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【完結】無口な一匹狼の正体は、行きつけカフェの天才パティシエでした~公爵令嬢は甘すぎる溺愛に気付かない~  作者: モーヒアス


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11/11

最終話

 翌朝。

 学院へ到着した瞬間。


「リシェル様ー!!」

「本当なんですの!?!?」

「ルシアン様とお付き合いって!!」


 どこから聞きつけたのか学院中大騒ぎだった。


「きゃあっ!?」


 リシェルは思わず肩を跳ねさせる。

 囲まれた。

 完全に囲まれた。

 昨日、図書室での告白を見られていたわけではない。

 だが。

 あのあと、二人が一緒に図書室から出てきたところを複数人に見られていたらしい。

 しかも。

 リシェルの顔は真っ赤。ルシアンは珍しく機嫌が良さそう。


 ——隠せるわけがなかった。


「ど、どうして皆様知っておりますの!?」

「ルシアン様、朝から凄かったんですのよ!」

「え?」


 その瞬間。

 ざわっ、と教室入口の空気が揺れた。


「…………」


 ルシアンが入ってきた。

 相変わらず無表情。相変わらず静か。

 なのに今日は違った。


「っ」


 目が合う。

 瞬間。

 ルシアンの表情が、少し柔らかくなった。


「〜〜〜〜っ!!」


 リシェルの顔が一瞬で赤くなる。

 周囲が悲鳴みたいな声を上げた。


「今の見ました!?」

「絶対恋人の顔ですわよね!?」

「ルシアン様があんな顔するんですの!?!?」


 教室がざわめく。

 一方。


「……朝からうるさい」


 ルシアンは少し眉を寄せた。

 だが。

 そのまま真っ直ぐリシェルの席へ来る。


「おはよう」

「お、おはようございますわ……!」


 恋人になっただけなのに。

 挨拶一つで死にそうになる。

 しかも。


「……寝不足?」

「っ!?」

「目、少し赤い」

「そ、それは……!」


 原因あなたです。

 昨夜ずっと思い出して眠れなかった。

 告白。


 “好きすぎる”。


 あの笑顔。

 頭の中で何度も再生されていたのだ。


「……ちゃんと寝ろ」

「む、無理ですわよ!」

「何で」

「ルシアン様のせいです!」

「俺?」


 本気で不思議そうだった。

 だが。

 周囲の友人達は完全に限界だった。


「甘すぎません!?」

「朝からこれですの!?」

「付き合った途端距離感がおかしいですわ!」


 一方。


「……前とそんな変わってないだろ」


 ルシアンがぽつりと呟く。

 リシェルは固まった。


(つまり前からこの距離感だったんですの!?)


 無自覚にも程がある。

 すると。

 ルシアンがふいに視線を下げた。


「……髪」

「え?」

「跳ねてる」

「っ」


 次の瞬間。

 彼の指先が、そっとリシェルの髪へ触れた。


「〜〜〜〜っ!!」


 教室中が騒然となる。


「ルシアン様!?」

「普通に触りましたわよね!?」

「恋人ですものね!?!?」


 リシェル本人も限界だった。


「る、ルシアン様っ!」

「ん?」

「こ、ここ教室ですわよ!?」

「だから?」

「だから!?」


 本当に分かっていない。

 恋人になったことで、ルシアンの距離感がさらに近くなっていた。

 本人に悪気は一切ない。

 ただ。


 “恋人だから触れてもいい”


 くらいの認識なのだ。

 そして。

 リシェルはそのたびに心臓を撃ち抜かれる。




 昼休み。

 リシェルは中庭に置いてあるテーブルへ突っ伏していた。


「もう駄目ですわ……」

「まだ半日ですよ、お嬢様」


 ミーナが呆れながら紅茶を差し出す。

 リシェルは受け取る気力すらなかった。


「恋人になった途端、ルシアン様がさらに凄いんですもの……!」

「元々独占欲は強そうでしたし」

「独占欲!?」

「お嬢様が他の男性と話してる時、前から空気冷えてましたよ」

「うぅ……」


 思い返せば確かにそうだった。

 だが。

 恋人になってからは隠す気がない。

 朝だって。

 他の男子生徒が話しかけようとした瞬間。


「……リシェル」


 と呼ばれて、自然に隣へ連れて行かれた。

 あれはもう完全に牽制だった。


(無自覚なのが怖いんですのよね……)


 本人は“恋人だから普通”くらいにしか思っていない。

 だが破壊力が凄い。

 その時。


「……ここにいた」

「っ!」


 また聞き慣れた低い声。

 振り返る。

 ルシアンがこちらへ歩いてきていた。

 しかも今日は、片手に小さな箱を持っている。


「ルシアン様?」

「……昼」

「え?」

「まだ食べてないだろ」

「…………」


 リシェルはぱちぱち瞬きをした。

 確かに今日は騒がしすぎて、まだ何も食べていない。

 だが。

 どうしてそれを知っているのだろう。


「顔見れば分かる」

「っ」

 さらっと言う。

 そして。

 ルシアンは当然みたいな顔で、リシェルの隣へ座った。

 周囲の視線が凄い。

 だが本人は全く気にしていない。


「……これ」


 小さな箱を差し出してくる。


「まあ?」

「新作」

「新作ですの!?」


 一瞬でリシェルの顔が輝いた。

 その反応を見て、ルシアンの目元が少し柔らかくなる。


「……やっぱその顔好き」

「〜〜〜〜っ!!」


 リシェルは思わず顔を覆った。

 無理。

 本当に無理だった。

 恋人になったルシアン、甘さが限界突破している。

 低くて優しい声。

 リシェルは完全に顔を覆った。


「ルシアン様、昨日から本当に容赦ありませんわよね……!?」

「そうか?」

「そうです!」


 本気で訴える。

 だが。

 ルシアンは不思議そうに小さく首を傾げただけだった。

 本人は自然に言っている。

 だからこそ破壊力が凄まじい。


「……開けないのか」

「っ」


 言われて、リシェルは慌てて箱を見る。

 小さく丁寧に包まれた箱。

 リボンまで付いている。


(恋人になって初めての新作……!)


 そう思うだけで胸がいっぱいになった。

 そっと蓋を開ける。


「……まあ……!」


 思わず声が漏れる。

 中に入っていたのは、小さなホールケーキだった。

 真っ白なクリーム。淡いピンク色の花びら。艶やかな苺。

 まるで春そのものみたいな、美しいケーキ。


「綺麗……!」


 リシェルの瞳がきらきら輝く。

 その顔を見て。

 ルシアンの口元が少しだけ緩んだ。


「……名前、まだ決めてない」

「え?」

「試作だから」

「こんなに完成されておりますのに!?」

「……まだ足りない」


 職人の顔だった。

 真剣で。真っ直ぐで。少し頑固。

 でも。

 リシェルはその顔が大好きだった。


「食べても?」

「そのために持ってきた」

「いただきますわ!」


 フォークを入れる。

 ふわり、と甘い香り。

 一口食べた瞬間。


「……っ!」


 リシェルは目を見開いた。

 苺の甘酸っぱさ。軽いクリーム。口の中でほどけるスポンジ。

 なのに。

 後味は驚くほど優しい。


「おいしい……!」


 本当に幸せそうな声だった。


「凄いですわ……!」

「…………」

「甘いのに重くなくて、苺の香りが綺麗で……!」


 夢中で感想を伝える。

 ルシアンは静かに聞いていた。

 まるで。

 その感想だけが欲しかったみたいに。


「あと、このクリーム……!」

「ん」

「ほんの少し紅茶の香りがしますわよね?」

「……気付くか」

「もちろんですわ!」


 リシェルは嬉しそうに笑った。


「すっごく合ってます!」

「…………」

「苺だけじゃなくて、後ろにふわっと香る感じが凄く綺麗ですわ!」


 その瞬間。

 ルシアンが、小さく息を吐いた。


「……やっぱお前凄いな」

「え?」

「ちゃんと分かってくれる」


 静かな声。

 でもそこには、隠しきれない嬉しさが滲んでいた。


「今まで他の奴はそこまで気付かなかった」

「まあ!」

「だから、お前に最初に食べてほしかった」

「…………っ」


 リシェルの胸が熱くなる。

 自分だけ。最初に。一番に。

 そんな言葉が、どうしようもなく嬉しかった。


「……ルシアン様」

「ん」

「わたくし、やっぱりルシアン様のお菓子、大好きですわ」

「…………」

「もちろんルシアン様のことも」

「っ」


 今度はルシアンが固まる番だった。

 数秒。

 静かな沈黙。

 やがて彼は、少しだけ顔を逸らした。

 耳が赤い。


「……急に言うな」

「ふふっ」


 リシェルは思わず笑ってしまった。

 だって。

 自分ばかり翻弄されていたと思っていたのに。

 ルシアンだってちゃんと照れるのだ。

 それが嬉しかった。

 



 放課後。

 二人はそのままリュミエールへ来ていた。


「おかえり、ルシアン」


 侯爵がにやにやした顔で迎える。


「お嬢ちゃんも」

「こ、こんにちは……!」

「いやぁ、やっとくっついたなぁ」

「〜〜〜っ!!」


 リシェルが真っ赤になる。

 一方。


「……うるさい」


 ルシアンは少し眉を寄せた。

 だが。

 その横顔は、どこか穏やかだった。


「しかしまあ、お前がそんな顔するとはなぁ」

「?」

「昔は菓子以外興味ないみたいな顔してたのに」

「…………」


 ルシアンが黙る。

 侯爵は楽しそうに笑った。


「変わったよな」


 その言葉に。

 ルシアンは少しだけ考えるように視線を落とした。

 そして。

 隣に座るリシェルを見る。


「……そうかも」

「っ」


 リシェルの心臓が跳ねる。


「お前といると、楽しいし」

「っ」

「菓子作るのも前より好きになった」

「…………」


 リシェルは目を丸くした。

 好きなものを、“もっと好き”になる。

 それはきっと、とても幸せなことだ。


「わたくしもですわ」

「?」

「ルシアン様と出会ってから、もっとケーキが好きになりましたの」

「…………」

「食べるだけじゃなくて、“誰かが想って作ってる”って分かるようになったんですの」


 ルシアンが静かにこちらを見る。

 灰色の瞳が、少しだけ柔らかく細められた。


「……それ、お前だから気付けたんだろ」

「ふふっ、かもしれませんわね」


 二人で笑う。

 甘い香りが漂う店内。

 夕暮れの柔らかな光。

 好きな人が隣にいる。

 それだけで、胸が満たされていく。

 その時。

 ルシアンがぽつりと呟いた。


「……やっぱり」

「?」

「お前が食べてる顔、一番好き」

「〜〜〜〜っ!!」


 最後の最後で。

 リシェルの顔はまた真っ赤になった。

 一方。

 そんな彼女を見つめるルシアンの表情は、どこまでも優しかった。




 ——無口な一匹狼の正体は、行きつけカフェの天才パティシエでした。

 そして今日も。

 彼は、たった一人の大切な恋人のために、甘いお菓子を作り続ける。


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