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第5話 決別と因果応報


 ――同日、崩壊寸前の王都。王宮の大広間にて。

北のノクタヴェラ公爵領から放たれた極太の光の柱が、空を覆うどす黒い瘴気を一瞬にして浄化し去った直後のこと。

 ざわめく貴族たちの前で、第一王子とミレイユ、そして継母の三人が、玉座の前に引きずり出されていた。


「お待ちください、父上! 私は騙されていたのです! ミレイユが真の聖女だと――」

「黙れ。偽物を取り立てて真の国宝を追放し、国を滅ぼしかけた愚か者め。貴様など今日限りで廃嫡だ」


 国王の宣告により、彼らの栄光は完全に崩れ去った。


「身分を剥奪し、王都から追放せよ! いずれ最前線の瘴気浄化施設へ送り、国のための『生きた魔力庫』として罪を償わせる!」


絶望の悲鳴とともに、三人は王都から追放された。

それから数週間後。

清浄な空気に包まれたノクタヴェラ公爵領の城門前に、一台のボロボロの馬車がたどり着いた。

浄化施設への連行から逃れようと宛もなく彷徨っていたのか、熱病で肌を爛れさせ、泥にまみれた元王子たちが、重厚な門扉にすがりつく。


「開けてくれ! 頼む、この領地にいる『真の聖女』に会わせてくれ……!」


 やがて開かれた門の先に立っていたのは、冷徹な美貌の公爵レイスと、彼に寄り添う一人の美しい女性。

かつての悍ましい黒結晶は消え去り、そこには女神すら嫉妬する絶世の美貌があった。


「ロ、ロージー……! よかった、君が真の聖女だったんだな!」


元王子は涙と鼻水を流し、見苦しく地面を這うようにしてロージーの足元へすがりついた。


「頼む、今までのことは謝る! 私には君の力が必要なんだ。どうか戻ってきてくれ……!」


 かつてのロージーなら、その威圧感に怯えていたかもしれない。

 だが、今の彼女はレイスの背に隠れることなく、彼としっかりと手を繋いだまま、自らの足で一歩前へ出た。

 脳裏をよぎるのは、温かいスープを運んでくれたレイスの不器用な優しさと、ただ「自分」を求めてくれた熱い言葉だけ。


「……お断りいたします」

「なっ……」

「わたしから血を搾取し、死の谷へ突き落としたあなたたちを、許すことなど永遠にありません」


ロージーは清らかなアメジストの瞳で、彼らを真っ直ぐに見下ろした。


「わたしの家族は、わたしを愛し、妻にすると誓ってくださったこの方だけです」


一片の迷いもない決別宣言。

その気高い姿に、すがりついていた元王子の顔が、怒りで醜く歪んだ。


「ふざけるな! お前は俺のものだっただろう! ただの都合のいい道具の分際で、俺の命令に逆らうな!!」


 逆上し、血走った目でロージーの腕を掴もうと飛びかかった、その瞬間。


ドゴォォォォンッ!!


「ぐぎっ!」「ひぃっ!?」


すさまじい重圧が三人を脳天から押し潰し、彼らは無様に地面へと叩きつけられた。


「……その薄汚い手で、私の婚約者に触れるな」


極寒の殺気を放つレイスの前に、元王子たちは息をすることすらできず震え上がる。


「元王子とミレイユ。貴様らは予定通り、最前線の瘴気浄化施設へ送る。一生涯、呪われた大地を浄化する『生きた魔力庫』として生きるがいい」


絶望の悲鳴を上げる二人に目もくれず、レイスは氷の瞳を継母へ向けた。

 その傍らへ、老執事のハンスが静かに進み出る。その手には、黒く焦げた小さな瓶が握られていた。


「奥様……旦那様が急死なされたあの日、あなたが暖炉に捨てた毒の瓶です」

「ひっ……!」

「旦那様は病などではなかった。最後までお嬢様を庇い、愛しておられたからこそ……あなたに疎まれ、消されたのですね」


 ハンスの震える声に、ロージーはハッと息を呑んだ。

顔面蒼白でガタガタと震え上がる継母の姿を見れば、証拠なんて、もういらなかった。それがすべての真実を物語っている。


「お父様は……わたしを、愛してくれていたのね……」


ポロリとこぼれたロージーの涙を見て、レイスの瞳に決定的な冷酷さが宿った。


「高位貴族を暗殺した大罪も加算される。貴様の行き先は浄化施設などという生温い場所ではない。最下層の毒沼鉱山だ。一生涯、皮膚を焼かれながら這いつくばって魔石を掘り続けろ」


 絶叫する三人は騎士たちに容赦なく引きずられ、城門の向こう側へと無惨に消えていった。

断罪の騒々しさが遠ざかり、静寂を取り戻した城門の前。

レイスはふっと冷たい気配を解き、振り返ってロージーの前に歩み寄った。


「……怖くはありませんでしたか?」


見下ろす青い瞳は、先ほどまでの冷酷さが嘘のように甘く、心配そうに揺れている。


「いいえ。レイス様が……わたしの手を、ずっと握っていてくださったから」


 ロージーがふわりと微笑むと、レイスは深く安堵したように息を吐き、繋いだままだった彼女の細い指先に恭しく口づけた。


「当然です。……もう二度と、あなたの手を離すつもりはありませんから」

「レイス様……っ」


熱を帯びた声と、手の甲に落ちる柔らかな唇の感触に、ロージーの頬がカッと朱に染まる。

その愛らしい反応に、レイスはたまらないというように目を細め、彼女の腰を引き寄せてそっと抱きしめた。


「まだ『レイス様』ですか? ……気が早いかもしれませんが、そろそろ、やがて夫となる男への特別な呼び方を教えていただきたいのですが」

「そ、それは……もう少しだけ、待ってください……っ」 


胸元に顔を埋めて恥じらうロージーの頭を、レイスは優しく愛おしそうに撫でる。

その後ろでは、ハンスがハンカチで目頭を押さえながら、二人の姿を静かに見守っていた。

過去の呪縛は、完全に断ち切られた。



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