入れされるが、靄に入った途端腐る食事は、ほぼ嫌がらせの為だけに与えられていたんだろうなと思う。
「正直、まだ残ってるとも思わなかったからびっくりしたよね」
「もう数百年は昔の事だからな…約束を守って存在している事自体がまあ驚きと言えば驚きだな」
「えっそんなに昔……」
「大精霊ともなれば人間とは時間の感覚が全然違う、百年でも俺達にとっての昨日くらいのもんだろうからな」
異なる時間、異なる理で生きているモノとの交流は難しい、と言う話でもある。
とは言え、あのレベルでやらかしたら生きてる人間だってまあまあの報復をするだろうから、相手に限らず、誠意をもって対応しましょう。
「で、呪箱庭はともかく、そこから来たレイテが消滅するってのはどういう道理だ?」
「この世界の人間は、物理的な肉体と重なるように精霊体を持ってるのは知ってるよね?」
「あぁ、両方揃っているモノを人間と呼ぶってのは習ったな」
どちらかしか存在しない場合、それは人間とは呼ばない。肉体しかないモノは精霊喪失者、精霊体しかないモノは精霊擬きと呼ばれる。
精霊擬きは、修行を積めば精霊に成れるらしいが、成功した者の話は聞いた事がないので真実かどうかは知らない。
「そのこ…レイテ、はその精霊体が、半分くらいテティスの力に侵食されてるんだ」
「……それは、禁忌とされてる行いではないのか」
「この世界では禁忌とされてるけど……呪箱庭はもう別の世界みたいなモノになってるから、理の外なんだよ」
「大精霊の力がすごすぎてもうなにもわからない」
だいじょうぶ、みんなそうだよ…と、ニョイルに微笑まれる。風の凪いだ空のような笑顔に、当時もそんな感じだったんだな、と思ってしまいとてもこわい。
人間の精霊体は、精霊体と呼んではいるが基本的には精霊の力を持たない。精霊のように人間が干渉できない体と言う意味でしかない。
その精霊体の主成分は最近の研究によって大半が魔力である事がわかっている。残りが属性力と言われる、世界を構成している力と同質のものでできており、保有している属性力によって使用できる魔法等が変わるらしい。
精霊の加護を受けた場合は、精霊体に加護の力が混じるのではなく、防具のように外側に追加されるのだと言う。
精霊が、精霊体に直接力を注ごうとしたりすれば、単純に弾かれるだけでなく贖いとして体の一部を失ったり、ひどい場合は存在そのものを失うとされている。
レイテのみならず、あの領域に住んでいる人間はみな侵食を受けていると言う事か、と思うと空恐ろしい。
「侵食されている所は、テティスの力を得られなくなれば力を失っていく」
「だから、そのまま放置していると『精霊体が消滅する危険がある』と言う事か」
侵食されていない部分だけで肉体と吊り合いが取れれば良いのだろうが、大半が侵食されているならそれは難しいだろう。
残った精霊体だけでは肉体を支えきれず、いずれは精霊体そのものが崩壊し消滅する。
ただし、それは何もしなかった場合だ。
それを何とかするヒントが、つまり『食べるモノがなくなる』なんだろうが……まさか。
「その力を失ってく部分を補うために、メシを沢山食わなきゃいかん、と、そういう話をしているのか…?」
「そう、いっぱい食べてこの世界の属性力を取り込まなきゃいけないんだ…! いっぱい! 食べないと!」
真剣な顔で訴えるニョイルに呆れた目を向ける事しかできない。
「えーと……じゃあぼくはごはんいっぱい食べたらなんとかなるって事ですかね?」
途中から話についていけなくなったのか、芋を食べながら耳だけ傾けていたレイテが確認してくる。
すまん、必要そうなとこはあとでちゃんと説明する。
「そうらしい、良かったな、芋おかわり要るか?」
「はい! おかわりください! おいしかったです!」
「ボクも! ボクもおかわりほしい!」
はいはい、と返事をしながら芋を切って焼く。
この芋も大半はテティスの力でできているようだが、推測するに呪箱庭の領域外で調理する事によって属性力に強制置き換えするような形になっているのだろう。
そう考えると、レイテが持ってきた残り物のパンや焼き菓子は食わない方がよさそうか。これらを更に焼く事もできるが、その程度でどうにかなるかわからないし。
焼いた芋を、差し出された袋に分けて入れる、塩も追加。量に文句を言う声は無視。
とりあえず、一刻も早くこの荒野を抜けるのが先だな、次の国に入ればすぐに森があるから食べるモノに困る事はないだろうし。ここの荒野よりも属性力が強いはずだから、レイテにはそちらで調達したモノを多めに食わせるようにしよう。
何より、話を聞く前からさっさと通り過ぎたかった荒野が、話を聞いた事で一刻も早く離れたい土地になった。
普通に歩いて行くつもりだったが、今日やったみたいにレイテ抱えて脚力強化で駆け抜けてしまおう。
そう決めた俺は、さっさと二人を寝かしつけにかかるのだった。
ちなみに、レイテの持ってきた焼き菓子をニョイルに見せた所。
「すごくおいしそうなのに…気を抜くとテティスの『おまえたちは生かしてやるが赦しはしない』っていう怨念に視界を埋め尽くされる」
と涙目で訴えてきたので、パンと合わせて消し炭になるまで焼いて荒野に撒いた。
レイテは次の国で、薬師見習いとして住み込みできる所が見つかったので、そこで別れたが、送られてくる情報によればそこそこうまくやっているらしい。拾った縁があるから、まあなんかあったら助けには行ってやろうと思っている。
そんなわけで今日も俺はニョイルと楽しく食料不足がち国渡り道中を続ける。思わぬ出会いも醍醐味とは言え、あそこまで濃いのは暫く遠慮したい所である。
いっぱい食べる君が好き。




