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無口な一匹狼の正体は、行きつけカフェの天才パティシエでした~公爵令嬢は甘すぎる溺愛に気付かない~  作者: モーヒアス


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10/11

第十話

 翌日。

 学院は妙に騒がしかった。


「聞きました?」

「昨日の中庭の話!?」

「ルシアン様がリシェル様の髪を……!」

「しかも距離が凄く近かったとか!」


 朝からそんな声が飛び交っている。

 リシェルは机へ突っ伏した。


(終わりましたわ……)


 完全に噂になっていた。

 しかも昨日の最後。


『……違わないなら、問題ないのか』


 あの一言のせいである。

 思い出した瞬間、顔が熱くなる。


「お嬢様」

「……はい」

「本日も重症ですね」

「否定できませんわ……」


 ミーナが完全に慣れた顔をしていた。


「でも昨日のあれは、もう告白寸前では?」

「違いますわよ!?」

「違います?」

「だ、だってルシアン様、ああいうの無自覚ですもの!」

「無自覚で“恋人みたい”に対してあの返しを?」

「うぅ……」


 反論できない。

 リシェルは両手で顔を覆った。

 しかも問題はそこではない。


(わたくし、期待してしまいましたのよね……)


 一瞬。

 本当に一瞬だけ。

 “もしかして”と思ってしまった。

 それがもう駄目だった。

  



 教室へ入る。

 途端に空気がざわついた。


「来ましたわ!」

「ルシアン様は!?」

「まだですわね」


 やめてほしい。

 完全に見世物である。

 リシェルが恥ずかしさで固まっていると。


「……朝からうるさいな」


 低い声が響いた。


「っ」


 教室の入口。

 ルシアンが立っていた。

 相変わらず無表情。相変わらず静かな声。

 なのに。

 教室の空気が一瞬で変わる。


「る、ルシアン様……!」

「昨日の件って本当なんですの!?」

「リシェル様とお付き合いを!?」

「…………」


 ルシアンが小さく眉を寄せた。

 そして。

 ちらり、とリシェルを見る。


「…………っ」


 目が合った瞬間、心臓が跳ねる。

 一方ルシアンは、数秒黙ったあと。


「……別に、嫌じゃない」

「…………え?」


 教室が静まり返る。

 リシェルも固まった。


「え、えっと……?」

「付き合うの」

「…………」


 数秒、思考停止。

 そして。


「〜〜〜〜〜っ!!」


 リシェルの顔が一気に真っ赤になる。

 周囲が一斉に騒ぎ始めた。


「なっ!?!?」

「ええええっ!?」

「こ、告白!?」

「違う」


 ルシアンが淡々と否定する。


「ただ聞かれたから答えただけ」

「そ、それ普通はかなり大事な答えですわよ!?」

「そうなのか」


 本気で不思議そうだった。

 だが。

 耳は赤い。

 つまり本人も余裕ではない。

 リシェルは完全に限界だった。


「ル、ルシアン様……!」

「ん」

「そういうことはもっと考えて言ってくださいまし!」

「……?」

「わたくしの心臓がもたないんですの!」


 半泣きである。

 一方。


「…………」


 ルシアンはしばらく黙ったあと。

 ぽつりと呟いた。


「……俺も、あんまり余裕ない」

「…………っ」


 今度こそリシェルは固まった。

 胸がどくん、と大きく鳴る。


「え……」

「お前、最近すぐ変なこと言うし」

「わ、わたくし!?」

「可愛いとか、好きとか」

「〜〜〜〜っ!!」


 完全に覚えられていた。

 リシェルは再び机へ突っ伏す。

 無理だった。

 好きな人に“可愛い”を覚えられているのは破壊力が高すぎる。

 周囲の友人達は完全に混乱していた。


「な、なんですのこの空間……」

「甘すぎません……?」

「本当に付き合ってませんの!?」


 一方。


「…………」


 ルシアンは静かに席へ座る。

 だが。

 本は開いているのに、全然読めていない。

 リシェルだけが、その事実に気付いていた。


(ルシアン様も意識してますわよね……)


 それだけで、胸がいっぱいになる。

 



 昼休み。

 リシェルは半分逃げるように図書室へ来ていた。


「落ち着きませんわ……」


 机へ突っ伏す。

 静かな空間なのに、心臓だけがうるさい。


『……別に、嫌じゃない』

『俺も、あんまり余裕ない』


 頭の中で何度も再生される。


(あれ、もう半分告白では……?)


 いや違う。

 違うはず。

 でも。

 期待してしまう。

 その時だった。


「……やっぱりここにいた」

「っ!?」


 聞き慣れた低い声。

 顔を上げる。

 そこには。


「……逃げるな」


 少し不満そうな顔をしたルシアンが立っていた。

 リシェルの心臓が跳ねる。


「に、逃げてませんわ……!」

「逃げてた」


 即答だった。

 ルシアンは静かにリシェルの向かいへ座る。

 図書室は静かだ。

 だから余計に、二人の空気だけが妙に近く感じる。


「…………」

「…………」


 沈黙。

 だが気まずくはない。

 むしろ、落ち着かない。

 心臓がうるさすぎて。


「……何で来たんですの」


 リシェルは小さな声で尋ねた。

 すると。


「お前が逃げたから」

「っ」

「話終わってない」


 真っ直ぐな返答。

 リシェルの顔がまた熱くなる。


(この人、本当に……!)


 変に誤魔化したりしない。

 だから余計に心臓へ来る。


「その……」


 リシェルは視線を泳がせた。


「教室、すごかったですもの……」

「騒ぎすぎ」

「原因ほぼルシアン様ですわよ!?」

「何で」

「“付き合うの嫌じゃない”なんて言うからです!」

「……本当だし」

「っ!!」


 リシェルの呼吸が止まる。

 一方。


「…………」


 ルシアンは少しだけ視線を逸らした。

 耳が赤い。

 だが言葉は止まらない。


「お前といるの、好きだし」

「〜〜〜〜っ!!」


 リシェルは思わず机へ突っ伏しそうになる。

 危ない。

 図書室だった。

 静かにしなければならない。


「ル、ルシアン様……!」

「ん」

「それ、ほぼ告白ですわよ……!」

「…………」


 ルシアンがぴたりと止まる。

 数秒。

 静かな沈黙。

 やがて彼は、小さく呟いた。


「……違うのか?」

「…………え」


 今度はリシェルが固まる番だった。

 灰色の瞳が、真っ直ぐこちらを見ている。

 逃げ道を与えない視線。


「俺、お前のことかなり好きだけど」

「…………」


 思考停止。

 完全停止。

 数秒後。


「〜〜〜〜〜っ!!」


 リシェルは両手で顔を覆った。

 ついに言われた。

 好き、と。

 こんな自然に。

 こんな真顔で。


「うるさいですよ!」

「ひゃっ!?す、すいません!」


 近くの司書に注意され、リシェルは慌てて口を押さえる。

 顔は真っ赤なままだ。

 一方。


「…………」


 ルシアンは少し困った顔をしていた。


「……そんな驚くか」

「驚きますわよ!?」


 小声で必死に返す。


「だって急すぎますもの!」

「ずっと言ってたつもりだった」

「え」

「言葉にしてなかっただけで」

「…………」


 胸がぎゅっとなる。

 思い返せば。

 特別扱い。視線。優しい声。“お前が好きそうだから”。

 全部、ちゃんと好意だったのだ。


「……リシェル」

「っ」


 名前を呼ばれる。

 低くて優しい声。


「お前は?」

「…………」


 聞かれている。

 分かってしまう。

 逃げ道なんて最初からない。

 だって。

 自分もずっと好きだったから。


「……わたくしも」


 声が震える。

 でもちゃんと伝えたかった。


「ルシアン様のこと、大好きですわ……」

「…………」


 ルシアンが固まった。

 珍しく、本当に。


「…………ルシアン様?」

「……いや」


 彼は片手で口元を押さえた。

 そして。


「……嬉しすぎて、今ちょっと無理」

「…………っ」


 リシェルの心臓が爆発しそうになる。

 好きな人が。自分の言葉で。こんな顔をするなんて。

 幸せすぎて頭がおかしくなりそうだった。

 その時。


「……でも」


 ルシアンがぽつりと呟く。


「ちゃんと言わないと駄目か」

「え?」


 彼はゆっくりリシェルを見る。

 真っ直ぐに。

 逃げずに。


「リシェル」

「は、はい……!」

「俺と付き合ってほしい」

「…………」


 静かな図書室。

 窓から入る柔らかな光。

 その中で。

 無口で不器用な少年は、誰より真っ直ぐな声で告げた。


「恋人になって?」

「…………っ」


 リシェルの目に、じわっと涙が浮かぶ。

 嬉しかった。

 信じられないくらい。

 大好きなケーキを作る人。優しくて不器用で、でも真っ直ぐな人。

 その人が、自分を好きだと言ってくれている。


「……はい」


 リシェルは泣きそうな顔で笑った。


「喜んで、お付き合いしますわ」

「…………」


 その瞬間。

 ルシアンが、ふっと笑った。

 小さく。でも、とても柔らかく。

 学院では誰も見たことがないような笑顔だった。


「……やばいな」

「え?」

「好きすぎる」

「〜〜〜〜〜っ!!」


 リシェルはまた真っ赤になって顔を覆った。

 恋人になった直後なのに。

 この人、全然容赦がなかった。


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