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無口な一匹狼の正体は、行きつけカフェの天才パティシエでした~公爵令嬢は甘すぎる溺愛に気付かない~  作者: モーヒアス


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第九話

 最近、リシェルには悩みがあった。


(ルシアン様が格好良すぎますわ……)


 もう本当に困る。

 以前は“無口で怖そうな人”だった。

 それが今では。

 優しくて。不器用で。時々照れて。しかも自分だけには距離が近い。

 好きにならない方が無理だった。


「お嬢様」

「ひゃっ!?」


 朝から見事な反応だった。

 ミーナが完全に呆れている。


「最近それしか言ってませんね」

「だ、だって……!」


 リシェルは顔を覆った。


「この前も凄かったんですもの……!」


『お前、こういうの好きそうだから』


 思い出した瞬間、顔が熱くなる。

 しかも、花型のクッキー。

 完全に自分の好みを理解されている。


「好みに合わせてお菓子を作るなんて、もうかなり重症ですねぇ」

「ミーナ!」

「しかも本人無自覚っぽいですし」

「そこが余計にずるいんですの……!」


 本当に心臓に悪い。

 ルシアンはたぶん、思ったことをそのまま口にしているだけなのだ。

 だからこそ破壊力が高い。



 

 学院へ到着する。

 教室へ入った瞬間。


「…………」


 窓際の彼と目が合った。


「っ」


 リシェルの心臓が跳ねる。

 一方。


「……おはよう」


 今日はルシアンから先に声をかけてきた。

 しかも自然に。


「お、おはようございますわ!」


 慌てて返す。

 最近、本当に挨拶をするようになった。

 それだけなのに嬉しい。

 ルシアンは少しだけ視線を動かす。


「……それ」

「え?」

「髪飾り」


 リシェルはぱちぱち瞬きをした。

 今日は昨日もらった花型クッキーに合わせて、花の髪飾りを付けている。


「あ……」

「似合ってる」

「っ!!」


 さらっと言われた。

 またしても自然に。

 リシェルの顔が一気に赤くなる。


「る、ルシアン様は本当にそういうことを普通に言いますわね!?」

「思っただけ」

「それが困るんですの!」

「何で」


 本気で不思議そうだった。

 もう駄目だ。

 この人、本当に天然でやっている。

 周囲の友人達がまた騒ぎ始める。


「最近本当に距離近いですわね!?」

「ルシアン様、前より表情柔らかくありません?」

「リシェル様にだけでは?」

「〜〜〜っ!」


 やめてほしい。

 全部事実だから余計に困る。

 一方ルシアンは、周囲の声を聞きながら少しだけ眉を寄せた。


「……うるさいな」


 そう呟きつつ。

 視線はまたリシェルへ戻る。


「……顔赤い」

「ルシアン様のせいですわ!」

「またそれか」

「またです!」


 半分涙目だった。

 すると。

 ルシアンが小さく息を吐く。

 そして。


「……じゃあ、あんまり見ないようにする」

「…………え」


 リシェルは固まった。


「お前すぐ赤くなるし」

「…………」

「困るんだろ」


 淡々と言う。

 けれど。

 その声はどこか少し寂しそうだった。

 リシェルの胸がきゅっとなる。


(……嫌ですわ)


 見ないようにされるなんて。

 それは嫌だ。

 気付いた時には、口が動いていた。


「そ、それは駄目です!」

「……は?」

「見てくださいまし!」

「…………」


 今度はルシアンが固まる番だった。

 教室も静まり返る。

 リシェルは数秒後、自分の発言を理解する。


「…………っ」


 顔が爆発しそうなくらい熱くなる。


「ち、違いますわ!!」

「何が」

「そ、その、ええと……!」


 完全に大混乱だった。

 一方。


「…………」


 ルシアンはしばらく黙っていた。

 そして。

 ふい、と顔を逸らす。

 耳が赤い。


「……お前の方が心臓に悪い」

「〜〜〜〜っ!!」


 リシェルは机へ突っ伏した。

 最近、本当に駄目だった。

 お互い、完全に好きなのに。

 誰もまだ“告白”だけはしていない。

 



 昼休み。

 リシェルは中庭へ避難していた。


「もう無理ですわ……」

「本日何回目ですか、その台詞」


 ミーナが呆れ顔でお茶を差し出す。

 リシェルは受け取りながら深くため息を吐いた。


「だってルシアン様、最近さらに距離が近いんですもの……」

「お嬢様が“見てください”なんて言うからでは?」

「うぅ……」


 否定できない。

 あれは完全に勢いだった。

 でも本心でもあった。

 見られると恥ずかしい。

 なのに、見られないのはもっと嫌。

 完全に恋する乙女である。


「でも」


 ミーナが少し笑う。


「彼、かなり分かりやすいですよ」

「……そうですの?」

「ええ。お嬢様が来ると顔が柔らかいですし」

「っ」

「あと、お嬢様が他の男性と話してる時だけ地味に機嫌悪いです」

「…………え?」


 リシェルはぱちぱち瞬きをした。


「そ、そんなこと……」

「あります」


 ミーナが断言する。

 言われてみれば。

 以前、男子生徒に話しかけられていた時。

 ルシアンが妙に無言だった気がする。

 いや、いつも無言なのだが。

 なんというか。

 空気が冷たかった。


「…………」


 リシェルの顔がじわじわ熱くなる。


(それって……)


 つまり。

 少しは意識してくれているということだろうか。

 胸がどきどきする。

 その時だった。


「リシェル」

「っ!?」


 聞き慣れた低い声。

 振り返る。

 そこには。


「……探した」


 少し不機嫌そうな顔をしたルシアンが立っていた。

 低い声。

 けれど、その声音にはほんの少しだけ焦ったような響きがあった。

 リシェルはぱちぱち瞬きをする。


「る、ルシアン様……?」

「教室いなかった」

「え、ええと……少し休憩を」

「……そう」


 ルシアンは小さく息を吐いた。

 その瞬間。


(……安心しましたの?)


 そう思ってしまった。

 探した、と言った。

 つまり。

 自分がいないことに気付いて、わざわざ探しに来てくれたのだ。


「…………っ」


 胸が一気に熱くなる。

 一方。

 ミーナは少し離れた場所で、生温かい視線を送っていた。


「では私は少し席を外しますね」

「ミーナ!?」

「ごゆっくり」


 完全に逃げた。

 リシェルは呆然とする。

 一方ルシアンは、そんなやり取りを気にした様子もなく、リシェルの向かいへ座った。


「……ここ、風強いな」

「え?」

「髪、乱れてる」

「っ」


 また自然にそういうことを言う。

 ルシアンはそっと手を伸ばした。

 リシェルの髪へ触れる。


「……!」


 心臓が止まりそうになった。

 指先が、そっと髪飾りを整える。

 ほんの数秒。

 それだけなのに、熱が一気に顔まで上がった。


「は、はわ……」

「……?」


 ルシアンは不思議そうだった。

 自分がどれだけ危険なことをしているのか理解していない。


「取れそうだった」

「そ、そうですのね……!」

「ん」


 短い返事。

 でも。

 整え終わったあとも、ルシアンの指先は少しだけ名残惜しそうに止まっていた。

 リシェルの思考が完全に停止する。


(む、無理ですわ……!)


 好きな人に髪を触られる破壊力を、彼は知らないのだろうか。

 いや絶対知らない。

 知ってたらこんな自然に出来るわけがない。


「……顔赤い」

「ルシアン様のせいです!」

「また?」

「またです!」


 半泣きで返す。

 ルシアンは数秒こちらを見ていた。

 そして。


「……可愛いな」

「…………」


 リシェルの動きが止まる。


「え」

「赤くなってるの」

「…………」


 数秒の沈黙。

 次の瞬間。


「〜〜〜〜〜っ!!」


 リシェルは両手で顔を覆った。

 もう限界だった。


「ルシアン様、本当に最近どうしたんですの!?」

「何が」

「そういうこと普通に言いますわよね!?」

「思ったから」

「だから困るんですの!」


 完全に涙目だった。

 一方。


「…………」


 ルシアンは少しだけ視線を逸らす。

 その耳が赤い。

 つまり本人も余裕ではない。

 でも止められないらしい。


「……お前見てると、勝手に口に出る」

「っ」


 今度こそリシェルは固まった。

 胸が苦しい。

 甘すぎて。幸せすぎて。どうしていいか分からない。

 その時だった。


「あら?」


 不意に聞こえた声。

 二人同時に振り返る。

 そこには数人の女子生徒が立っていた。


「リシェル様?」

「ルシアン様も一緒でしたの?」

「…………」


 空気が止まる。

 よりによって。

 かなり距離が近い状態だった。

 しかもルシアンの手はまだリシェルの髪の近くにある。

 完全に誤解される構図だった。


「ち、違いますの!」


 リシェルが慌てて立ち上がる。


「これは、その、髪飾りが……!」

「髪?」

「取れそうだったから」


 ルシアンが普通に補足した。

 だが。

 女子生徒達の顔がさらに引きつる。


「ルシアン様が……?」

「髪を……?」

「直した……?」


 ざわっ。

 空気が揺れた。

 それも当然だ。

 学院でのルシアンは、他人へ興味がないことで有名なのだから。

 そんな彼が。

 公爵令嬢の髪へ触れている。

 事件レベルである。


「…………」


 リシェルの顔がどんどん赤くなる。

 一方。


「……別に変なことはしてない」


 ルシアンは本気で不思議そうだった。

 だが。

 女子生徒達の一人が、ぽつりと呟く。


「……恋人みたい」

「っ!!」


 リシェルの思考が吹き飛んだ。

 恋人。

 その言葉が頭の中で反響する。


「ち、違いますわ!!」

「違うの?」

「そ、それは、その……!」


 必死に否定しようとする。

 けれど。

 隣から、低い声が聞こえた。


「……違わないなら、問題ないのか」

「…………え?」


 リシェルはゆっくり振り向く。

 ルシアンが、静かにこちらを見ていた。

 灰色の瞳。

 真っ直ぐな視線。


「…………」

「…………」


 空気が止まる。

 数秒。

 そして。


「〜〜〜〜〜っ!!」


 リシェルは再び顔を覆った。

 もう駄目だった。

 この人、完全に無自覚で外堀を埋めてきている。


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