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無口な一匹狼の正体は、行きつけカフェの天才パティシエでした~公爵令嬢は甘すぎる溺愛に気付かない~  作者: モーヒアス


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7/11

第七話

 ——リュミエールの天才パティシエ。


 その正体が、学院の無口な一匹狼。

 しかも。

 今、自分の目の前で耳を赤くしている。


(む、無理ですわ……)


 リシェルは完全に限界だった。

 心臓がうるさい。

 顔も熱い。

 しかもルシアンは、そんな彼女を見て小さく息を吐く。


「……何でお前の方がダメージ受けてるんだ」

「だ、だって……!」

「お前が言ったんだろ」

「そ、それはそうですけれど!」


 “心臓に悪い”なんて言われたら無理に決まっている。

 しかも本人はわりと真顔だ。

 破壊力が高すぎる。


「……落ち着け」

「ルシアン様が落ち着かせてくださいまし!」

「無茶言うな」


 少し困ったような声。

 だが、その空気は以前よりずっと柔らかかった。

 リシェルはふと気付く。


(……ルシアン様、わたくしの前だと結構喋りますわね)


 学院ではあんなに静かなのに。

 今では普通に会話している。

 しかも最近は、少し感情も見えるようになってきた。

 困った顔。呆れた顔。照れた顔。

 全部、自分だけが知っている。

 そう思った瞬間。

 胸がふわっと熱くなった。




 その日の帰り道。

 リシェルは完全に上機嫌だった。


「お嬢様、分かりやすすぎます」

「そ、そうですの?」

「はい」


 ミーナが即答する。


「歩く速度がいつもの一・五倍です」

「そんなに!?」

「あと顔がずっと緩んでます」

「〜〜〜っ!」


 リシェルは慌てて両頬を押さえた。

 そんなに分かりやすかっただろうか。


「でもよかったですね」

「……何がです?」

「好きなケーキを作ってる人が、好きな人だったんですから」

「っ!?」


 リシェルの足が止まる。


「す、好きな人!?」

「違うんですか?」

「ち、違っ……!」


 そこまで言って、言葉が止まる。

 違う。


 ……本当に?


 最近、ルシアンのことばかり考えている。

 会いたいと思う。話したいと思う。笑ってくれると嬉しい。

 しかも。

 他の人には見せない顔を、自分には見せてくれる。


(…………)


 リシェルの顔が一気に熱くなる。


「……お嬢様?」

「……ち、違いませんわね……」

「あっさり認めましたね」

「うぅぅ……」


 もう誤魔化せなかった。

 自覚した瞬間、破壊力が凄い。

 リシェルは顔を覆った。


「わたくし、ルシアン様のことが好きなんですのね……」

「今さらですか?お嬢様を見てれば誰だってすぐ分かります」

「そんな前から!?」

「はい」


 ミーナが即答する。

 恥ずかしくて死にそうだった。

 



 翌日。

 学院は少し騒がしかった。


「聞きました?」

「リュミエールの天才パティシエの話!」

「また賞を取ったらしいですわ!」


 朝からそんな会話が飛び交っている。

 リシェルはびくりと肩を揺らした。


(うぅ……タイミングが……!)


 本人が同じ教室にいる。

 しかも誰も気付いていない。

 ちらり、と窓際を見る。


「…………」


 ルシアンは今日も静かに本を読んでいた。

 相変わらず無表情。

 だが今のリシェルには分かる。

 彼はこういう話題になると、“面倒そうだな”と思っている。

 その証拠に、ページをめくる速度が少しだけ早い。


「でも本当に凄いですわよねぇ」

「顔も名前も出てないのがまた素敵ですわ!」

「絶対大人の男性ですわよね」

「落ち着いた紳士って感じ!」

「…………」


 リシェルは思わず吹き出しそうになった。

 違う。

 実際は。

 無口で。ちょっと不器用で。照れると耳が赤くなる学院生だ。


「……何」

「いえ」


 目が合った。

 ルシアンが少しだけ怪訝そうな顔をする。

 リシェルはくすくす笑いそうになるのを堪えた。


(秘密を共有してるみたいですわね)


 そう思うと、少し嬉しい。

 その時だった。


「そういえばリシェル様」


 友人の一人が話しかけてくる。


「リシェル様、よくリュミエールへ行かれますでしょう?」

「え?ええ」

「でしたらパティシエ様と会ったことありませんの?」

「っ」


 リシェルの肩が跳ねた。

 窓際から視線を感じる。


「え、ええと……」


 どう答えるべきか迷う。

 まさか“毎日話してます”とは言えない。


「やっぱり秘密主義なんですの?」

「そ、その……」


 ちらり、とルシアンを見る。

 すると。


「…………」


 彼もこちらを見ていた。

 灰色の瞳が静かに細められる。


 ——言うな。


 そう言われている気がした。

 リシェルは思わず笑ってしまう。


「ふふっ」

「リシェル様?」

「いえ、秘密ですわ」

「ええー!?」


 友人達が騒ぎ出す。

 一方。


「…………」


 ルシアンは小さく息を吐き、本へ視線を戻した。

 けれど。

 その口元がほんの少しだけ緩んでいることに、リシェルは気付いてしまった。


(……ずるいですわ)


 そんな顔を見せられたら。

 もっと好きになってしまうに決まっている。

 昼休み。

 リシェルは、ここ数日で最大級に落ち着かなかった。


(好きって自覚したあとに顔を見るの、破壊力が凄すぎますわ……!)


 ちらり。

 窓際を見る。


「…………」


 ルシアンはいつも通り本を読んでいた。

 相変わらず静かで、無表情。

 なのに今は、その横顔を見るだけで胸が苦しくなる。


(好きなんですのよね……)


 認めてしまった。

 もう誤魔化せない。

 彼が笑うと嬉しい。話せると嬉しい。自分だけが知っている姿があることも嬉しい。

 完全に恋だった。


「リシェル様」

「ひゃぃっ!?」


 友人に声をかけられ、肩が跳ねる。


「本当に最近ずっと窓際を見てますわね」

「み、見てません!」

「見てます」

「……す、少しだけです」


 観念した。

 友人達が顔を見合わせる。


「でも不思議ですわよねぇ」

「何がですの?」

「ルシアン様、リシェル様には凄く優しいですもの」

「っ!?」


 リシェルの顔が熱くなる。


「や、優しい……?」

「ええ」

「他の人にはあんなに喋りませんわよ?」

「リシェル様には自分から話しかけてますし」

「お菓子まで渡してましたわよね?」

「〜〜〜っ!」


 やめてほしい。

 客観的に並べられると破壊力が凄い。


「そ、それは、その……!」


 必死に言葉を探す。

 だが。


「……否定しないんだな」

「っ!」


 低い声。

 いつの間にか、ルシアンがこちらを見ていた。

 リシェルは完全に固まる。


「る、ルシアン様!?」

「聞こえてた」

「うぅ……」


 穴があったら入りたい。

 だが。

 ルシアンは数秒こちらを見たあと。


「……別に間違ってない」

「…………え?」


 教室が静まり返る。

 友人達も固まった。

 一方ルシアンは、本人だけが平然としている。


「お前には喋りやすいし」

「っ」

「感想もちゃんとくれるし」

「っ、っ」

「……一緒にいて楽」

「〜〜〜〜〜っ!!」


 リシェルは机へ突っ伏した。

 無理だった。

 完全に無理だった。

 友人達が騒ぎ始める。


「な、なんですの今の!?」

「こ、告白では!?」

「違いますわよね!?!?」


 リシェルも知りたい。

 一方。


「……何で騒いでるんだ」


 ルシアンは本気で不思議そうだった。

 だが耳は赤い。

 つまり本人も無自覚ではない。

 ただ言葉が真っ直ぐすぎるのだ。

 



 放課後。

 リシェルは逃げるように教室を出た。


(む、無理ですわ……!)


 心臓がもたない。

 好きだと自覚した直後に、“一緒にいて楽”なんて言われて平気でいられるわけがない。


「お嬢様、歩く速度が速いです」

「うぅ……」


 ミーナに指摘されても止まれない。


「完全に追い込まれてますねぇ」

「だってルシアン様、最近本当にずるいんですもの……!」

「無自覚系ですね」

「破壊力が凄すぎますわ!」


 リシェルは顔を覆った。

 以前の無口で怖い印象はもう完全に消えている。

 今のルシアンは。

 不器用で。素直で。時々照れて。でも真っ直ぐで。

 そして、とても優しい。


(好きにならないわけありませんわ……)


 もう手遅れだった。

 



 リュミエールへ着く。

 店へ入ると、今日も甘い香りが漂っていた。

 その瞬間。


「……来た」


 カウンターの向こうから声が飛ぶ。

 リシェルの心臓が跳ねた。

 ルシアンが、こちらを見ている。

 しかも今日は、少しだけ表情が柔らかい。


「こ、こんにちは……」

「ん」


 短い返事。

 だが。

 少し嬉しそうに見えた。


(気のせいではありませんわよね!?)


 最近、本当に分かりやすい。

 いや、分かるようになっただけかもしれない。


「今日は何がおすすめですの?」

「……桃のタルト」

「桃!」

「期間限定」

「食べます!」

「やっぱり即決か」

「当然ですわ!」


 いつものやり取り。

 けれど今日は、どこか空気が甘い。

 リシェルが席へ座ると、ルシアンが少し迷うように視線を逸らした。


「……あと」

「?」

「これ」


 差し出されたのは、小さな箱だった。


「まあ?」

「焼き菓子」

「いただいてもよろしいんですの!?」

「……作りすぎた」


 絶対嘘だ。

 箱が可愛く包まれている。

 完全に“渡す用”だった。

 リシェルは恐る恐る受け取る。


「開けても?」

「好きにしろ」


 箱を開く。

 中には、小さな花の形のクッキーが並んでいた。

 淡いピンク色。春の花みたいに可愛い。


「……っ」


 リシェルの顔が一気に明るくなる。


「可愛い……!」

「…………」

「これ、ルシアン様が?」

「……まあ」

「凄く素敵ですわ!」


 本当に嬉しそうな声。

 ルシアンは数秒黙ったあと、小さく視線を逸らした。


「……お前、こういうの好きそうだから」

「…………え」


 今度はリシェルが固まる。

 つまり。

 私の好みを考えて作ったということだろうか。


「…………」

「…………」


 沈黙。

 そして。


「〜〜〜〜っ!!」


 リシェルは両手で顔を覆った。

 駄目だった。

 好きな人に“お前が好きそうだから”なんて言われて、耐えられる令嬢はいない。

 一方。


「……また赤くなった」


 ルシアンは少し困ったように呟いた。

 けれど。

 その顔は、どこか嬉しそうだった。

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