↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
38/50

38_北北東の格納庫

 銀崖を出ると、道はすぐになくなった。

 山道を下りきった先は草原で、足元の土は砂粒が多く、踏んでも音がしない。旧街道の石畳とも、銀崖への岩混じりの山道とも違う、乾いた地面だった。

「ここから先は、道標がない」とダグが言った。前を歩きながら振り返らずに言う。「俺が見れる範囲と、コウキの感知で進む」

「わかった」

 コウキは観測網を薄く開いた。北北東の方角に、かすかな金属の気配がある。三日路か四日路先——遠いが、感知できる。鍵器具を七本揃えてからというもの、感知の「精度」が少し上がった気がした。以前は方角しかわからなかったものが、今は距離の感覚が混じってくる。

 ルウが隣に並んだ。「どっちだ」

「北北東。あの二本の標塔の間から、もう少し右」

 ルウが空を見た。草原の彼方に、二本の標塔が白く立っている。朝の光を受けて金属の面が鈍く輝いていた。

「いつ見ても高いな、あれ」

「そうだな」

「お前には何か聞こえるのか。あそこから」

「聞こえるというよりは——わかる、という感じだ。応答がある。こっちが開けば、向こうも開く」

 ルウが少し考えてから「よくわからん」と言った。「でもまあ、お前がわかるなら俺はわからなくていい」

 アレクが後ろから「二人とも前を見ろ」と言った。

 ダグが地面の穴を見ていた。直径二十センチほど、深さはわからない。草原の穴——穴の周囲の土が内側に崩れている。

「獣の巣だ」とダグが言った。「掘り起こした跡がある。食われた後」

「何に」

「大きな獣。爪の形から見て猫科の何か。数日前だろう。今はいない」

 コウキが観測網を動物の感知に切り替えた。近辺に大きな生き物の気配はなかった。

「今は問題ない。昨日か一昨日に移動したと思う」

「了解」とアレクが言った。「ダグは声が届くか届かぬかほど先を維持してくれ」

「はい」

 ダグが歩幅を広げた。斥候の足は地面を音なく踏む。草の上を渡るように進んでいく。コウキはその背中を見ながら、観測網の感知を北に向け続けた。



  * * *



 昼前、ルウが草原の端で兎を一羽仕留めた。

 もともとは斥候に出ていたダグが気配を察知し、ルウに場所を示した。ルウが弓を引いて一矢。草の向こうで短い音がして、それで終わった。

「今夜の食材が増えた」とルウが戻ってきながら言った。

「ありがたい」とセレナが言った。「今夜は温かいものが食べられる」

 荷車を引いている馬の給水のために短く休憩した。コウキは草の上に座り、腰の革袋を手に取った。七本の重さ——細い金属の棒が七本、革の間で鈍い音を立てる。

「どんな感じだ」とナクロが隣に座りながら聞いた。帳面を膝に置いていた。

「重いというより、ある。という感じ。手放すと気になる」

「それは全部揃えたら変わるのか」

「わからない。揃えてから確認するしかない」

 ナクロが帳面を開いた。昨日からつけている地形メモ——草原の傾き、土の質、標塔の方角。石工が石を積む前に地面を確認するような細かさで書かれている。

「後から来る者のためか」とコウキは言った。

「習慣になってるんでしょうね」とナクロが言った。「石を積むとき、一番最初にやることは地面を平らにすることです。記録も同じで、まず土台を揃えないと後が積めない」

「タケルの記録もそうだった。三十年分の積み重ねがあったから、水脈の変化がわかった」

「記録は地道ですが、なくすと困るものです」

 アレクが立ち上がった。「休憩終わり。動くぞ」

 コウキは革袋を腰に戻し、立ち上がった。北の方角——観測網の感知がわずかに強くなっている。一時間歩けばまた少し強くなる。それを繰り返していけば、そこに着く。



  * * *



 午後の中ごろ、草原が少し傾斜を帯び始めた。緩やかに北へ下っていく地形で、足元の草が短くなり、土の色が褐色から灰白色に変わっていく。

「この辺りに水場はあるか」とコウキはダグに聞いた。

「今朝の偵察では見えなかった。もしあれば岩盤の割れ目か、地下水が滲み出る場所だろう。銀崖みたいな岩場に近い地形がいる」

「そういう集落は?」

「この先には聞いたことがない」とダグは言った。「俺が知らないだけかもしれないが」

 コウキは地下を意識した。この辺りの地下水脈は細く、南の標塔で見た「水の流れ図」と比べるとずっと弱い感触だった。乾いた土地なのか、それとも水脈の位置が変わってしまったのか、区別がつかない。球殻の変形が、ここでも何かを動かしているのかもしれなかった。

 夕方、コウキが足を止めた。

「強くなった。あと半日以内だと思う」

 アレクが地図を見た。ルインが書き入れた点——旧街道の町から北北東四日路の印。距離と方角が一致している。

「今日は野営だ。明朝に当たる」

 草原の窪地を選んで野営した。風がないので焚き火が真上に燃える。ルウが兎を捌き、ダグが小さな鍋に水を入れた。

 夕食後、コウキは空を見上げた。疑似天体層に星が映っている。くっきりと、しかしそれほど明るくなく、無数の点が静かに並んでいる。その手前、高いところに標塔が二本見えた——南東の一本と、北東の一本。朝の白光とは違い、夕暮れを過ぎた空に銀灰色の柱として立っていた。

「七本から九本になったら、見え方が変わるか」

 アレクが焚き火の向こうから聞いた。

 コウキは考えた。「わかりません。感知の精度は上がっている気がします。でも、何が変わるかは揃えてから確認するしかない」

「それでいい」とアレクは言った。「先のことを考えすぎるより、今やることをやる」

「はい」

「九本になったら、また報告しろ。俺も確認したい」

 ルウが笑った。「アレクさんも気になるんでしょう」

「気にならない隊長がいるか」

 焚き火が落ち着いてきた。ナクロが帳面を閉じた。トメが帳簿に何かを書き足してから、静かに眠った。ダグは見張りの位置に移動した。

 コウキは観測網を向けたまま眠りについた。金属の気配は途切れなかった。



  * * *



 翌朝、草原の中に小さな丘のような地形があった。

 平らな草原の中で、そこだけわずかに土が盛り上がっている。高さは二メートルほど。草が厚く覆っているが、北側の斜面に何か固いものが土の下にある感触——コウキが観測網でそれを確認した。

「ここです」

 ダグが先に丘の周囲を確認した。「安全だ」

 全員で近づく。北側の斜面を手で土を払っていくと、石造りの構造が現れてくる。四角い縁取り——測量隊が残した格納庫の蓋だった。表面に記号が刻まれている。ナクロがすぐに数えた。

「十四個です」

「十四」

 コウキは蓋の記号を確認した。北東の標塔は十二個、南の格納庫は十六個だった。格納庫によって記号の数が違う——蓋ごとに必要な情報の種類が異なるのかもしれない。あるいは格納庫の深さや容量に対応しているのか。理由はわからないが、いずれにせよ鍵器具で開錠できるはずだ。

 観測網を開き、周辺の標塔を経由して蓋に向けた。遠隔アクセス——以前の廃中継所でやったことと同じだが、今は迷いがない。意識がすうっと延びて、蓋の内部の爪に触れる感触がある。

 押す。

 かちりという音がして、蓋が少し浮いた。石造りの重さが、内側から何かが持ち上げている。

「開いた」とルウが言った。

 蓋を引き上げると、地下への段差が現れた。深さは五メートルほど。壁に小さな足がかりが等間隔に刻まれている。コウキが先に降りた。

 地下の空間は円形で、直径が十メートル前後。廃中継所よりも南の格納庫よりも小さい。中央に標塔の「根」となる金属柱——地表からここまで続く管のようなもの——が通っている。周囲の壁には薄い金属板が張り付いており、文字が刻まれている。

「ナクロさん、書き写せますか」

「降ります」

 ナクロが降りてくる。帳面を開き、壁の文字を書き写し始めた。石を磨く要領で、端から端へ、一字一字確認しながら進んでいく。

 コウキは中央の金属柱に近づいた。密閉容器が二個——前の格納庫と同じように、床に固定されている。容器の蓋を指で確認すると、縁に小さな溝が一本走っている。鍵器具が差し込める形状だ。

 革袋から一本取り出し、溝に合わせた。押すと、かすかな抵抗があってから内側に沈んだ。蓋の外縁がほんの少し浮く。持ち上げると、中に短い金属の棒が一本入っていた。

「鍵器具だ」

 もう一個も同じ手順で開けた。鍵器具がもう一本。

 これで九本になる。

 コウキは両方を手に取った。受け取った瞬間、観測網がわずかに反応する——七本の時と感触が違う。九本分の重さが手のひらで揺れて、何かが少し広がった気がした。

「根に触れてみます」

 金属柱に手のひらを当てた。


 流れ込んでくるものは、前と少し違った。


 以前に北東の標塔の地下で見た「集まる図」——球殻を見下ろす視点で、標塔の配置が放射状に広がる図——その中心部が、今回はわずかに鮮明だった。中央の一点。十二本の線が収束する場所。ラプラスエンジンの予備がある場所へ続く、と示す座標。

 まだ輪郭はぼんやりしている。だが、前回より確かだ。

 九本では足りない。十二本になれば、この中心点が開く——その感触が手から伝わってきた。

「コウキさん」とナクロが言った。

 手を離した。

「何かわかりましたか」

「集まる図の中心が、前よりも見えた。十二本揃えたとき、経路が開くと思う」

「三本です。残り」

「そう。あと三本」

 ナクロが帳面を見て、小さく言った。「積み石みたいに、一つずつ増えていく」



  * * *



 地上に戻ると、昼の少し前だった。

 草原が広かった。南を向くと、遠く銀崖の方向の山影が見える。北を向くと、標塔が一本、草原の向こうに白く立っている——これが今日まで通り過ぎてきた標塔ではなく、次の目的地の近くに建つ別の柱だった。

「北東の北寄り——次の格納庫を今日中に確認できる距離か」とアレクが地図を見て言った。

「三日半路と言っていましたね」とトメが帳簿を確認しながら言った。「今いる場所から、北東に三日路前後のはずです」

 コウキは観測網を北東方向に向けた。遠いが——ある。前に来たときより近い。銀崖の感知とは異なる「金属の応答」が、確かにある。

「感知できます。今日の夕方までに近づける」

「じゃあ野営地を探しながら北東に進む」とアレクが言った。「格納庫は明朝に当たる。今日中に全力で近づいておく」

「了解」

 ルウが立ち上がりながら言った。「九本か。あと三本だな」

「あと三本」

「南東・西・北西。順番はどうする」

「帰りの旅程に合わせると言っていた。今夜、アレクさんに整理してもらう」

 ルウが伸びをして、空を見た。標塔が二本、遠く白く立っている。

「いつ見ても高いな」

「そうだな」

 コウキも同じ方を見た。今日まで何十本もの標塔を遠くから見てきた。どれも同じに見えて、観測網を向けると全部違う——応答の強さが違い、伝えてくる情報の種類が違い、深さが違う。一本一本が球殻の異なる場所を観測している。

 十二本。あと三本の鍵を揃えれば、経路が開く。

 コウキは革袋の重さを確かめ、北東を向いた。

「行きましょう」

 隊商が動き出した。草原を渡る風が、北から吹いてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。