39_北東北寄りの格納庫
北東へ向かう道は、昨日まで歩いた草原とは少し違った。
足元の土が硬くなっている。踏む音が変わり、砂粒の多い柔らかさが消えて、石を踏む感触が混じり始めた。コウキはそれを足の裏で確かめながら歩いた。岩盤が近い地形——地表の草は薄く、土の色が灰白から褐色に変わっている。
「岩が増えてきた」とルウが言った。
「北東の地形です」とナクロが帳面を見ながら答えた。「銀崖ほどではないですが、似た層構造があるかもしれません。地表に岩が出てくる前に、地下でまず固くなる」
「採掘はできるか」
「石工の目で見れば、条件次第では。ただここに人は住んでいない」
ダグが声の届かぬほど先を歩いている。草原では音なく渡るような足取りだったが、岩混じりの地面では一歩一歩が少し重くなった。それでも先頭を維持したまま、一行の安全を確かめ続ける。
コウキは観測網を北東に向けていた。昨日の北北東の格納庫よりも、感知の反応がわずかに強い気がした。遠さは同じくらいだが、届いてくる「密度」が違う。
「気配は続いてるか」とアレクが後ろから聞いた。
「はい。昨日より少し強い感触があります。距離は三日路前後だと思います」
「方角は変わらないか」
「変わりません。あの稜線の向こう側、少し右寄り」
コウキが指で示した先に、岩の台地がある。低い崖が水平に延びており、その向こう側が見えない。草原の中ではなく、台地に近い平地——そこに次の格納庫がある、という感触だった。
* * *
昼前、ダグが足を止めた。
「爪跡がある」
一行が集まった。岩の面に、四本の筋が斜めに刻まれている。岩を削った爪跡——深く、幅が広い。
「大型の獣だ」とダグが言った。「腕の太さから見て、熊に近い種か。でも熊ではない。後足の幅が違う」
「いつのものだ」
「一週間以上前。乾いて風化が始まってる。今はいない」
コウキが観測網を生き物の感知に切り替えた。近辺に大きな気配はない。遠く、南の方角に何かが動いているが、こちらとは別の方向だった。
「今は問題ありません」
「了解」とアレクが言った。「ダグ、もう百メートル先を確認してくれ」
「はい」
コウキはもう一度爪跡を見た。ナクロが帳面にそれを書き写している。形、大きさ、位置。ナクロは岩を見るときと同じ目で、生き物の痕跡を記録していた。
「これも残るんですか」とコウキは聞いた。
「残ります」とナクロが答えた。「後から来た人が同じ岩を見て、何が通ったかわかるように。爪跡は石に一番長く残る記録です」
一行は再び歩き始めた。台地が近づくにつれて、コウキの感知がじわりと強くなっていく。
* * *
「昼過ぎ、台地の縁に着いた」とトメが帳簿に書き入れながら言った。「北北東の格納庫から北東に三日路あまり」
「少し手前でしたね」とナクロが帳面と照合した。「ルインさんの解読だと三日半路とありましたが」
「測量は目測と歩測だ。二割の誤差はある」とアレク。「問題ない」
台地の縁は岩が露出していた。平らな草原に突然、段差が出てくる形——高さは三メートルほどで、上から下を見下ろすと草が続いている。コウキはその台地の縁から少し下った場所に降り立ち、足元を確かめた。
「ここです」
金属の気配が、真下からしている。草原に丘状の盛り上がりがある前回や前々回とは違い、今回は岩の台地の壁面に食い込んだ形で格納庫の蓋があった。横から見ると岩の中に四角い石造りが埋まっており、その縁に記号が刻まれている。
「十六個です」とナクロが数えた。「南の標塔と同じ数」
コウキは記号を一つずつ指でなぞった。字体は違うが、並び方に統一感がある——同じ測量隊の手による。
観測網を開き、周辺の標塔を経由させて蓋の内部に向けた。以前から繰り返してきた動作——意識がすうっと延びて、内側の爪に触れる感触がある。今回は迷いも戸惑いもない。
押す。
かちりという音とともに、石の蓋が内側から少し浮いた。
「開いた」とルウが言った。
ダグが周囲を一回り確認した。「安全だ」
アレクが蓋の端をつかんで引き上げた。石の重さが手に伝わる。下から光のない空間が現れた。深さは——前の格納庫より深い。八メートルほど。壁に足がかりが等間隔に刻まれており、コウキが先に降りた。
* * *
地下の空間は今まで見た中で一番縦長だった。
直径は八メートル前後だが、深さが八メートルある。上から見ると細い筒のような構造で、壁一面に薄い金属板が複数段に分かれて張り付いている。上段・中段・下段と、それぞれ文字の密度が違う。
「ナクロさん、書き写せますか」
「降ります」
ナクロが足がかりをつかんで降りてきた。帳面を開き、上段から順に書き写し始める。
「これは今まで見た中で一番文字が多いですね」とナクロが言いながら、一字一字確認していく。「南の標塔の格納庫の三倍はある」
コウキは空間の中央に立った。標塔の根となる金属柱——地表からここまで続く太い管——が、今回は壁寄りではなく中央に位置していた。それだけ格納庫の構造が違う。
密閉容器が二個、床に固定されている。前と同じ形状だ。鍵器具を一本取り出して溝に当てると、内側に沈んで蓋が浮いた。中の鍵器具を取り出す。もう一個も同じ手順で開けた。
これで十一本になる。
コウキは両方を手に取った。
観測網が反応した——九本のときより、さらに強く。手のひらが少し熱いような感触。いや、熱くはない。厚みが増した、という感じに近い。十一本分の重さが、観測網の輪郭を押し広げていた。
「根に触れてみます」
金属柱に手のひらを当てた。
流れ込んでくるものは、前回と違った。
球殻の断面図でも水脈の流れ図でもない——各地の、生き物の分布図のようなものだった。点の集まりが地表に広がっており、その点が濃い場所と薄い場所に分かれている。濃い場所は生物が多く存在している地域、薄い場所は少ない。そして、薄い場所が少しずつ広がっている。
「生き物の記録です」とコウキは声に出した。「この標塔が見ていたのは、地域ごとの生物の数の変化。拡散MTMが染み込んでいる場所は、点が薄くなっている」
「それが集落に伝わるんですか」とナクロが書き写しを続けながら言った。
「伝わっていないと思います。受け取る側がいないから。タケルの観測装置なら記録できたかもしれないが——」
コウキは手を離した。それから鍵器具を十一本、手の上に並べた。
感知が変わった。
「集まる図の中心」——球殻を見下ろす視点で、十二本の線が収束する一点——その輪郭が、今まで以上にくっきりしていた。前回の九本よりも、さらに鮮明だ。そしてその中心点に、今回初めて「方向性」が加わった。
北東。
十一本が示す先は、北東の方角だった。北東の標塔の根元——最初に降りた場所、球殻の断面図を見た場所——そこが最終地点だという確信が、今まで以上に強く手から伝わってきた。
「コウキさん」とナクロが呼んだ。「何か変わりましたか」
「集まる図の中心の方向がわかりました。北東の標塔の地下です。最初から見ていた場所が——最後の場所でもある」
* * *
地上に戻ると、昼を過ぎていた。
台地の縁から草原を見渡すと、空が広かった。南の方角に、遠く銀崖の山影がかすかに見える。北東の空には標塔が一本、白く立っている。さらに東と西にも、それぞれ一本ずつ。合計三本の柱が視界の中に並んでいた。朝の金属光沢とは違い、午後の光を受けて銀灰色に輝いている。
「三本同時に見えるな」とルウが空を見ながら言った。
「高い所ならもっと見える」とコウキ。「タケルの拠点から見たときは、二十本以上見えた」
「そんなに。慣れるもんか、あれに」
「慣れてないな」
アレクが地図を広げた。トメとナクロが両側から覗き込む。
「残り一か所」とアレクが言った。「南東・西・北西の三つから選ぶとしたら——」
「南東が帰路に一番組み込みやすいです」とナクロが答えた。「三叉路の町から東へ向かえば旧街道に戻れる。南東は旧街道の途中から外れる位置です」
「距離は」
「解読ではおよそ三日路とありました。旧街道の東寄りから三日路南東」
「帰路の途中で当たれる」とトメが確認した。「日程的には問題ない」
「南東から当たる」とアレクが決めた。「帰路に組み込む」
コウキはアレクに向かって言った。「十一本時点で確認できたことがあります。感知では、北東の標塔が最終地点だという確信がある。もともとそう思っていましたが、今日、方向性が加わりました」
「最初から北東の標塔の根元が鍵だと思っていた」とアレクが言った。「あの地下に降りたとき、お前が『鍵が足りない』と言った。それが全部揃えば開く場所だと思っていた。今それが確かめられた」
「はい」
「残り一本だ」とルウが言った。
「残り一本」
ルウが伸びをして、北東の標塔を見た。「あそこか。最初に降りたのに、最後に戻る場所になるのか」
「円みたいだな」とコウキは言った。
「円か。うまいことなってる」
セレナが「野営の準備を始める」と立ち上がった。台地の陰を選んで風をよける。ダグが水場を確認しに行った。ナクロが帳面を整理し、今日書き写した文字の量を確認している。
トメが帳簿を閉じながら言った。「旅日記が随分厚くなりました」
「最初の頃と比べると」とルウが言った。
「銀崖を出た頃の記録と、今の記録では書いてある内容が全然違う。最初は交易先と荷物の記録しかなかった」
「今は」
「地図の座標と格納庫の記録と、コウキの感知の報告ばかりです」
ルウが笑った。「それが仕事になったんだな、今の隊商は」
「交易もちゃんとしてますよ」とトメが言った。「銀崖では鉱石を二十穀分引き受けた。三叉路での売り分は確保してある」
焚き火が立ち上がった。日が傾いてきた。星が一つ、二つ、天井の疑似天体層に映り始める——くっきりとした点が、静かに並んでいく。北東の空に標塔が立ち、夕暮れの空に銀灰色の柱として浮かんでいる。
コウキは焚き火の向こうで十一本の鍵器具を革袋に戻した。一本ずつ入れるたびに、かすかな金属音がする。
十一本。
あと一本。
「南東の気配はするか」とアレクが聞いた。
コウキは観測網を南東に向けた。
「……あります」
遠い。今いる位置からだと、五日路以上先かもしれない。かすかだが——確かにある。南東の方角に、金属の気配が薄く続いていた。
「南東から始める。帰路で当たる」
「はい」
焚き火が落ち着いてきた。ナクロが帳面を閉じた。ルウが毛布を引き寄せた。夜の冷気が台地の向こうから流れてくる。
コウキは空を見上げた。星が増えている。標塔が三本——北東、東、南東——それぞれ夜空の中に柱として立っている。疑似天体層に映る星の光は、それほど明るくはない。でも、一つ一つが確かにある。
あと一本。
そのあとに、北東の標塔の地下に戻る。
最初から戻るべき場所は、そこだった——ということが、今夜初めて腑に落ちた気がした。




