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無口な一匹狼の正体は、行きつけカフェの天才パティシエでした~公爵令嬢は甘すぎる溺愛に気付かない~  作者: モーヒアス


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6/11

第六話

 翌日。

 リシェル・アルフォードは、人生でもかなり上位に入るくらい落ち着かなかった。


(ど、どうしましょう……!)


 朝からずっと、頭を抱えている。

 理由はもちろん昨日の発言だ。


『わたくし、ルシアン様のお菓子の話をしてる時のお顔、好きですわ』


 ——好きですわ。


(〜〜〜〜っ!!)


 思い出した瞬間、ベッドへ突っ伏したくなった。

 なぜあんなことを言ったのか。

 いや、嘘ではない。

 本当に好きなのだ。

 お菓子の話をしている時のルシアンは、学院にいる時よりずっと柔らかい。

 静かで。

 優しくて。

 少し楽しそうで。

 だから、つい。

 ……つい口に出てしまった。


「お嬢様」

「ひゃあっ!?」


 突然声をかけられ、リシェルは飛び上がった。

 ミーナが完全に呆れた顔をしている。


「本日何回目ですか」

「ミ、ミーナ……」

「昨日からずっと挙動不審です」

「だ、だって……!」


 リシェルは両手で顔を覆った。


「変な意味に聞こえていたらどうしましょう……!」

「実際かなり意味深でしたね」

「やっぱりですわよね!?」

「はい」


 即答だった。

 リシェルは机へ突っ伏した。


「終わりましたわ……」

「そこまでですか」

「だって、“好き”って言ってしまったんですのよ!?」

「お菓子の話をしている時の顔が、ですよね?」

「そ、そうですけれど!」

「なら問題ないのでは?」

「問題ありますわ!」


 リシェルの顔は真っ赤だった。


「わたくし、あんな風に男性へ言ったことありませんもの……!」


 貴族社会では褒め言葉くらい普通に飛び交う。

 だが。

 昨日のは違った。

 もっと素直で。

 もっと直接的で。

 だからこそ、自分でも恥ずかしい。


「ちなみに」


 ミーナがにこりと笑う。


「その後、彼の顔を見ました?」

「……っ」


 見た。

 しっかり見た。

 耳まで真っ赤だった。


(ルシアン様、真っ赤でしたわよね……?)


 思い出した瞬間、また心臓がうるさくなる。


「……あちらも相当意識してるように見えましたけど~?」

「〜〜〜〜っ!!」


 リシェルは完全に撃沈した。




 学院へ向かう馬車の中でも、落ち着かなかった。

 窓へ映る自分の顔が、ほんのり赤い。


(普通に……普通に振る舞いませんと……)


 そう決意する。

 ただの会話だ。

 変な意味ではない。

 そう。

 変な意味では——。


(……ありませんわよね?)


 そこで思考が止まる。

 最近、ルシアンのことばかり考えている。

 学院でも探してしまう。店へ行けば会えるか気になる。話すと嬉しい。

 しかも。

 少し笑ってくれるだけで、胸が変になる。


(…………)


 リシェルは静かに顔を覆った。

 考えたくない。

 でも、気付いてしまいそうで怖い。

 



 教室へ入る。

 途端に、視線が窓際へ向いた。


「…………」


 ルシアンがいる。

 今日も静かに本を読んでいた。

 いつも通り。本当にいつも通り。

 なのに。


(む、無理ですわ……!)


 昨日の耳が赤い姿を思い出してしまう。

 どくどくと心臓が鳴る。

 すると。

 ぱたり。

 ルシアンが本を閉じた。

 灰色の瞳が、こちらを見る。


「…………」

「…………っ」


 目が合った。

 一瞬で顔が熱くなる。

 だが今日は、いつもと違った。

 ルシアンの方も、少しだけ固まったのだ。

 数秒の沈黙。

 やがて彼が、ふい、と視線を逸らした。


「……お、おはよう」

「……っ!」


 先に挨拶された。

 しかも少しぎこちない。

 リシェルはぱちぱち瞬きをする。


「お、おはようございますわ!」


 慌てて返す。

 すると。


「…………」

「…………」


 また沈黙。

 空気が変だった。

 いや、変なのは二人だけかもしれない。

 周囲の生徒達は普通に話している。

 なのに、この周囲だけ妙に落ち着かない。


「…………」


 ルシアンが本を開く。

 ……が。

 ページが全然進んでいない。


(ルシアン様も落ち着いてませんわよね!?)


 リシェルは思わずそう考えた。

 すると。


「……そんな見るな」

「ひゃっ!?」

「さっきからずっとこっち見てる」

「み、見てませんわ!」

「見てた」

「…………す、少しだけです」


 観念した。

 ルシアンが小さく息を吐く。


「……何」

「え?」

「何か言いたいことあるんじゃないのか」

「…………」


 ある。

 ものすごくある。

 昨日のこととか。変な意味じゃなかったとか。でも嬉しかったとか。

 ……いや最後は違う。

 違うはず。


「その……」


 リシェルは視線を泳がせる。


「昨日は、変なことを言ってしまって申し訳ありませんでしたわ」

「…………」


 ルシアンが静かにこちらを見る。


「……変じゃない」

「え?」

「別に」


 短い返事。

 けれど。

 その耳が、また少し赤い。


「…………っ」


 リシェルの心臓が跳ねる。

 そして次の瞬間。


「ルシアン様」

「ん」

「お顔、赤いですわ」

「…………」


 ぴたり。

 完全に止まった。

 ルシアンの動きも。空気も。

 数秒後。


「……お前のせいだろ」

「…………え」


 今度はリシェルが固まる番だった。

 低い声。少し不機嫌そうな顔。

 なのに。

 耳だけ真っ赤。

 破壊力が凄かった。


「〜〜〜〜っ!!」


 リシェルは机へ突っ伏した。

 もう駄目だった。

 色々と限界だった。


「リシェル様、大丈夫ですの?」

「顔真っ赤ですわよ?」

「熱でもあります?」


 周囲の友人達がざわつく。

 だがリシェルは机へ突っ伏したまま動けなかった。


(む、無理ですわ……!)


『……お前のせいだろ』


 頭の中で何度も再生される。

 しかも、あの顔。

 少し困ったみたいに眉を寄せながら、耳だけ真っ赤だった。

 反則である。

 完全に反則だった。


「……そんなに変なこと言ったか」


 ぽつり。

 窓際から聞こえる声。

 リシェルはびくりと肩を揺らした。

 恐る恐る顔を上げる。

 するとルシアンが、少しだけ困惑した顔でこちらを見ていた。


「変ですわよ!」


 半分叫びだった。


「普通そんなこと言いませんわ!」

「そうか?」

「そうです!」

「…………」


 ルシアンは数秒黙る。

 そして。


「……でも事実だろ」

「っ!!」


 リシェルは再び机へ沈んだ。

 友人達が完全に騒ぎ始める。


「な、なんですのあれ!?」

「距離感おかしくありません!?」

「ルシアン様ってあんな人でした!?」


 リシェルも知りたい。

 以前の彼はもっと無愛想だったはずだ。

 なのに最近は。

 妙に真っ直ぐというか。自然というか。無自覚というか。

 とにかく心臓に悪い。

 一方。


「…………」


 ルシアンは静かに本を開き直した。

 だがページはやはり進んでいない。

 しかも耳はまだ少し赤い。

 それに気付いてしまうと、リシェルの心臓はさらにうるさくなった。

 



 放課後。

 リシェルは半分放心状態のままリュミエールへ来ていた。


「お嬢様」

「……はい」

「本日ずっと上の空でしたね」

「……はい」

「重症ですねぇ」

「否定できませんわ……」


 ミーナが完全に面白がっている。

 リシェルは顔を覆った。


「だってルシアン様、最近変なんですもの……」

「お嬢様相手だからでは?」

「〜〜〜っ!」


 その可能性を考えたくない。

 考えた瞬間、自爆する。

 そんな状態だった。

 店へ入る。

 甘い香りが漂う。

 すると。


「……来たのか」


 いつもの低い声。

 カウンターの向こうに立つルシアンと目が合った。


「っ」


 また心臓が跳ねる。

 しかも今日は、ルシアンの方も少しだけ視線を逸らした。


(ルシアン様も意識してません!?)


 そう思った瞬間、さらに顔が熱くなる。


「こ、こんにちは……」

「……ん」


 短い返事。

 けれど今日はどこかぎこちない。

 最近まで普通に話せていたのに。

 昨日から空気がおかしい。


「…………」

「…………」


 沈黙。

 気まずい。

 だが嫌な感じではない。

 むしろ、変に意識してしまっている感じだ。

 その時。


「……これ」

「え?」


 ルシアンが小さな皿を差し出した。

 そこには、一口サイズの焼き菓子が乗っていた。


「し、試作」

「まあ!」


 リシェルの顔がぱっと明るくなる。

 その反応を見て、ルシアンの肩から少し力が抜けた。


「今日のは?」

「林檎とシナモン」

「絶対美味しいですわ!」

「まだ分からないだろ」

「ルシアン様の試作ですもの!」

「…………」


 その瞬間。

 ルシアンの動きがぴたりと止まる。

 リシェルも、はっとした。


(今、“ルシアン様の試作”って……)


 つまり。

 自分はもう、彼が作っている前提で話している。

 沈黙。

 数秒。

 やがてルシアンが、小さく息を吐いた。


「……隠す意味、なくなってきたな」

「……え?」


 リシェルはぱちぱち瞬きをする。

 ルシアンは少しだけ視線を逸らした。

 そして。


「……作ってるの、俺」

「…………」


 一瞬。

 思考が止まった。


「……え」

「だから」


 ルシアンが観念したように言う。


「リュミエールの菓子、作ってるの俺」

「…………」


 リシェルの頭が真っ白になる。

 つまり。

 やっぱり。

 本当に。

 あの有名なパティシエが——。


「ええええええっ!?」


 店内へ響き渡るくらい大きな声が出た。

 周囲の客がびくっとする。

 リシェルは慌てて口を押さえた。


「も、申し訳ありません……!」

「……声でかい」

「だ、だって……!」


 無理である。

 驚くに決まっている。


「ほ、本当にですの!?」

「……嘘ついてどうする」

「で、でも、学院生で……!」

「昔から店手伝ってる」

「賞も全部!?」

「……まあ」

「すごすぎますわ!!」


 リシェルは本気で感動していた。

 目がきらきらしている。


「やっぱりルシアン様だったんですのね……!」

「……薄々気付いてただろ」

「少しだけですわ!」

「少しか」

「かなりです!」

「どっちだ」


 ルシアンが小さく呆れる。

 でもどこか安心した顔だった。


「どうして隠してたんですの?」

「面倒だから」

「面倒……」

「知られると騒がれる」

「それは騒がれますわよ!」


 学院中が大騒ぎになるレベルだ。

 あの超人気店の天才パティシエが、同じ学院に通っているなんて。


「でも」


 リシェルはふわりと笑った。


「わたくし、知れて嬉しいですわ」

「…………」

「だって、大好きなお菓子を作ってる方が、こんなに素敵な人だったんですもの」

「…………っ」


 ルシアンが、また固まる。

 そして。

 ふい、と顔を逸らした。

 耳が赤い。

 もう隠しきれていない。


「……お前、そういうこと普通に言うな」

「え?」

「……心臓に悪い」

「…………っ」


 今度はリシェルが固まる番だった。

 数秒後。


「〜〜〜〜っ!!」


 顔を真っ赤にして両手で覆う。

 無理だった。

 最近のルシアン、本当に無理だった。

 心臓がもたない。


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