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第4話 真なる光の覚醒とただ一つの願い

 

 レイスが王都への支援と国境を封鎖してから、さらに数日が経った。

悲劇は、突如としてノクタヴェラ領の国境で起こった。

飢えと瘴気に狂った魔物たちが、清浄な空気を求めて豊かな公爵領へと一斉に押し寄せてきたのだ。


「レイス様……っ!」


警鐘が鳴り響く中、ロージーは結界砦の最上階にあるバルコニーへと駆けつけた。

眼下に広がる荒野では、空を覆い尽くすほどの魔物の群れを、レイスが先頭に立って迎え撃っていた。

彼の放つ魔法が、巨大な魔物たちを次々と目に見えぬ重圧で地に伏せさせていく。


(すごい……けれど、数が多すぎるわ……!)


 ロージーは胸の前で両手を組み、祈るように見つめていた。

その時だった。

地響きを立てて、群れの奥から山のように巨大な『厄災級の魔竜』が姿を現した。

魔竜は大きく顎を開き、レイスが立つ砦に向かって、すべてを腐らせる漆黒のブレスを放とうと深く息を吸い込む。


(あのブレスが放たれたら、レイス様が……っ!)

「だめっ……!」


考えるより先に、ロージーの体は動いていた。

最上階のバルコニーから身を乗り出し、ブレスの射線上に立ち塞がるように両手を広げた。


「ロージー!? 退きなさい!!」


常に完璧な余裕を崩さなかったレイスの顔に、初めて焦燥の色が浮かんだ。

漆黒のブレスが放たれ、圧倒的な死の気配が迫り来る。


(怖い。あのブレスを浴びれば、きっと死んでしまう。……死にたくない!)


本能的な恐怖が体をすくませる。だが、それ以上に彼女の心を占めたのは、レイスを失うことへの激しい拒絶だった。


(でも、レイス様が死んでしまうのは、もっと嫌だ!)


 暗闇の地下牢、冷たい石の床、無理やり血を搾り取られる激痛。

そんな地獄から自分を救い出し、温かいスープを与え、美しいドレスを着せ、初めて「わたし」を肯定してくれた人。


(あんな暗闇に戻るのはもう嫌。わたしに光をくれたこの人を、絶対に失いたくない……!)


強烈な感情の奔流が、彼女の内に眠っていた力を呼び覚ました。


――パァァァァンッ!!


ロージーの心の奥底に無意識に掛けられていた「トラウマの鎖」が、音を立てて弾け飛んだ。

地下牢で血を搾り取られてもなお、決して枯渇することのなかった『真の聖魔力』。

他者を慈しみ、愛する者を守りたいという強烈な願いに呼応し、彼女の体から目を開けていられないほどの圧倒的な光が溢れ出したのだ。

強固な光の結界が、砦全体を包み込む。

直後、漆黒のブレスが激突するが、光の盾は一切の揺らぎすら見せない。

恐ろしい瘴気は瞬く間に浄化され、朝霧のように霧散していった。 


「あ……」


自分の内から放たれた温かい光に、ロージー自身が戸惑うように両手を見つめる。

荒野の魔物たちは浄化の光に恐れをなし、一斉に逃げ出していく。

だが、それ以上に衝撃を受けていたのは、砦を守る騎士たちだった。

月光のように艶やかなプラチナブロンドの髪を靡かせ、神々しい光を纏う少女。

彼女こそが「真の聖女」であると、その場にいる全員が魂で理解した。

騎士たちが結界の美しさと彼女の素顔に息を呑んだ、その直後。

凄まじい速度でバルコニーに舞い戻ってきたレイスが、自身の外套でロージーの頭からすっぽりと覆い隠した。


「……目を伏せろ。誰一人として、彼女を見ることは許さん」


怒気を含んだ、息もできないほどの冷徹な威圧感。

我に返った騎士たちは、弾かれたように一斉に平伏し、目を伏せた。


「……後の防衛は騎士団に任せる。一匹たりとも砦に近づけるな」 


レイスはそのまま外套ごとロージーを抱き上げると、足早に砦の奥の、誰の視線も届かない安全な自室へと歩を進めた。





「レイス様、わたし……」

「……どうして、あんな無茶をしたのです」 


二人きりになった静かな部屋で、レイスはそっと外套を外した。

彼らしくもなく、その声は微かに震えていた。


「あなたが無事だったから良かったものの……もしあのままブレスを浴びていたらと、私がどれほど心臓が止まる思いをしたか分かっていますか」

「ごめんなさい……。でも、わたしは……レイス様をお守りしたかったんです」


必死に訴える彼女の言葉に、レイスはたまらないというように息を呑んだ。

そして、ひどく乱暴な手つきで自らの前髪を掻き上げた。


「……あなたは本当に、どうしようもない人だ。

 ⋯⋯どうしてあなたは、そんなにも私を追い詰めるのです。あなたが傷つくくらいなら……私が壊れた方がまだましだ」


冷徹な貴公子と謳われた彼が、余裕を完全に失い、葛藤するように小さく唸り声を上げる。


「あなたの力が知れ渡ってしまった。……これなら、いっそまだ私の部屋に隠しておけた頃の方が良かった。そうすれば、誰の目にも触れさせず、私だけのものにしておけたのに」


彼はポツリと、独占欲にまみれた本音を漏らした。

普通なら怖がられかねないほどの重い執着。だがロージーは不思議と、胸が甘く鳴るのを感じた。彼がそこまで自分を強く求めてくれていることが、どうしようもなく嬉しかったのだ。

レイスは不器用にロージーの肩を引き寄せると、すがるように、そのプラチナブロンドの髪に額を押し当てた。


「今日、あなたを失いかけて……ようやく気づいたのです」 

「……もう、隠しきれそうにありません。ロージー、どうか、私の妻になってくれませんか。一生、あなたを誰にも渡したくないのです」


決して完璧に飾られた言葉ではない。

ただの、一人の男としての切実な願いだった。

不器用で、けれど真っ直ぐなその想いに、ロージーの目から嬉し涙がふわりと溢れ落ちた。


「はい……っ。わたしも、ずっとレイス様の傍にいたいです」


彼女が震える声で頷くと、レイスは深く安堵したように息を吐き、彼女をきつく、大切に抱きしめた。

力強い腕の温もりと、彼から漂う凛とした香りに包まれながら、ロージーはただ静かに彼の胸へと顔を埋めた。



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